夜の帳と残響と
@dezimon
第1話ボーイミーツガール
「この世界は素晴らしい。」
押し付けがましい様に誰かが言う
「この世界は素晴らしい。」
そうであってほしいと願う
人はただ産まれたから生きて
死にたくないから生きて
結局何も成さずに死んでいく、、、
俺の世界は空っぽだった。
遠くで誰かの声が聞こえる、、、
微かに届く声は何を言ってるかまでは聞こえない。
最近の学校にはマッサージチェアでもついてるのか、身体はガタガタと揺さぶられている。
「起きろ!!」
バチンと後頭部に強い衝撃が走る。
たまらず頭を抱えて飛び起きた。
「いってぇ!何すんだ!!」
「何すんだじゃねぇ!何時だと思ってんだ!」
俺の威嚇も虚しく、凄い剣幕で捲し立てられる。
寝起きの重い頭をゆっくり動かすと時計は19:00を指していた。
「げぇ、なんでもっと早く起こさねぇんだよ!」
「部活終わって荷物取りに来たんだよ!帰宅部の癖にHR終わってからずっと寝てたのか!」
仰る通りで、貴重な学生時代の惰眠を硬い椅子と机で貪ってしまった、
「政治について真剣に考えてました。」
無駄に強がってみた。
また出たよ、と穏やかに笑みを浮かべて一緒に帰路につく。
近衛直人という男はいつもこんな感じで、ぶっきらぼうだが優しい笑顔をする奴だった。
体格が良く強面なのだが、面倒見が良く社交性もある。
特にやる事がチャランポランな俺は意図せず世話になる事が多かった。
初夏の19:00、日が落ちても気温は下がらず、汗ばんだ肌にシャツがピッタリと張り付く
あつい、とぼやきながら2人街灯の無い暗闇を歩いていく。
東北の田舎町という事もあって水は澄んでいるらしく優しい光があちらこちらで漂っている。
そういえば知ってるか、と直人が唐突に話し始める。
「最近はこの辺でも失踪事件とかちらほらあるらしいぜ」
そんなバカなと一蹴するが、父親が雑誌の記者をやってる直人が言うんだからおそらく間違い無いのだろう。
「この辺で事件なんてあるわけ無いじゃん、遭難でもしてんじゃないの」
と面白くもなく茶化して返すと、程なくして直人の家に着いた。
持ち直せない分冗談のタイミングとしては最悪だったな、
「なんでもいいけどさ、気をつけろよ」
気持ち悪いなぁ、そういうのは女に言えよとおどけながら俺は1人で歩き出した。
不思議なもので1人になると聞こえる音が違ってくる。
蝉の声や蛙が草を掻き分ける音、遠くに居る柄の悪いバイクの音なんかも鮮明に聞こえ、俺の思考の邪魔をする。
俺には何も無かった。
何も考えずに学校に行っては帰り、ご飯を食べて寝て、友達と遊んで、いつも何も変わらない
きっと周りと同じように歳をとって、就職して、結婚して、この先想像もつかないようなイベントなんてあるわけないと思ってた。
一変、空気がピンと張り詰める。
先程までの暑さが嘘のように急激に気温が落ち、世界も色味を無くしたように感じる。
まるで昔の白黒の映画のような世界がそこには広がっていた。
音はシンと鎮まり、自分の心臓の音だけが鼓膜を震わせる。
身体は重く、いつもの獣道が永遠に続くかのような感覚に陥った。
「それ」は獣道の奥からゆっくりと姿を現した。
一言で言うなら「怪物」という言葉が相応しい。
大きなコウモリのような容姿だが、しっかりとした手足があり、鋭利で禍々しいシルエットが暗闇から這い出る
おおよそ理性は感じられず、拙く荒々しい息遣いが不気味さを強くした。
気づくと俺は「それ」に背を向け無我夢中で走っていた。
重い身体を引きずるように必死で逃げるが、
逃げ切れるはずも無く、あっという間に距離は詰められた。
ああ、俺これヤバいな、本当に全部普通に過ぎてく筈だったのに。
何も、誰とも変わらない筈だったのに
こんなにも理解できない事が最後だなんて
そう思った瞬間だった。
「それ」の首がずるりとズレた。
何故こんなにも月明かりは綺麗なのだろうか、こんなにも色味のない世界で
何も考えられず、真っ直ぐ前を見ていた。
目の前の少女から目を離せずに居た。
返り血を拭う事無く、大きな鎌を持つ彼女は
大きな赤い瞳を輝かせながら月明かりに照らされている。
俺ははじめて、この世界が美しいと思った。
「好きだ。」
口をついて出た言葉だった。
夜の帳と残響と @dezimon
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