第32話 魔王城に帰ろう
エリザは顔を覆い、苦しんだ。
今は見えないけれど、その顔はただれ見るも無残な状態になっている。今もよく見ると身体が小刻みに震え、掠れたような息をしている。
「まさか、エリザ様こそが聖女様に滅されるべき悪であると!?」
「そんな、エリザ様は人間で……! それに彼女こそが聖女だったのでは……」
「しかし見ただろう、聖女はどう考えてもセリーヌ嬢だ!」
「では、エリザ嬢が神殿で力を証明したという話は……」
「どういうことなんだ!?」
ざわつき、誰もがエリザを怯えたような目で見た。
「違う、聖女は私よ……! この痛みはきっと、そうよ、その魔族が私に何かしたんだわっ!」
周りの空気を感じ取ったエリザは必死に言い募るが、もう誰も彼女の言葉を本気にはしていない。
「それなら、私の血に触れることができるわよね?」
セリーヌが近づくと、エリザは顔を真っ青にして後ずさろうとした。けれど、メリムに手首を捕らえられて逃げられない。
「い、いやっ、いや! くるなーーー!」
エリザは叫ぶと、なんとそのまま失神してしまった。メリムが掴んだ手首を引き、ゆっくりとその場に横たわらせる。
……セリーヌの血が飛んで触れた痛みが、それほどまでに耐えがたいものだったのかもしれない。
(伝説では、魔王様を殺すとまで言われたものだったわけだもんね……悪しきものにとっての、猛毒)
セリーヌがエリザから視線を外し顔を上げると、跪いていた神官たちから歓声が上がった。
「せ、聖女様!!」
「聖女様、万歳!」
「エリザ嬢という悪しきを浄化し、滅してくださった!」
讃えてくれているところ、申し訳ないけれど。
「エリザが聖女の証明をしたという話が気になります」
エリザが聖女だという話は、最初から信じられていたわけではなく、神殿で彼女自身がその力を証明してみせたと聞いた。
セリーヌはその場を見ていない。しかし数人がその力を確認したからこそ、聖女として認められていたのではないだろうか。
しかしエリザがこの場でその力を使って見せようとはしなかったところを見ても、聖女を偽ったのは勘違いでも何でもなく確信犯だったように思う。
セリーヌの疑問には、いつの間にか近くにいたシャルルが答えてくれた。
「恐らく、黒魔法ではないでしょうか?」
「黒魔法?」
「ええ。なんでも願いが叶う禁忌の魔法とされています。使用するには代償と、……生贄が必要です」
まさかの生贄。やっぱり魔族よりも人間の方がよほど恐ろしいじゃないの……。
それに、もしそうならば――。
「エリザの単独犯と考えるには無理がありますよね……」
私の言葉は不思議なほどに部屋に響き渡った。
あちこちで数人が息をのむのが聞こえる。
(……何人かいるってことね)
呆然としたままだったクラウドを見る。セリーヌの視線に気づくと、彼は頭を左右に振ってなんとか自分を奮い立たせると立ち上がり、声を張り上げた。
「これからエリザに加担した『悪しきもの』を全て暴く。覚悟しろ!」
その姿はさっきまでとはまるで別人のようだった。
ショックが大きかったようだけれど、真実を知ったクラウドがなんとか立ち直れそうでほっとする。セリーヌを連れ戻したり軟禁したり監禁したり……再会してからのクラウドの様子はずいぶん様子がおかしかった。
今のクラウドはまるで目が覚めたように、セリーヌの知る以前の彼に戻ったように見える。
結局、エリザと同じように私の血に触れることで苦しむ人が二人出た時点で、他の加担者は自分から名乗りを上げた。あまりの苦しみ具合に恐怖が募り、それならば普通に罰を受ける方がまだましに思えたらしい。
(なんだか、どっと疲れた……)
ほっと息をつくと、温かな腕に体が包み込まれる。
「魔王様……」
見上げると、なぜか不満顔で。
「もう名前では呼んでくれないの?」
「……ルシアン様」
「ふふ。セリーヌ。僕は君にも言いたいことがたくさんあるよ」
「うっ……」
気が抜けて忘れそうになったけれど、『人間は思い込みが激しい』にセリーヌ私もまんまと当てはまっている。なんといっても結局最後までずっと、聖女たる自分の血が滅する悪を魔王のことだと思っていたわけだから。
この人が、どんなに愛情深く優しい人なのか知っているのに。
(でも、やっぱりいくら考えても魔王様の体調不良の理由が分からない。だって魔王様が言うには私の力は命を脅かすどころか絶好調にしていたわけでしょう……?)
けれど、それはまたあとでゆっくり話せばいいかと思いなおす。
自分を抱きしめてくれているルシアンの体温がとっても温かいから。
それはどうやらルシアンも同じ気持ちのようで。
「とにかくまずは……無事でよかった、セリーヌ」
「……はい」
セリーヌの力はルシアンの命を奪わない。セリーヌがいくら愛しても、ルシアンを殺してしまうことはない。
その事実が心の奥底まで染みわたっていく。
――私は、この人を愛してもいいんだ。
込み上げる思いはするりと唇から零れ落ちた。
「ルシアン様、本当にごめんなさい。…………私は、あなたを愛してます」
「セリーヌ……! 僕も、君を心から愛しているよ。もう君が嫌がっても離さない」
想いを零した唇は、もう待てないと言わんばかりのルシアンにすぐに塞がれた。
甘くて、深いキスで――。
「もう~! 帰りますよ、セリーヌ様っ! ビグも泣いて待ってるんですからねっ!」
「メリム、空気を読みなさい。あと人間たちの前で素を出すのも止めなさい」
「シャルたん! だって~」
「だってではありません」
「むう。メリムも頑張ったのに~!」
「ふふ! 二人とも、ルシアン様と一緒に私を迎えに来てくれてありがとう」
お礼を言うと、メリムが「えへへ!」と抱き着いてきた。シャルルは小言を続けようとしてやめて、「仕方がないな」と言うようにこちらに目配せしている。
ルシアンは嬉しそうに微笑んで、セリーヌに向かって手を差し出した
セリーヌは迷うことなくその手を取った。
「さあ、魔界に、僕たちの城に帰ろう、セリーヌ」
「はい!」
セリーヌの帰る場所は、とっくに愛するこの人がいる魔王城になっていたのだから。
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