第33話 クラウドの後悔
(――ああ、本当にセリーヌはもう私のことを好きでも何でもないのか)
クラウドは静かにその現実を受け止め、小さく絶望していた。
目の前で、愛するセリーヌが魔王ルシアンの腕に抱かれ、心底幸せそうな笑顔を浮かべている。
かつては自分にも同じような顔が向けられることもあった。
(いや、あの時とは比べ物にならない程、今のセリーヌは輝いている)
自分ではあそこまでの笑顔を引き出すことは出来なかった。
その安心しきった様子は決して洗脳などではないのだと自分に事実を突きつける。
自分はどこで間違えたのだろうか。
間違えなければ、今こんな風にはなっていなかったのだろうか。
……いや、本当はどこで自分が間違えたのか、クラウドは分かっていた。
セリーヌは確かにクラウドに愛情を抱いてくれていた。それは紛れもない事実だ。そんな感情を偽れるほどセリーヌは器用な人ではない。
(その気持ちを粉々に砕いたのは、私自身だった)
ずるく卑怯な計画のために、エリザを愛しているかのように振る舞った。
煩わしいと思いながら、排除できるまでの少しの間ならばとわざと思わせぶりに気を引いた。
それをあろうことかセリーヌ自身に見られていた。そんなつもりじゃなかったなどと言い訳にはならない。だって誤解でもなんでもなくそう見えるように仕向けていたのは紛れもなくクラウド自身なのだから。そして全部失うことになった。なんとマヌケなことだろうか。
セリーヌを傷つけないようにするためと言い訳して、誰よりもセリーヌがを傷つける真似をしていたのは自分なのだ。
(彼女は優しい人だから、きっと話せば真剣に聞いてくれたはずだったのに)
エリザに困っていること。自分は間違いなくセリーヌだけを愛していること。エリザに君が傷つけられないか心配だと、そうならないためにも自分に守らせてほしいと――。
言葉を尽くせば耳を傾けてくれただろう。
クラウドはセリーヌのそんな誠実なところも大好きだったのだから。
踏みにじったのは自分だ。
クラウドの目の前で、ルシアンが真っ直ぐにセリーヌに愛を告げている。
(私もそうしていれば、今君を抱きしめているのは私だった可能性もあったのだろうか)
今更そんなことを考えても仕方がないことは分かっている。分かっているが、思ってしまうのだ。
そして自分はもう触れることのできない最愛の人の笑顔があまりにも眩しくて目を逸らした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
セリーヌがルシアンとともに魔界に戻ってしまって数日がたった。
あれからセリーヌの力で裁かれた罪人は神殿内の牢にとらえられている。エリザは驚くほど素直に取り調べを受けているらしい。エリザだけでなく全ての罪人が同じようなもので、まるで憑き物が落ちたように、反抗することも取り乱すこともなく穏やかに全てを告白していた。
「私が聖女になって、魔王を殺すことができれば……今度こそクラウド様が手に入ると思ったの……」
聖女を騙るだけならばいざ知らず、彼女はその力を偽るために黒魔法に手を出した。生贄は本来ならば今年魔界に捧げられるはずだった複数の家畜。神殿の所有になっているそれらを使ったらしい。せめて人の命を奪うようなことまではしていなくてよかったと心から思う。
エリザを含め罪人の全員が、『今となってはなぜあんなにまで恐ろしいことに手を出せたのか、自分でも分からない』と話しているとのことだった。
彼らだけではなく、例えばエリザと関りの多かったセリーヌの義母や義妹も過激な思考が鳴りを潜め、以前より少し落ち着いているらしい。そのことはマイロが教えてくれた。
(セリーヌの力で浄化されたからこそ、心の内の悪が滅され、落ち着いたのかもしれない)
そう思えば、悪とは何か存在そのものを指すのではなく、人の心の弱さが生む黒い感情の、行き過ぎた成れの果てのことなのかもしれない。
正直に言うと、クラウドも恐らく危なかったのだ。セリーヌの体から放たれた青白い光――その光に触れて、急に冷静になることができた。
(本当は殺してでもセリーヌを誰かに渡すなど許さないと思っていた。今思えばなんて恐ろしい考えを、私は……)
セリーヌが聖女でなければ、愛する彼女をクラウドは感情のままにその手にかけていたかもしれない。
そんなことにならなくて本当に良かったと思う。
(どうか君が幸せでありますように……)
かつて誰よりも幸せを簡単に手に出来たはずのクラウドにはもう、離れたところでセリーヌの幸せを願うことしかできない。
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