第8話 生贄要求の真相

 


「……あの、お嫁さんって、どういうことですか……?」


 騒がしかった声が一斉に止み、その場にいた全員の視線がセリーヌに集まった。

 噴水の水の流れる音がやけに大きく聞こえる。

 抱きしめていたフレデリカの腕の力が緩み、その中から抜け出すと、セリーヌはおずおずと言葉を続けた。


「だって、私は魔王様の生贄、ですよね……?」

「ぶはっ!」


 その瞬間、フレデリカがお腹を抱えて笑い出し、ルシアンがその場に力なく崩れ落ちた。


「ぷぷっ、ぷあっはっは! ほらー! セリーヌ様も生贄だって思ってるじゃないー!」

「そ、そんな……確かにセリーヌからすれば生贄みたいなものかもしれないと分かってはいたが……でも本当にそんな風に思ってたなんて……」


 メリムは泣きまねをしながら隣のシャルルに抱きつく。

 シャルルなどは本気で引いた顔をしていた。


「セリーヌ様が無慈悲っ! えーん、シャルたん〜メリムこわ〜い!」

「さ、さすがの私もこれはルシアン陛下に同情を禁じ得ません……」


 うずくまり、頭を抱えていたルシアンはガバッと起き上がると、勢いよくセリーヌに飛びついた。

 ぎゅうぎゅうと、まるで縋り付くように抱きしめて。


「セリーヌ、たしかに人間の君からしたら僕との結婚なんて生贄になるようなものかもしれない! 僕自身もそう思うよ! でも儀式の時に言ったよね!? もう今更引き返せないよって! セリーヌに好きになってもらえるように頑張るから! だから、だから僕のことを……捨てないでくれえー!!」


 セリーヌはいまだ混乱していたが、とにかくとんでもない誤解があるようだとはなんとなく分かった。

 信じられない言葉がどんどん飛び出していて事態があまり飲み込めないが、とにかく一度きちんと話をしなければ。

 潰えたはずの淡い期待が胸に湧き上がってくるのを感じながら、セリーヌはそう思った。


 苦しいほど強く抱きしめられながらも、それを恥じらう余裕もなく声を上げる。


「ま、待ってください! あのっ、」

「セリーヌっ!」


 しかしパニックになっているのはセリーヌだけではないようで、ルシアンがうるさい。


「もちろん、君の心が僕を受け入れられるようになるまではちゃんと待つよ! 約束した通り、もう二度と焦って儀式をしようなんて思わないから!」


「いえっ、あの、そうではなくて……」


「ま、まさか、やっぱりどうしても帰りたいのか……?」


 全然こちらの話を聞かずにどんどん絶望に染まるルシアンの声に焦りながら、セリーヌは叫んだ。


「と、とにかく! 一度私の話を聞いてくださいっ──!」



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「──つまり、セリーヌ様は本当に生贄として魔界に送られてきたってこと?」


 フレデリカが目を丸くしながら確認する。

 彼女だけではない。一緒に聞いていたメリムもシャルルも驚きにポカンとしている。

 ルシアンに至ってはもはや石になってしまったかのようにピシリと固まって全く動かない。


 城内の部屋に戻り、セリーヌは本当に自分が文字通り生贄なのだと思っていたこと、というより生贄として人間界から送られてきたことを話したのだ。

 どうかこれ以上すれ違いたくないのだと涙ながらに懇願するルシアンの勢いに負けて、魔界に来てから抱いていた気持ちを全て吐露する羽目になった。

 あまりに優しく好意的に接してもらえることから、ひょっとして何か誤解があるのかもと思うこともあったものの、自分の間の悪さで結局は誤解し続けてしまったことも圧に負けて話してしまった。


「まあ……私たちも悪かったわ。まさかそんなことだとは思わず軽々しく生贄だなんて言葉を使ってしまったわけだし」

 フレデリカが気まずそうに目を逸らしながら言う。

「メリムも、食べられちゃうとか、美味しそうとか、本当に食べちゃうって意味で言ったわけじゃなかったの……」

 メリムは本当に落ち込んでいるようで、とてつもなくしょんぼりしてしまった。

「私の言葉も不足していました。大変申し訳ございません」

 シャルルは丁寧に頭を下げるが、心なしか顔色が悪い。


 立て続けに謝られて、セリーヌは慌てる。


「そんなっ! 私がいけなかったんです。みなさんは、ずっと私に温かく接してくれていたのに……」


 誤解だったと分かると、こんなにも優しくしてもらっておいて、それが生贄として美味しくなるためだったと酷い勘違いをしていたなど、申し訳なくてたまらない。


 フレデリカはうーんと唸り、首をかしげた。


「でも、そもそもどうして人間たちはセリーヌ様を生贄に送ってきたりしたの?」


 はた、とセリーヌは気づいた。

 自分は生贄ではなかった。食べられ命を落とすことはない。全ては誤解だった。それは分かったが、ならばあの貢物への要求はなんだったのか。


「それは、魔王様から要求があったからだと……」

「ええ? ルシアン、生贄に人の命を捧げろなんて言ったの? 最低」

「そんなこと言ってないっ!」


 フレデリカの軽蔑の眼差しに、固まっていたルシアンが我に返って慌てて否定する。


「まさか、それならあの要求は誰が……?」


 そもそも、ルシアンが生贄を望んだわけではないのなら、一番最初から話はすれ違っていたことになる。


「ねえねえ、その要求ってどんな感じだったの〜? 人間食べたい! みたいな?」

「いえ、そんは直接的な表現ではありませんでしたが……」

「では、具体的にはどのような要求だったのですか?」


「ええと、確か、『今年の貢物には、とびきり美しく生命力の強い花を所望する』だったかと」


「「「…………」」」


 それを聞いた全員が無言になり、じとりとルシアンを見た。

 当の本人は困惑顔でうろたえている。


「そ、それがなぜ、僕が生贄を望んだことになるんだ……?」


 ――なんだか、思っていた事態とはずいぶん様子が違うようだと、さすがのセリーヌもすぐに悟った。



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