第16話 一週間でなんとかしよう

 勇者とは、神の加護を授かって種族の限界を超えた人間のことだ。


 経験を積めばSランク冒険者も凌駕する潜在能力を秘めている。


 どうやって勇者が生まれるかはわからず、どの時代にも必ずいるというわけではないが、存在が発覚すれば王侯貴族に囲われて政治や戦争に使われる。


 王家の後ろ盾と絶対的な武力を持っていることもあって、勇者のお願いはある種の強制力があった。


 珍しくジラール家という土地を気にいってくれた緑の風では、断れなかったのだろう。


「こんな時に最悪だな」


「ああ、そいつについては同感だ。おかげで処理しきれない仕事が、山のように残ってるぜ」


 疲れ切ったメイソンの顔を見ると、嘘ではないようだ。


 Aランク冒険者が抜けて重要な仕事を任せられる人材がいないのだろう。


「だから、ジャック様の依頼は受けられないと?」


 長い前振りだったが依頼を断る口実だとしたら、冒険者ギルドとの付き合いも考え直さなければいけない。


 十分な報酬を用意した。


 しかも、敵はリザードマンごときだ。


 絶対に勝てない相手ではないのに、魔物を倒す専門家が逃げ出すのは許せない。


 財政次第ではあるが、冒険者ギルドに対抗できる組織を作ることも検討せねばならないだろう。


「おいおい、早まるなよ。ケヴィンはせっかちだな」


「お前がノンビリとしすぎているだけだ」


 こいつは、昔からそうだ。


 話が長い。


 付き合うこっちの身にもなってみろ。


「冒険者ギルド長として回答する。この依頼は受けよう。参加者全員に銀貨10枚、魔物を倒せば一体につき銀貨5枚はギリギリだが問題はない。さらに最も活躍した冒険者には、ジラール家の宝が一つもらえるんだろ? 十分な報酬だが……」


「何か問題が?」


「うちにいる冒険者だけじゃ戦力として足りない。他領の冒険者ギルドから、緑の風に変わる戦力を派遣してもらう必要がある」


 すぐに冒険者を派遣したかったのだが、戦力が足りないのであれば仕方がない。


「集めるのに必要な時間は?」


「一週間でなんとかしよう」


「……わかった」


 時間をかけすぎとは思ったが、メイソンは一週間でも厳しいと思っているだろう。


 その理由はジラール領の立地にある。


 北は高い山に囲まれており、東西は深い森がある。


 他領への街道は南側にしかないのだが、距離が離れていて片道で二日はかかるのだ。


 往復で四日。たった二日で必要な人材を集めると考えればメイソンが言った期日は、むしろ早いと考えられる。


「ジャック様と相談して今後の動きを決める。メイソンは必ず冒険者を集めてくれ」


「任せろ」


 古い友人でもあるメイソンの頼もしい返事を聞いた私は、依頼書を渡すと冒険者ギルドを後にした。


◇ ◇ ◇


 冒険者ギルドから戻ってきたケヴィンの報告を聞いて、俺は焦っていた。


 それは勇者というキーワードが出たからだ。


 ジャックの最大の敵で『悪徳貴族の生存戦略』では、ヤツと対峙したら必ず負けると言われるほど圧倒的な武力を持っている。


 出会ったら最後、死ぬしかない。


 死神のような存在なのだ。


 しかも頼りにしていたAランクパーティを攫っていくとは、なんとも都合の悪い存在である。


 領主権限で処刑させたいところだが、国王が後ろ盾にいるだろうから、逆に俺が処分されかねない。


「冒険者が集まる前に、リザードマンどもが動き出したら村は壊滅します。どうされますか?」


 勇者について悩んでいるとケヴィンが聞いてきた。


 村のことなんてどうでもいい……とは言えないか。


 勇者の存在からするとどうでもいいことだが、現在発生しているサブクエも小さいながら破滅フラグなのは間違いない。


 対処を間違えると普通に死ぬ。


 これだから難易度設定がめちゃくちゃな同人ゲームは困る!


「時間を稼ぐしかないだろ」


 ジラール家の私兵で突入しても全滅するだけ。


 せっかく金を出すんだから、消耗するのは冒険者だけにしたい。


「第三村に兵を派遣して、防衛拠点として使えるように改築しろ。俺もすぐに行く」


「ジャック様もですか?」


「もちろんだ。脱税の話し合いをしなければいけないからな」


 隠し畑を作ったことは、俺への裏切りだ。


 許せるはずがない。


 今後の領地運営を考えれば第三村は助けるしかないが、隠し畑を作りだした主犯まで守る必要はない。


 話ぐらいは聞いてやるが処刑コースにしてやる。


「そういえば、そちらの問題もありましたな」


「どちらも重要な問題だ。さっさと解決するぞ」


 じゃないと金は減ってく一方で、いつまでたっても贅沢な暮らしは出来ない。


「その通りですな。では、私は兵たちに指示を出してまいります」


 頭を下げてからケヴィンは執務室から出て行った。


 これで兵の準備は滞りなく進むだろう。


「リザードマンの逆襲か……」


 ゲーム内ではアイコンをクリックするだけでサブクエは進行したので、問題発覚から戦闘開始までの時間がわからない。


 今すぐにでもリザードマンが襲ってくる可能性もあれば、冒険者たちが集まるまで動きがない場合も考えられる。


 ゲームだと細かい描写は省かれることが多いので、今後も俺の知識が使えない場面は出てくるだろう。


 いや現に、勇者がAランクパーティを誘うという謎の動きをしている。


 ゲームと違う動きというのは、すでに出ているのだ。


 攻略メモを作ってはみたものの、使えなくなる可能性は十分にある。


 そう思わせる出来事であった。

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