第2.5話 保護

 シェルキスは、フォスティアが落ち着いた寝息をたて始めたのを確認した後、人形を自律動作に切り替えた。

 自律といっても、できるのは簡単な命令に従うことだけだ。今回の場合は、《フォスティアが目を覚ましたら、シェルキスに魔力で通知を送る》こと。

 シェルキスとザンハイトの2龍ふたりは、フォスティアを寝かせた小屋を部屋の片隅に置き、今後について話し合うことにした。


「保護区の管理などと言うから、どんなかと思えば……」


 窓を開け、溜息と共にシェルキスが愚痴をこぼす。その視線は、窓の外に広がる《人族保護区》に向けられている。

 龍族の住まいというのは、人族が想像するような《岩壁をくり抜いた原始的なもの》ではない。外観こそではあるが、内装やその生活様式は、人族の文明よりはるかに高度な魔導技術によって成り立っている。


「まあまあ。僕たちの祖父母の時代に人族をペット化することが禁じられたとはいえ、今まで飼われていた人族たちをそのまま野に放すのも危険だからね」


 ザンハイトは言う。だからこそ、野に放す前に、人族の生活環境を再現した《保護区》の中で国家運営をさせ、自分たちだけで生活していける力を身に付けさせるのだ、と。


「──それでも、保護区の中での生活に馴染めない個体は出てくるだろうから、そういう子たちを助けるのが僕たちの仕事だよ。……ま、実質は《保護》の名目での飼育だけどね」

「禁じられたペット化を仕事として楽しめる、と考えれば、役得とも言えるか」

「……それ、上司の前では言わないようにね?」


 ザンハイトは目の前で尻尾を左右に軽く振りつつ、半眼でシェルキスに忠告した。


「分かっているさ。……しかし、この仕事を始める前から気にはなっていたのだが、なぜ人族なのだ?」


 シェルキスはそう言って、ザンハイトの方に振り向く。


「なぜ……って、何が?」

「人族より知能の高い種族は他にも居るだろうに、なぜそれら種族より先に人族のペット化が禁じられたのだ?」

「あー……まだイヴィ君から聞いてないのか」

「? なぜイヴィズアークの名が出てくる?」


 イヴィズアークというのは、シェルキスの友である黒龍の名だ。

 白龍と黒龍は、同じ龍族ではあるが交配のできない、近いようで遠い種族だ。しかし、互いの生活圏は重なり合うところも多く、人族でいうところの『国と国との付き合い』程度には近しい関係である。


「人族のペット化が禁じられたきっかけは、イヴィ君の祖父なんだ」

「なんだと……!?」


 ザンハイトからの予想外の回答に、シェルキスは思わず彼に詰め寄った。


「静かに。あの子が起きちゃうよ」

「そ、そうだな。……しかし、きっかけがヤツの祖父というのは?」

「その話はまた今度、というか、イヴィ君に直接聞くといいよ。それより、今はあの子の飼育……じゃない、保護計画を立てないと」


 ザンハイトは言った。実質的な飼育とはいえ、飽くまでも名目上は《保護》なのだから、あの子がいずれ人族の社会に戻っていけるように教育し、人族の生活習慣を身に付けさせねばならない、と。


「なるほどな。だから、おまえはわざわざ保護区内の、それも人里に近いこんな場所に住んでいるのか」

「そのほうが保護した子を《人族の社会》に触れさせやすいからね」

「だが、俺の家は保護区の外だぞ?」

「そうだね。だから、君も一時的にこっちに引っ越すか、それとも、あの子が成長して学校に通う年齢になったら、あの子を僕の所へ宿させるか。……ああ、あの子を僕が管理するというのはナシだよ。あの子を保護したのは君だから、これは君の仕事だ」


 ザンハイトにそう言われて、シェルキスは尻尾を所在なげにぶらぶらさせた。

 まだ名前も聞いていないあの子のために持ってきた食事は、いまだに空間魔法の中にしまわれたままだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る