第27話 話が通じない


 嵐のようなエリザ突撃からしばらくして、彼女を部屋から連れ出したクラウドが一人でセリーヌの元へ戻ってきた。


「本当にすまない。ここに君がいることはバレないように厳重に隠していたはずなのに……まさか見つかるとは。昼にはマイロが来たようだし、本当にうまくいかない」

「…………」


 項垂れるクラウドにセリーヌは何も言えない。

 マイロはクラウドの目を盗んでこっそり来たと言っていたけれど、普通に全部バレている。どうせメイドが全て報告しているんだろう。


「マイロに何を言われた? 何かおかしなことを吹き込まれたんじゃないか?」

「……魔界に向けて兵をあげるつもりだというのは本当ですか?」


 ここしかないと思って聞くと、クラウドは驚きもせずに微笑んだ。


「心配してくれているの? 大丈夫だよ、セリーヌ。絶対に君の元へ戻ってくるし、また君を魔界に送ったりなど誰にもさせないから」


 そうじゃない! そういうことを言いたいんじゃない!


「そうではなくて、なぜ急に兵を?」

「魔族に対抗できる武器が手に入ったんだ。今までのようにただ怯えて生贄を差し出すようなことはしなくていい」


 クラウドはセリーヌの手を握り、蕩けるような笑顔を向けてくる。

 そのことに……ゾッとした。


「……武器はどうやって手に入れたんですか?」

「天につかわされたのさ」


 恍惚の表情を浮かべ、要領の得ない話を繰り返すクラウド。

 話をまとめると、ある時突然魔族にも対抗できるような強く特別な魔力を帯びたたくさんの武器が神殿に現れたらしい。それをきっと天から女神が与えてくださった神器なのだと言っているのだ。

 女神様が魔族を滅するために神器を与えた?


 セリーヌの中で女神様への信仰が揺らいでいきそうだ。


「誰かがそう思わせようと神殿に持ち込んだのではないのですか? 人間がその武器を手に魔界に攻め込むようにしむける、他国の罠の可能性は?」

「誰にも気がつかれずに持ち込めるような量ではなかったんだよ。もし罠だとして、魔界ではなくその敵国に攻め込んでも楽に滅ぼすことが出来るような武器の数々。他国の仕業とするなら、そんな回りくどいことをするよりもその武器を使って直接この国に攻め入るだろうね」


 それほどの武器が、天からつかわされたというのか。


「それに神殿が総力をあげてその武器を調べ上げたんだ。その全てに聖なる力に近いモノが宿っているらしい。悪しきものをとてつもない威力を発揮するようだよ。そして聖なるものを傷つけることはないだろうと。まさに女神様がくださった武器。規格外だ。これで力の差が歴然な私達人間でも魔族を簡単に打ち滅ぼすことができる」


 クラウドがこれほど自信を持ち、おまけに神殿も王族もそれに賛同している。本当に勝算があるのかもしれない。

 今の説明が本当ならば。それならば、魔界が、魔族の皆が危ないということ。


(魔王様や皆の身に危険があるとしたら……私はなんのために身を引いたのよ)


 万が一にでも、魔界を危険に晒したくなんてない。


「魔界に兵を差し向けること、私は反対です」

「……なに?」


 セリーヌ一人の反対がどれほど聞き入れてもらえるかはわからない。けれど声を上げなければ始まらない。事実、魔界のことを少しでも知っているのは生贄としてそこで暮らし、こうして戻ってきた初めての人間であるセリーヌだけなのだから。


「クラウド様。神官様とお話しさせてください。私が知った魔界や魔族についてお話ししたいと思います」


 真っ直ぐに目を見てそういうと、クラウドの瞳から光が消えた。


「神官? セリーヌ、神官と話したいの?」

「……神官様と私が話すのに不都合があるなら、騎士様でも、王族……いいえ、文官の方でも構いません」

「セリーヌはそんなに他の男と話がしたいの?」


 他の男?


「いえ、別に女性の方でもいいんですけど……」


 神官様にしろ騎士様にしろ文官様にしろ、女性はいる。男性の方が圧倒的に多くはあるけれど。


「そうして私以外の男へあてた手紙でも託すのかな? マイロが私の目を盗んで君に会っただけでも耐え難いのに……」


 クラウドは妄想に取り憑かれてるのだろうか?

 このままでは話が進まない。


「いえ、それではクラウド様が私の話を聞いて、神殿や王家にお伝えくださいますか?」


 クラウドの様子が明らかにおかしいから、できれば冷静な第三者に直接話したかったけれど仕方ない。


「何かな? なんでも言って」

「魔界に攻めいるのはやめて下さい」

「だから、心配はいらないと──」

「違います、そうではなくて、攻め入る必要がないのです」

「それはどういうこと?」


「クラウド様、よく聞いてください。人間は誤解しています。魔界は、魔族は……魔王陛下は、人間を害する気などありません。彼らは悪しき存在などではないんです。とても優しくて、温かい人達ばかりです」


 人間よりも余程、という言葉はさすがに飲み込んだ。

 嫌悪を顔に出されるかと思ったけれど、クラウドの顔色も表情も全く変わらない。

 じっと黙っている。セリーヌの言葉を思案してくれているのだろうか? 思ったよりも冷静なのかもしれない。

 これならじっくり話して、理解してもらうことができるかもしれない。


 しかしクラウドは立ち上がり、慎重に人を呼んだ。




 そしてセリーヌは部屋を移動させられて――さっきの部屋よりよほど神殿内部の、近く深く、暗く、固い檻のような扉に閉ざされた場所に、閉じ込められてしまったのだった。



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