第15話 ニルス、誕生す


「これはね、君は必ず引き受けてもらうことになる、非常に大事な仕事だ。」


加古はそう言って、ニルスに向き直った。

ニルスは、先ほどから加古がニルスに選択の余地を与えていないことに気づいていた。まるで、逃げ場を作らせないかのように。


「ヒーローが戦う対象、それは君だ。」

加古は、力強く、そう言い放った。


「僕…? どういうことですか…?」


「君に、「悪役ヴィラン」になってもらう、ということだ。」


「僕が、悪役ヴィランに…?いったい、何を言って…。」


「何をって、私の言葉通りだよ。いいね、国民は今、熱狂できる対象を探している。さっきルーク君が説明したように、私達は、国民が最も支持する「ヒーロー 」対 「悪役」の構図を用いて、国民の関心を集める必要がある。君は、天才肌で、手先が器用で色々なトリックを用いることができ、おまけにその存在は謎に包まれている。君ほど完璧な好敵手はなかなかいない。全く、完璧なタイミングに現れてくれたよ。国民の病の克服のためにと、私はこの計画を政府へ直接提案をしたんだ。猫の手も借りたい状態の政府は二つ返事で承認したよ。フフフ、私の夢がこんな形で実現するとはね…。」


「なぜ、僕の存在が、国民のためになるんです…?第一、「悪役」になるって、僕はどうしろっていうんですか。」


「君は、そのままでいてくれてかまわない。私達、番組制作者側が全て仕立てる。ただ、魅力的な「悪役」には「悲しい過去」が必要だから、それだけは、すこし協力をしてもらわなければいけないけどね…。」


そう言って加古は、エライアスへ目で合図を送った。

すると、目の前にあったガラスの壁が突然左右に開いた。


「さあ、ニルスさん、こちらへ来てください。」


エライアスは、ニルスの腕をとって、真ん中の装置へ進むように促す。


「僕は、まだ参加すると、言っていない…!あなたたちの計画で、全国民が笑顔になって、あの子たちが救われる保証はあるのか?僕は、この東京へ来た目的が達成できないと、存在している意味が消えてしまう!」


「大丈夫です。あなたの目的を邪魔するつもりはありません。ただ、あなたのその才能を、少し活用させてくださいと言っているだけです。」


「僕が「悪役」となることで、国民が本当に笑顔になるのならば、僕は喜んで「悪役」になろう。だけど、僕の、「エンジェルズ・ハイドアウト」の、いや、「移民街」の子供達は、僕が面倒を見てやらなきゃならないんだ…。子供達は、無事なのか…?それだけが知りたい…。」


「まさに、そのことなんですが…。と、その前に…。」


エライアスはそういうと、ニルスを半ば強引に、装置に座らせた。

その時だった。装置の左右から金具が伸びてきて、ニルスの手首を抑えつける。

「な、何をするんだ…!」

「とりあえず、ニルスさんにはここで少しだけ番組の「準備」をしてもらいます。子供達のことですが、これは加古さんが知っています。」


「エライアス、ご苦労だった。ニルス、君が酷く大事にしている子供達のことだが…。彼らの街は、私が閉鎖…いや、破壊した。もう、君が「エンジェルズ・ハイドアウト」と呼ぶ地域は、存在しない。住民たちの安否は知れていないが、もうあの場所は跡形も残っていない。これも、番組にとっては必要な準備のうちの一つだ。君には受け入れてもらうよ。」


―破壊した、だと…?


「何だと!!お前は、なんてことを、あの地域の住民たちに、子供たちにしたんだ…!居場所だけでなく、命まで奪ったのか!?今までにあの子たちに自由など無かったじゃないか!あの場所に咲いていたどこよりも美しい笑顔を、お前は奪ったのか?」


ニルスがいくら力を入れても、がっちりとニルスの手首を抑えた金具は外れない。


「残念だが、君にものを言う権利はない…。大いなる勝利には、大いなる犠牲が伴う…。歴史は、そう動いていくんだ。あの地域は、いずれ無くなる運命だったのだ。執着していた君も大概だよ。君はこれから、悲しい過去を持って戦うのだよ。そのことを今から意識してくれ。君には今から、「悲しき過去を背負い、憎しみに満ちた悪役」の役割を担ってもらわなければならない。」


「そこまでして、僕は本当に全国民を笑顔にすることなど、できない!もう、命は失われたんだ!この番組に、価値など無い!犠牲の上に成り立つ番組など、誰も求めない!」


加古は、ニルスの言葉を受けて、哀れんだ目を向けた。

「国民は、そうはいかないと思うよ…。移民街のことなど、誰も念頭にないからね…。街一つ消えようと、誰も何も思わないさ。まさか私がやったことは伝えるつもりはないが、この街の闇から悪役が生まれたなんて、むしろ国民は喜ぶよ…。」


―っ。

エンジェル、ジュード、ライラック…!

みんな、僕のせいなんだ。僕さえいなければ、こんなことにならなかった。

ルミナスさん、「微睡の一滴」を危険を承知で売ってくれた皆…。僕のために、今まで本当にありがとう、何もできなくて、本当にごめんなさい―


ニルスは、金具で赤くすり切れた両手の拳を握り締めた。

ニルスの目から、涙がこぼれおちる。


―バリンッ。


仮面が、割れる音がした。

絶望、孤独、喪失感、呵責、怒り。

全ての負の感情を、仮面は抑えきれなくなった。

仮面は、粉々に砕けちり、ニルスの顔があらわになった。

仮面をとったニルスは、無力だ。感情に支配される、ただの入れ物だ。

だが、この世で生きていくこと、それは、負の感情と共存するということだ。

その現実が、ニルスの体に、脳内に浸透していく。


仮面がまるで破裂する風船のように砕け散ったのを、その場にいる全員が見ていた。

加古は、しゃがんでそのひとかけらを拾い上げる。

「憎いだろう…。私たちのことが…。君はこれから、その憎しみを糧に長い戦いに参加してもらうから、憎しみは強ければ強いほどいい。さあ、君が早く決断をしないと、今もどんどん死者が増えていくよ…。」


―いいさ。やってやる。だがその代わり、必ず子供たちはどこかにいる。

僕は知っている。だから必ず探して、救い出す。これからが勝負だ。


「…闘いの、幕を開けるがいいさ。僕は、「悪役ヴィラン」として、番組に参加する。」


その言葉を放った時、ニルスは、「道化師ピエロ」となった。


この世界で、悲しみを背負い、前へ進むこと。ニルスだけではない、仮面の下に、誰もが隠す見せない部分を、体現すること。時に支配されるかもしれない。時に、正しい心が踏みにじられるかもしれない。だが、自分がここに存在する限り、僕は全国民を必ず笑顔にして見せる。


加古、エライアス、ルークが頷く。


「契約成立だ。それじゃあ、史上最大級のエンターテインメント・ショーの始まりだ。」






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娯楽の道化師 白柳テア @shiroyanagi

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