第9話 まさかの真実


「ルシアン様のおばかー! 人間が魔族怖いのなんてメリムでも知ってるよっ!?」

「それなのにそんなもったいぶった言い方、誤解されてもしかたないわよねえ……」

「陛下、花は乙女を表す言葉でもあります。これまで作物だけでなく家畜も贈ってきていた人間に対してわざわざそのような要求。……私でも、若くて美しい乙女を望んでいると思いますね」


「そ、そんな……」


 口々に責め立てられて、ルシアンは顔を蒼白にしてぶるぶると震えている。

 そしてソファに座るセリーヌの足元に慌てて跪くと、懇願するようにその手を取り自分の額にあてた。


「信じてくれ、セリーヌ! 僕は誓ってそんなつもりで水晶にお願いしたわけじゃないんだ。ただ、なぜかいつも人間が毎年色々贈ってくれるから、それならば欲しいものをお願いしてもいいかなって、そんな気持ちで……」


 どうやら人間に要求を伝えたのはルシアンの独断だったらしく、他の三人は知らなかったようだ。

 ルシアンの必死な姿に呆れたようにお互いの顔を見合わせている。

 誤解なのは分かったが、今のうちに気になることは全て明らかにするべきだろうと、セリーヌはルシアンの手を包み、顔を上げるように促した。


「では、あの要求は本当はどんな意味だったのですか?」


「あれは本当にそのままの意味だよ。魔界ではなかなか花が咲かないんだ。だから、人間界の強くて美しい生命力の強い花を送ってもらえば、魔界でも育てられないかって……その、本当にそのままお願いしたつもりで……」


 まさかそんな意味でとられるなんて、とルシアンは項垂れた。

 セリーヌとしても要求についてのまさかの真実にあっけにとられてしまう。


(人が、魔王様を、魔族を勝手に恐れすぎていただけなんだわ……)


 同時にホッと安堵も感じていた。

 今日まで魔界で過ごしてきて、セリーヌが見ていた温かで優しい魔族たちの姿が真実だったのだと。

 きちんと話を聞いてみると、どうも毎年の貢ぎ物も人間の方が勝手に恐れて自ら送っていて、魔族としてはせっかくもらえるならば、とありがたく受け取っていただけにすぎないようだった。


 しかしそうなると、今度は別の疑問が浮かんでくる。


「では、私が魔王城に現れて、さぞ驚かれたのではないですか?」


 そう、ルシアンとしては花を望んでいたはずなのに、送られてきたのは人間のセリーヌだったわけである。


(そのわりに、魔王様は怒るでも不思議がるでもなく、すぐに私に名前を聞いてくださったのよね)


 その質問に、なぜかルシアンは眉尻をさげ、顔を赤く染めた。

 唇をわななかせ、言葉につまっているようである。


 代わりに、「あっ」と何かを思い出したように声を上げたのはメリムだ。


「ルシアン様、セリーヌ様が魔界に来てくれてびっくりしちゃったメリムたちに、とってもはしゃいで言ったんだよねえ。奇跡が起きた! こんな幸運があってもいいのか! って〜」

「そのあとすぐに、私に急いで儀式の用意をするようにと言いましたね。彼女の気が変わらないうちに早くしなければと」


 そういえば、生贄にされること自体が誤解だったのならば、儀式とは一体なんなのだろうか。

 ふと、儀式のときに感じたことを思い出す。

 まさか──。


「……僕はセリーヌが、僕の気持ちを知ってお嫁に来てくれたんだと思ったんだ。だから嬉しくて舞い上がって、おかしいだなんて思いもしなかった」


 肩を落とすルシアンの言葉は、信じられないものだった。


(私がお嫁に来たと思ったって……そもそも、僕の気持ちって?)


「種族が違うから儀式の中で僕の魔力を体に馴染ませて、僕の、お嫁さんにする。……あの儀式は、人間で言うところの結婚式だよ、セリーヌ」


 眩暈がした。座っていなければ、倒れていたかもしれない。

 たしかにまるで結婚式のようだと思ってはいたが、まさか本当に結婚式だったなどと誰が思うだろうか。


 聞きたいこと、確認したいことはまだまだあった。あったはずなのに、今は何も思いつかない。

 だって、ルシアンの話が本当なら、今までの彼の言葉や態度は──。


「セリーヌ。僕はたくさん間違ってしまっていたんだね。本当にすまない。君をどれだけ怖がらせただろう。けれど、信じて欲しい。僕は君のことが心から大好きなんだ。……ずっと、ずっと前から……」


 真っ直ぐにセリーヌの目を見て告げられた、真摯な言葉。


(今までの魔王様の言葉や態度は、全て、私のことを想ってくれていたからということ……?)


 一気にそのことを実感して、顔に熱が集まってくる。


「あ……」


 何か言わなくては。そう思うのに言葉が出てこない。頭が真っ白で、沸騰したように熱く、クラクラしている。

 そう、クラクラと――。


「……セリーヌ!?」

「きゃあ! 大変だわ!」

「わあん! セリーヌ様っ!」

「陛下! 早くセリーヌ様をこちらへ!」



 慌てる声が遠くで聞こえ、体が抱き上げられるのが分かったが、力が入らない。

 どうやらセリーヌはあまりの出来事にまた気絶してしまったようだった。


(魔王様が、私のことを……。――でも、ずっと前からって、どういうこと……?)



 そして今度こそ意識は夢の中に落ちて行った。


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