第34話 帰ってきた後のこと
人間界での騒動の後のこと。
ルシアンに連れられて魔界に戻ったセリーヌを見て、ゲートの繋がる謁見の間で待ち構えていたフレデリカはものすごく怒っていた。
可憐な美少女という見た目でここまで怒ると、普通の人が起こるより何倍も怖いのだとセリーヌは思い知った。おまけにさすがルシアンに強気に出るだけあって、どうやらフレデリカの魔力は魔族の中でもかなり多い方らしく、しっかりはっきり目に見える黒いオーラがビシビシで。セリーヌはつい、(どこの魔王かと思っちゃった)と心の中で冗談まで言ってしまう始末だ。
やっとフレデリカの怒りが収まった頃にぎゅっと抱きしめられ「おかえり」と体中撫でまわされた。それもそれでちょっとだけ怖かったものの、賢明なセリーヌは口には出さないでおいた。それにこうして怒ってもらえることも、歓迎してもらえることも素直に嬉しいのである。
庭園に顔を出すと、セリーヌの顔を見るなりビグは泣いた。
「オレ、オレ……セリーヌさまに、会いたくて……」
ビグは可愛い。体が大きくて、泣き虫で、心優しい甘えん坊。セリーヌはいつもビグに癒されているのだ。
けれど、正直すぐにそれどころではなくなった。
驚くことに、ビグの大きな体の向こうで、庭園の花が信じられない程咲きまくっていたのだ。
その量と言えばもう本当に、最初に見た庭園とは言えない庭園の面影は微塵もない。花なんてほんの申し訳程度にぽつりぽつりとついているだけだったのに。人間界に戻る前、「たくさん咲いた」と喜んでいたときの比ではない程の量だ。
「セリーヌさまに、もう、会えないかと思って……泣いたら、咲いた」
驚きを感じ取ったのか、ビグが照れたように説明するが、全くもって意味が分からない。
「セリーヌ様に会いたいって思いながら泣いたらお花がいっぱい咲いたんだって~! すごいねっ!」
いつものようにメリムが通訳してくれるけれど、あまり言っていることが変わっていなくてやっぱり分からない……。
それでも改めて説明してもらうと、まさにそのままの意味だったようで。セリーヌに会えないと悲しくてビグが泣いたら、その涙が土に三粒落ちた時点でなぜか花のつぼみがむくむくと育ち、一斉に咲き始めたらしい。
(なんで?)
理解はしたが、謎は深まるばかりである。
のちのち文献でその謎は解けることになる。
どうやら聖女の力の源は「愛」。聖女であるセリーヌへの愛を込めた涙と、そのセリーヌが愛情込めてお世話をしたということの掛け合わせで小さな奇跡が起きたらしい。
そんなことありえるものだろうか? と不思議には思ったセリーヌだったけれど、そもそも聖女の力自体が奇跡みたいなもの。
それにあんなに寂しかった庭園中いっぱいに、こんなに花を咲かせるほどビグが自分に親愛の情を抱いてくれていることが嬉しかったのでそれ以上難しく考えることは止めた。
嬉しいものは嬉しい。素敵なものは素敵。それで充分なのである。
余談ではあるが、あの日わざわざ人間界までセリーヌを迎えに来てくれたルシアンと、そんな彼らに接するセリーヌの態度や反応を見て、ずっと大きな誤解があった魔族への偏見が弱まりつつあった。
魔族にしてみれば全く脅威でもなかったとはいえ、自分たちに武器を向ける人間を決して攻撃しなかったルシアンやメリム、シャルル。それに加えて聖女であるセリーヌが彼らに味方する姿。聖女の血に触れても平気でいた様子。
そんな全ての光景は今までの常識を覆すには十分なインパクトがあったらしい。
そもそも人間たちの間では言い伝えばかりが広まっていて、実際に魔族の姿をみることなどなかったわけで。初めて見たその姿が決して恐ろしくなかったのも功を奏したのだろう。
(メリムは妖艶美女モードだったけれど美しいし、シャルルは見た目美少年だし、ルシアンは必死でセリーヌを抱きしめてちょっと泣いていたし……)
それでも今はまだ変わったと言ってもほんの少し、本当に少しだけだけど。
それでもこれが大きな一歩になるとセリーヌは信じている。
実は実際に、これからは試しに交易をしてみないかとシャルルが人間側と交渉を始めている。人間側は恐る恐るではあるけれど。
それでも危害が加えられないうちはきっとその話を断ることはないだろう。
今回、人間が「天につかわされた」と勘違いした武器にしても、魔族からすれば煌びやかなだけのガラクタでしかないが、人間には計り知れないほどの宝物に間違いなかった。そして魔族が欲しがるのは人間からすると負担にならない花の苗や魔界で採れない野菜、家畜などというわけだ。間違いなく美味しい取引である。
それを差し引いても単純に断るのは怖いという事情もあるだろう。
それが分かった上でシャルルは決して人間に不利にならないように考えを尽くしてくれている。ルシアンもそんなシャルルを信頼してこの件については全てを任せているのだ。
その優しさと誠実さを見て心が温かくなると同時に……セリーヌはちょっとだけ考える。
「それだけ魔族の皆が人間に気を遣ってくれているのに、どうして結納金代わりの武器を人間が魔族を討つことのできる天につかわされた神器だなんて思い込んだんでしょう?」
もちろん、エリザが聖女として名乗りを上げたというタイミングの良さもあっただろう。人間界では手に入らない特別な物だったことも事実だ。
けれど、それこそ貢ぎ物の要求の件で、皆は人間のとんでもない勘違いのことを知っていたわけで。
結納金のようなものだったのならば、正式な目録や文書などは添えなかったのだろうか?
そんな素朴な疑問に、珍しくシャルルがぎくりとした。
いつも冷静沈着なシャルルのそんな姿は珍しい。
「実は手紙は……書いたのですが……」
「手紙?」
「はい。ルシアン陛下には生贄の要求と誤解を与えた前科があったので、私が代わりに。しかしどうやらうまく伝わらなかったようですね……本当に不甲斐ない思いです」
一体どういう手紙を書いたのやら?
よっぽど情けない気持ちなのか詳しくは話したがらなかったけれど、セリーヌを魔界へと送ってくれた人間に感謝する、というような内容を丁寧に書いたらしい。
内容を実際に見ていないからよく分からないものの……ひょっとして煽っていると思われたのでは?
結局、この中にいるからとても常識人に見えるだけで、シャルルも魔族なのだ。愚かで弱虫な人間の心情を本当の意味で理解するには高い壁がそびえたっているということである。
「しかし、その過ちを踏まえてより慎重に行動をすることで今は問題なく人間側との交渉も進めることができています。人間は過ちを犯すことでより成功への道は開けるというような意味の言葉を好むと聞いたことがありますが、その通りですね。私も学びになりましたし、少し人間の心理に迫れた気がいたします」
少し得意げなシャルルに、野暮なことは言うまいと思ったのだった。
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