第15話 魔族たちの夜



 ある日、夜もふけた頃の魔王城にて。

 執務室でルシアンは頭を抱えていた。

 ちなみにセリーヌはもう自室で眠っている時間だ。


 何かあったのかと心配して様子をうかがうシャルルとメリムをよそに、ルシアンの口からは情けないため息が漏れる。


「僕のセリーヌが可愛すぎる……」


 数日前、ルシアンはセリーヌと念願のデートをした。

 人間界との違いを見つけては目を輝かせたり、初めて見る食べ物を嬉しそうに口にしたり、街の人々と楽しそうに言葉を交わしたり。あの日からセリーヌのどんな表情も片時も忘れられない。

 そして、いつか連れて行きたいと何度も想像していた時計塔で、セリーヌは儀式以来の口づけを許してくれた。

 今もまだ夢だったのではないかと思うほどの幸せだ。


「ルシアン様が見たことない顔してたって街で噂になってるよお〜!」

「陛下、幸せそうで何よりですね」


 シャルルとメリムがルシアンの幸せを喜ぶそばで、なんだか面白くなさそうなのはフレデリカだ。


「ふん! こんな魔王野郎のなにがいいんだか! 私の方が絶対幸せにしてあげられるのに!」


 そう言いつつもセリーヌ本人が幸せそうなので、なかなか手を出せないでいるわけなのだが。


「とはいえ、本当に何が起こるか分からないものですね。まさかセリーヌ様が生贄として送られてきていたとは」

「メリム、セリーヌ様が最初元気なかったの、普通にルシアン様のお顔を怖がってるのかとおもっちゃった〜!」

「こんな男との結婚、生贄も同然だと私は今でも思ってるわよ」


 好き勝手なことを話す三人をよそに、ルシアンは急にハッとして立ち上がる。


「……そうだ! 人間たちにお礼をしよう!」


 それもこれも、人間が妙な誤解をしてくれたおかげである。そうでなければセリーヌと今こうして距離を縮めることなど到底できなかったかもしれない。

 いや、いつかはきっとこんな時間を過ごせたらと願っていたわけではあるが、それはきっと、もっとずっと先のことだったに違いない。


(セリーヌと婚約していた男のことは気になるが……大事なのはこれからのことだ)


 すでに婚約がなくなっていることは分かっている。おそらく何かあったのだろうということは察せられるが、それを聞くのはさすがにデリカシーのないことだというのはルシアンにもわかる。


 おまけに以前とはいえセリーヌが他の男のことを大事に思っていたことを考えるだけで死にそうになるので、そのことについては意識的に忘れるようにしていた。


「シャルル、人間には何を送れば喜ばれるだろうか?」

「受け取る人間にもよりますが、基本的にやはり値打ちの高いものが良いかと思います」

「値打ち……宝石か宝物か……」

「あー! ルシアン様っ、宝物庫の奥にずーっと置いてある、あのキラキラしたやつは〜?」

「あれか、悪くないな」


 ふむふむと頷きながら相談する。


「人間は私たち魔族と違うんだから、使い方のわかりやすいものにしなさいよ」

「なるほど……」

「そうなるとあまり用途の限られた道具よりも、やはり装飾品などの方がいいかもしれませんね」


 フレデリカのアドバイスも踏まえて、何があったかを思い浮かべていく。

 どうも思っていた以上に人間が魔族を怖がっていると分かった今、わざわざ使い方を教えてやる機会を設けるのは難しいだろう。


「じゃあやっぱりキラキラしたやつにしよ〜!」

「まあ分かりやすく豪華なものは喜ばれそうではあるわね」

「お礼だからな、盛大にいいものをたくさん送ろう」

「では、そのように手配いたします」

「頼む」


 これを機会に、少しでも魔族に対する恐怖心が和らげばいいとルシアンは思っている。


(セリーヌとは、いつか、ふ、夫婦になるわけだからな!)


 セリーヌの心を待つとは言ったが、諦める気持ちは微塵もない。つまりどれほど時間がかかろうと、彼女をいつか愛する妻とすることはルシアンの中でほぼ決定事項だ。

 ならばセリーヌと同じ種族である人間たちには少しでもよく見られたいと思うのは当然のことだ。


「……どれほど僕が感謝してるか、手紙でもしたためたほうがいいだろうか?」


 自分がどれほどセリーヌを望んでいたか、どれほど喜んでいるか、セリーヌこそが自分の幸せそのもので、心から人間に感謝し、もはやこんな幸運を与えてくれた人間全てを愛している。それを伝えるには便箋が何枚必要だろうか……。

 そんなことを計算し始めたルシアンをフレデリカが止める。


「あんた、貢ぎ物の要求でもやらかしてるんだから、余計なことはやめなさいよ」

「うっ! それとこれとは……」


 あの要求をしたときは軽い気持ちだったため、人間がどのように受け取るかなど、正直深く考えていなかった。しかし今は違う。

 そう思うも、シャルルもメリムもフレデリカの意見に同意のようで。


「前回でかなり誤解が深まっているようですからね。お言葉はすべて裏を勘ぐられる可能性が高いかもしれません」

「人間は怖がりだもんね〜。お手紙書くならルシアン様からじゃない方がいいんじゃないー?」

「そうね、魔王直々の手紙なんてどう考えても怖がられるわよ、内容なんて関係なく。シャルルが書いたら?」

「陛下、それでよろしいでしょうか?」

「…………うん」

「では、僭越ながら」


 こほん、と咳払いをしてペンを執るシャルル。

 ルシアンは側近たちの態度と反応に少し不満そうだったものの、この感謝が伝わるならばまあそれでもいいかと思いなおした。


「そうだ、セリーヌはこちらで元気に暮らしていることも書いてくれるか?」

「たしかに、人間たちはセリーヌ様が生贄として命を落としてると思っている可能性が高いでしょうし、無事を伝えるのは大事ですね。承知いたしました」


 サラサラと文字をしたためていく、その動きに迷いはない。

 最後に全員で内容の確認をして、宝物とともに人間界へ送ることにした。




 しかし残念ながら、その場にいる誰も本当の意味では分かっていなかったのだ。

 人間が、どれほど魔族に怯えているかということを……。



「ああ、セリーヌと早く結婚したい」

「ルシアン様、恋する乙女だあ~~!」

「陛下、セリーヌ様が受け入れてくれているからと決して焦ってはなりませんよ」

「というかなんで上手くいく前提で話してるのよ? まだ分かんないでしょうが」

「やめろフレデリカ、不吉なことを言うな!」

「明日はセリーヌ様となにしてあそぼっかな~」

「おやメリム、セリーヌ様と仲良くされるのはいいことですが、私のことを忘れてはなりませんよ」

「そこ、イチャイチャしないでよ! はあ、私は明日セリーヌ様とイチャイチャしよう……」

「やめろフレデリカ! お前は本当に僕のセリーヌにすぐちょっかいを――」

「誰があんたのセリーヌ様ですって!? 魔王のくせに!」



 魔族たちは、のんきで平和な夜を過ごしていた……。


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