第14話 ニルス、会合へ招かれる


 ニルスは、加古に導かれるまま、力の入らない脚でなんとか車を降りた。

ガラス張りの建物に、APCのロゴと15秒の広告が流れるサイネージが掲げられ、螺旋状の階段を、社員が往来している。外資色が漂う大層な建物のネオンが頭上に降り注ぐが、見上げる気力がない。だが、白濁としている意識の中で、ニルスはあることに気づいた。


…APC?


今ニルスがいる場所は、紛れもなく加古亜紀人が代表を務める企業、"Advanced Pharmacy Corporationアドバンスド・ファーマシー・コーポレーション"のオフィスだった。


ー先ほどまで、8番街にいたはずでは?


車は、いつの間にか「実験エクスペリメント」がテーマの区域で、APCを筆頭として、化学メーカー、製薬会社や医療関連のメーカーが連なる。「CoT 3番街」に到着していたようだ。なぜ、3番街に、しかも加古の企業へ連れてこられたのか、加古は何も言わなかった。


「君をここへ呼んだのは、他でもない、会わせたい人物がいるからだ。こちらへついてきてほしい。」


言われるがまま、ニルスは足を動かす。

二人はしばらく、薄暗い1階の廊下を歩いた。建物内はなぜか照明を落としてあり、中は巨大な工場のようになっていて、研究室と思われるガラス張りの部屋が並び、白衣に身を包んだ研究員が見える。


「この通り、会社は今のところ通常営業さ。だがいつ生産に制限がかかるか、売り上げに影響してくるかわからない。宣伝を止められた今、固定ユーザーを逃すわけにはいかない。品質に一番気を遣う、現場の空気は張りつめているよ。」


加古はそういうとニルスを見て、今まで向けたことのない微笑を向けた。

「だからこそ、君には、本当に期待しているよ…。」


加古は、廊下の突き当りの角にある、「会議室01」の扉に自身の「アイ・シールド」を読み込ませるとスライド式の両扉が開き、二人を中へ入れた。


会議室に足を踏み入れると、今までの無機質な部屋とは雰囲気が全く釣り合わない光景が広がっていた。部屋の真ん中に、レジンで固められた長机が置かれている。奥に、暖色系で統一された糸で編み込まれたの布がかかった大きなモニターと、その隣に梟や兎のはく製が見える。


ニルスは、物々しいその雰囲気に、思わず後ずさりをした。

その様子を見ていた加古が、苦笑いをする。


「ああ、これはちょっとした私の趣味でね…。まあ、あまり気にしないでくれ。」


部屋は暗くてよく見えなかったが、ニルスは、長机に腰かけながら、奥で壁を見ながら話している二人の人物がいることに気づく。

加古が部屋の照明を入れると、それは一人の青年と、外国人の男性であることに気づく。手前側の青年は、ニルスに気づくと、パッと顔の表情を明るくする。


「ニルスさん、到着したんですね…!」

ニルスは、その声と顔に、聞き覚えがあった。

ソサエティ・スクープの特派員、マルタ市場でニルスと接触して依頼ニルスを追跡し、「微睡の一滴」の行方まで報道をした、ルーク・ギレンホールだ。


「君が、なぜここに…?」


「加古さんから聞いていませんでしたか。あなたに話したいことがあるんです。あ、それから、隣にいるこの方はGeo Factory ゲオ・ファクトリー代表、エライアス・ゴルギーさんです。」


「初めまして。こんにちは。お会いできて光栄です、救世主ヒーロー。」

その代表は、加古よりもさらに若い男性だった。ニルスと同じブロンドの滑らかな髪を眺めに伸ばし、襟足で綺麗に切りそろえている。Geo Factoryも、GAPPA企業群の一つだ。GAPPAがカルテルを協定したとは聞いていたが、ここには2社の代表しかそろっていないことに疑問を抱く。


「あなたたちは、いったい、僕に何をしようとしているんですか。」


ニルスはやっとの思いで、口を開いた。

押し寄せてくる絶望と孤独は、まだニルスの足を震わせ、しどろもどろにさせた。口の中で、砂利を噛んでいるような味がした。周りの状況が、はっきりと見えてこない。


「もうすぐ、わかるから少し私たちに時間をくれないか。ここから先は、エライアスが説明してくれる。そちらの壁の方をよく見ていて。」

加古は、腕を組んで少し後ろに立った。エライアスが頷く。


「ニルスさん、この壁の奥にはね、僕が開発したとあるシステムがあるんです。企業秘密ですから、普段は僕以外誰も見れないんです、ニルスさんが来るまで隠してあったんだ。」


エライアスがそういうと、目の前にあった壁が、自動的に床へと引き込まれていく。

「僕の会社が、最先端の遺伝子研究を行う企業だってことは、知っていますね。僕は、ある実験装置を開発したんです。」


壁が消えると、今度は一面がガラスの壁で覆われた。そこには、三つの四角い椅子が並べられ、それぞれ側にあるテーブルの上に、遺伝子の螺旋モデルや、人骨の標本が仕舞われた試験管が何本か置いてあった。各椅子の目の前には、真空に電気を発生させる機械のような、上下の円盤に挟まれた装置が見える。


「少々不気味に見えたかもしれませんが、これはね、「DNA」なんですよ。」


(過去の人物を現在に呼び戻す…!?しかし、何のために…?)

ニルスは、戸惑いの表情をエライアスに向ける。


「この研究は、まさにトップシークレットだよ。今の技術では、例えば、過去に存在していたもの、恐竜など…、を復元しようとしたって、できないだろう。だが、DNA情報が少しでも残っていれば、そこから呼び戻すことに、エライアスの研究チームは成功したんだ。」

後ろで様子を観ていた加古が、重々しい口調で説明する。


エライアスは、加古の説明を受け、何かを思い出したような表情をした。

「この機械がすごいのはね、呼び戻すことができるのは、三次元に存在していた人物だけじゃない、ということです。3Dプリンターの要領で、DNAというか、人物個体としてあるべき情報を入力すれば、"アニメのキャラクター"でさえ、三次元の世界に復元することができるんですよ。まあ、これは、アリーシャさんがCEOを務めるエンターテインメント会社、Ace Diversionエイス・ディベルシオン社、との共同開発ですが…。」


黙って話を聞いていたニルスは、未だに状況が掴めない。

「これを、あなたたちは、一体どうしようと言うんですか。今国民が求めているのは、病への薬です。病は、いくら過去から人を呼んだって、治らないじゃないですか…!」


「君は、大きな勘違いをしているんだよ…。ニルス。」

加古は、ガラスの壁の方へ、歩み出ながらそう言った。


「何度も言うように、「渇望の病」は、刹那的な消費ではもう太刀打ちができないところまで来ている。たとえ薬が行き渡っても、また病気が出現すれば、いたちごっこだ。病気の根幹となるものを治さないと、意味がないんだよ。君はこの病気の原因は何だと思う?」


「「渇望の病」は、消費社会に、いや、あなたたちのような企業に際限なき欲望を掻き立てられることで満たされなくなって、起きるんだ。何を買っても、何をしてもそれは全て一瞬にして消え去ってしまう…。」


「ああ、その通りだ。私達にとっては耳の痛い話だが、今君がいったことが現実だ。私達も確実にこの病の蔓延に加担しているし、加速させてしまった。だが、それはニルス、君も同じだったということだよ。人は、簡単に自分に快楽を与えるものを求めてしまう生き物だから、何かを与えることは病に。」


「…。では、あなた方は、違う方法で病を治すというんですか。」

ニルスは、自分のやり方が間違っていた、自分が病の進行を止められなかったという事実が未だに受け入れられなかった。


「そう、違う方法でね。そのために、エライアスに協力をしてもらったんだ。この装置で、人々の心の中にいる「ヒーロー」を呼び出す。過去に出会ったヒーローの存在は、人々の活力に密接に結びついている。辛かった時や、特別な人や、特別な場所や、家族と過ごした幸せな時間の中で…。アニメ、映画、ドラマ、本、漫画…。様々なメディアの形を通じて出会ったヒーロー達は、私たちの根幹のエネルギーやパーソナリティとなっている。それらを呼び出して、人々に「生きる活力」を再び与える。それが、今回の計画だよ。」


「…。でも、どうやって人々の心の中の「ヒーロー」を探り当てるんですか。」


エライアスが、自身たっぷりの声でニルスに答える。

「ある程度、予想はついています。今の大人が、18歳から90歳だとしましょう。彼らが6~7歳の子供だった時、つまりさかのぼって2016年から、もっとも消費されたメディアの中に存在する、ヒーロー的キャラクターを呼び出すんです。

後は、走らせながら求心力のあるキャラクターのデータを集めていくしかない。長期戦となることは、覚悟しています。」


「それだけじゃ、ありませんよ!」

エライアスの隣で、ルークが声を上げる。


「僕は、ただの特派員としてここにいるわけじゃないんです。僕は、そのキャラクター達を、撮って、全国に番組として放映します。全12回のシリーズものを撮るんですよ。国民に見世物を作って、熱中させることが目的です。最もサポートの多いキャラクターが、最終ステージまで進んで、この「東京」のヒーローとなってもらいます。おまけに、宣伝を停止されたGAPPA企業群の皆さんがスポンサーですから、番組内で存分に宣伝をしてもらう予定です。メトロポリタン・エリア、CoTを舞台として!」


ルークは、そこでいったん一呼吸を置いた。

「そこで…ヒーローは、何かのために戦わなければならないですよね…。えっと…。」


「君に私達から頼み事、いや、君にやってもらわなければいけない仕事を任せたい。」


そう言った加古の目は笑っていなかった。















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