第28話 こんなことなら
部屋に押し込まれ振り向くと、重い音を立てる扉の内側に、重なる様に鉄格子がはめられていた。二重扉だ。一見普通の部屋に見えるけれど、ここは清潔なだけの牢獄だ。
部屋に押し込まれ、その造りを理解して驚いて振り向く。
「クラウド様っ!?」
扉だけ開けられて、鉄格子だけが閉められている状態でその向こうに立つクラウド。
彼は悲しそうな顔でセリーヌを見つめていた。
「可愛そうに、セリーヌ……魔族に洗脳されているんだね」
「違います!」
「生贄にとして食べられてしまうはずだった君が無事で、嬉しいけれど不思議だったんだ。……つまり君の美しさに魅了された魔族が卑劣な方法で君をわがものとしようとしたんだね」
慌てて鉄格子に縋り、クラウドに近づく。
セリーヌの否定が聞こえていないのか、それとも聞く気はないのか。クラウドはゆらゆらと首を左右に振るとため息をついた。
「私がもっと、早く君を迎えに行くことができていれば……」
「だから違うんです!」
「大丈夫、君は何も悪くない。きっと私がその洗脳を解いて君を解放してあげるよ。今は怖いと思うけど……私を信じて。と、言っても洗脳状態の君には届かないよね…………」
だめだ! 話が通じない。本気で洗脳されていると思っている? それともセリーヌの話を受け入れたくなくて、そういうことにしようとしているのか。
クラウドこそ何を考えているか分からない。それこそ魔族が悪であると洗脳されているかのようだ。
いや……けれど、セリーヌ達人間はこれまで生きてきた中で、ずっと魔族は悪だと教えられてきた。
それこそ聖女の伝説でさえ、その聖なる存在が滅するのは相手として明確に魔族があげられているくらいなのだ。
実際に聖なる力と魔族が持つ特別な魔力は反発し合い、セリーヌの存在が魔王を害そうとした。
セリーヌは実際に彼らの優しさに救われたから、そしてその在り方を見てきたからこそ魔族の実態を知っているけれど、これまでの価値観を覆すにはセリーヌ一人の言葉だけでは弱いのは当然ではある。クラウドの様子がおかしいことは差し引いても、セリーヌが洗脳されていると思われるのも仕方ないのかもしれない。
(――ひょっとして、女神様もそう思っている? 魔族は悪しき存在だと?)
そうではないと分かってもらえたら、魔王様や魔族の皆を害する聖女の力も、変えてもらえるのでは――?
小さなひらめきはクラウドの言葉にかき消される。
「兵の準備が整いそうなんだ。君を迎えに行くのに力を使って寝込んでいた神官たちもあと少しで完全回復だ。そうしたらゲートを開かせて、すぐにでも魔界にむかい、君に恐ろしい洗脳を施した悪しき魔族を討ち取ってくるよ」
「──っ! 待って!!」
セリーヌの静止など耳に入らないかのように、無情にも重い扉は目の前で閉ざされてしまった。
あとに一人残され、呆然とする。
(クラウド様は、本気だわ。きっと魔界に、特別な武器を携えて攻め入る。もう始まる。止められない。私なんかじゃ、話も聞いてもらえない……)
これがエリザならば、クラウドも少しは耳を傾けてくれたのだろうか? 信じられなくとも、最後まで聞かずに切って捨てることはなかったかもしれない。たとえ洗脳だと思っていても。
セリーヌは無力だ。クラウドを止めることもできず、結局魔王や魔族のみんなを危険に晒す。
打ちひしがれて、赤い絨毯の敷かれた床にぺたんと座り込んだ。
クラウドはきっとセリーヌをここから出すことはないだろうし、マイロが会いに来たように誰かがここを嗅ぎつけることもないように対策するだろう。誰ともセリーヌを会わさないように。
(だって私がこうして健やかに生きていると知られたら、エリザとの婚約に影を落とすことになるもんね……)
こんなことなら人間界に戻ってくるんじゃなかった。
どちらにしろ危険に晒すことになるなら、あのまま残り、自ら魔族の人質になるくらいはできたかもしれないのに。
そうすれば少しは話を聞いてもらえるチャンスはあったかもしれないのに。
こんなことなら……こんなことなら、魔王様に本心を伝えればよかった。
一度でも、その名前を呼べばよかった。
こんなことなら…………。
悲しいのか情けないのか不甲斐ないのか分からない。だけど胸が痛くて、セリーヌは涙がこみあげてくるのが止められない。
「――っ、魔王様……ルシアン、様………!」
その名前を口にするのと同時に、セリーヌの瞳から溢れた涙がぽとりと絨毯の上に落ちた。
すると涙の染みになったその部分が突然青く光りはじめる!
「えっ……!? きゃあ!」
思わず顔を背け、逃げるように後ずさる。
(な、なに……!?)
眩しくて目が開けられない!
まるで、魔王城でクラウドが突然現れた時のような――。
光が少しずつ収まり、やっとほんの少しだけ目が開けられるようになると、その中心に人影があることが分かった。
思わず息をのむ。
「うそ……」
「――セリーヌ」
そこには白銀の髪を揺らして、愛しい人が立っていた。
「やっと、名前を呼んでくれた」
魔王陛下、ルシアンは、そう言うと泣きそうな顔で微笑んで、セリーヌをそっと抱きしめた。
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