第4話 ギャップがすごすぎる
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(嫌な夢を見たわ……)
クラウドとエリザのことはセリーヌの心に大きな傷を作った。
そんな辛い記憶をなぞるような夢を見てしまった。むしろそのままの再現だ。
魔王城に送られた後、すぐに別室に案内され、そこで一日すごし、その次の日――昨日である――には、すぐに儀式が執り行われた。
つまり、セリーヌが魔王城にきてからまだ三日目だ。
(三日目がくるとは、思ってもいなかったけれど)
寝台の上で体を起こし、頭を抱えて息を吐く。当然起こると思っていたことが起こらなかったことへの混乱は大きく、まだまだ気持ちの整理がつかないままだ。
そうして気持ちを落ち着けていると、突然セリーヌのいる寝室の扉が勢いよく開け放たれた。
──バン!
ノックもなく、盛大に音を立てて。
セリーヌは驚きに目を向けた。
優雅な足取りで部屋に入ってきたのは、スラリと背が高く、出るところが大胆に出ている妖艶な美女だった。
美女は数歩部屋に進み入るとぴたりと立ち止まり、流し目でセリーヌを視界に収めた。
その圧倒的色気とオーラに息をのむ。
(ひょっとしてこの方、魔王妃殿下なのでは……?)
もしもそうだとしたら、まずいのではないだろうか。
生贄のための儀式とはいえ、セリーヌはルシアンと口づけを交わした。
そのことを責めるため、目覚めたばかりのセリーヌの寝室に乗り込んできたのでは──。セリーヌはごくりと喉を鳴らす。
しかし次の瞬間、美女は弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
「おっはようございまーすっ!」
その口から飛び出てきたのは、外見の印象からはまるで正反対の元気のいい子供のような挨拶だった。
おまけにあまりの美貌に一瞬気がつかなかったが、よく見るとスカート丈のとても短い、ふりふりのメイド服を着ている。
(え……?)
「ふふん! 魔力の感じで目が覚めたのが分かったから、早く会いたくって急いできたのよっ? いいよね? いいよね? あのね、私メリムっていうの!」
言葉遣いだけでなく、話し方自体も少し舌足らずで甘さの残るものだ。そしてものすごくはしゃいでいる。
視覚と聴覚から入る情報のあまりのギャップに頭が混乱してとっさに返事ができずにいると、ギャップ美女メイドの頭が後ろから叩かれた。
ボコッ! といい音が響き、美女がよろめきながら悲鳴をあげる。
「うわあん! 痛ーいっ!」
「メリム、いい加減にしなさい。セリーヌ様が驚いてらっしゃるでしょう。あなたはいつもあまりに落ち着きがないのです」
丁寧な口調でメリムを嗜める声が聞こえるが、はっきり姿が見えない。
(声、どこから?)
「でもでも! 叩くなんてひどいよシャルたん!」
メリムが身をかがめて蹲った瞬間、その体に重なり隠れていた姿が見えた。
声のトーンや口調の印象と違った、小さな美少年だった。
確かに声は比較的高い子供のものである。
それにしても……。
「申し遅れました、セリーヌ様。私はシャルルと申します。以後お見知りおきを」
シャルルと名乗った美少年は右手を胸に当てて深く頭を下げると、顔を上げてにこりと微笑んだ。
「シャルたん! メリムのこと無視しないでよおっ!」
(ちょっと頭がついていかないんですけど……)
セリーヌがポカンと口を開けてしまったのも無理はないだろう。
妖艶美女も可愛い美少年も、見た目と中身のギャップがすごすぎる。
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「あらためまして、メリムだよっ! ルシアン様にお願いして、セリーヌ様のお世話はメリムがしていいことになったのっ!」
メリムはそう言いながら、えへん! と豊満な胸をはる。
「わ、私のお世話、ですか……?」
セリーヌは生贄だ。お世話をしてもらうような立場ではないはずなのに。
おまけによくよく話を聞いてみると、本来メリムは魔王の側近でありメイドではないのだというではないか。
セリーヌのお世話に張り切るあまり、「たくさん頑張れるように可愛いメイド服をつくったの〜!」らしい。確かに城内で見かけた別のメイドはもっとスカート丈の長い、シンプルで落ち着いた一般的なメイド服を着ていた。
困惑していると、シャルルがフォローにはいる。
「騒がしいので不安になるかと思いますが、メリムはこう見えて気遣いと思いやりの女性です。他のメイドと比べても不足することなく、いいえ、メイドとしてセリーヌ様にきっとご満足いただけると思いますよ」
「ええ〜っ、気遣いと思いやりの女性だってー! えへへ! メリム、頑張るねっ!」
シャルルの賛辞に頰を染めて喜ぶメリム。
(そういう心配をしていたわけじゃ、なかったのだけれど……)
「よろしくお願いいたします……?」
「うん!」
簡単に挨拶がすんだところで一度シャルルは退室し、セリーヌはメリムに手伝ってもらい着替えていく。
メリムが選んだのは淡い桃色のエンパイアラインのドレスだった。薄いレースがいくつも重ねられていて、同じ色の糸で華やかな刺繍が施されているナチュラルで可愛らしいもの。
髪の毛はおろしたままで、ふんわりと梳いてくれた。
魔王の側近に生贄の世話をさせていいものか内心落ち着かなかったものの、メリムは楽しそうにセリーヌの支度を進めるので何も言えずに結局全て任せることになった。
すっかり支度が済んだ頃、またシャルルが部屋にやってきた。
「――さて、それではセリーヌ様も気になってらっしゃるかと思いますので、儀式についてお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「っ! は、はい」
シャルルの言葉に、ソファに座ったセリーヌは背筋を伸ばす。
「まず、昨日の儀式は中断された形です。後日もう一度やり直すことになると思います」
「中断……」
セリーヌが倒れてしまった時点で、儀式はまだ終わっていなかったのだ。
やり直しということは、口づけすれば終わりというわけでもないのかもしれない。
「けれど、ルシアン陛下はとても反省なさっていて、やり直しはセリーヌ様のお心を待って行うとのことです」
「え?」
「セリーヌ様がそのお立場を本心から受け入れることができるようになるまで待つ、と」
「…………」
覚悟は決めていた。
けれど、本心から受け入れるなんて、そんな日が来るだろうか。
覚悟をしても、すぐに揺らぐ。何度も繰り返す。やっと全てが終わると思ったが、結局セリーヌの弱さのせいで儀式は中断された。
死は、やはり怖い。
それでも、
「私が食べられるのは、もう少し先になるのね……」
自分の命はもう少し、この灯を消さずにいられるらしい。
セリーヌは思わず呟き、次の瞬間には我に返りハッとした。
こんなことを口に出すべきではない。
けれど、メリムは全く気にした風でもなく嬉しそうに笑った。
「あははっ! そうだね、ルシアン様に食べられるのは、儀式がぜーんぶ終わってからだよお。ルシアン様、お預けだねっ! セリーヌ様、こーんなに美味しそうなのにね〜」
「メリム、やめなさい。ルシアン陛下に叱られますよ」
ひゅっと息が詰まった。
こんなにも友好的な態度だから無意識に気が緩んでいたものの、やはり生贄は生贄。彼女たちは魔族。人とは感覚が違うだけなのだと思い知る。
「とはいえ、そういう意味では確かに、セリーヌ様のお心が定まっているのといないのとでは、その美味しさ、甘美さは大きく変わるでしょう。セリーヌ様自身も、より幸福を感じられるようになるかと。私も賛成ですよ」
……セリーヌはつい、嫌な想像をしてしまった。
生贄として命を落とすことを心から幸福と感じるようになった自分。「早く食べて」と胸は踊り、準備万端でお肌もツヤツヤになっているのだ。もうじき死ぬのだと思えば、絶望し、運命を嘆き、やつれたりするのが普通なのに。
そうか。
そこまで考えて、腑に落ちた。
やつれてしまっては、きっと美味しくないのだ。人が食べる牛や豚などの家畜も、健康で丸々としている方が当然美味しい。
だとしても、いつになるかわからないセリーヌの心の変化を待つなど、魔族とは随分な美食家なのだろうか。
(いつか、身も心も美味しく仕上がった私を、恍惚とした表情の魔王様がペロリと召し上がる……)
慌てて想像を打ち消した。
けれど、メリムとシャルル二人ともにあまりにあっけらかんと言われたことで、逆に肩の力が少し抜けた。
(魔王様や魔族の皆様にとって、人を――私を食べることは、そこまで重大なことではないのね)
セリーヌは勘違いしているが、ことは彼らにとっても間違いなく重大なものである。
ただし、セリーヌが思い描いているものとは、多少、いや、かなり気色が違うことに気がつくのは、もう少し先のことになる――。
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