第7話 ニルス、カルテルの結成を知る(閑話)
ニルスが薬の治験を終えるのと時期を同じくして、東京の政府による「自殺者の急増」の原因の解明が急がれた。その中で、政府はその原因の一つに、都民の生活に密接に関わる製品を販売する「企業」に目を付けた。都民の購買した商品のログをとる条例が出されたのは、そのためである。
”自殺者急増”のニュースと政府による条例が発表され、徐々に広まりつつあるのを耳にした「超巨大企業群
「やあ、皆よく集まってくれた。それじゃあ、始めようか。」
議長の掛け声に、錚々たる面子の各企業のCEOが、緊張した面持ちで頷いた。
今回、議長を務める
2100年の日本においては、米国企業群が国内経済の派遣を握っていた。現在、国内で5強と言われる企業群「
「前回の東京政府からの発表はみんなも聞いていたと思うけど、ここ数週間、東京では原因不明の自殺者が急増している。政府はひとまず消費者の購買した商品やコンテンツを管理するらしいけど、それは、我々の生み出した製品に目を付けたってことだ。つまりは、今後我々の製品が検挙される可能性がある。実際、昨日私のオフィスに、政府からの監査役が立ち入ったよ。」
「加古さんのところも? 昨日私のオフィスにも二人監査が来てたよ。」
発言をしたのは、化学メーカーUP(アップ)社長のユンク・メーレーだ。この議会には、ユンクを含め、エンターテインメント企業CEOのアリーシャ・ジョンソン、二人の女性が参加していた。ユンクの発言に続き、他の参加者達も頷く。
「そうだったのか…。このまま自殺者が増え続けて、監査が我々のマーケティング手法に目をつけたりしたら、必ず自殺の原因として検挙されると思う。そうなれば、我々の日本における経営が成り立たなくなる危険性が出てくる。自殺者を防ぐためにも、早急に経営方針の変更が必要かもしれない。皆はどう思う?」
加古の発言に、エネルギー会社P&GのCEOザック・ベンソンがすかさず発言をする。
P&Gは、21世紀の後半にザックとその友人たちによって設立された「再生可能エネルギー」のベンチャーである。会社名の中の"P"は"Petroleum"(石油)を表すが、石油の代替エネルギーを市場に流通させる、という意味を込められて"P&G"と名づけられている。
「それは、困りますね…。日本の売り上げが一番なんですよ、我々みたいな再生可能エネルギーを扱う会社は。しかし、今回の取り締まりの基準っていったい何なんです?私達が一体何をしたっていうんですかね?」
「僕たちは、日本社会に少し乗っかりすぎのかもしれないよ。」
神妙そうな面持ちで発言をしたのは、遺伝子研究の会社、Geo Factoryの若きCEOであるエライアス・ゴルギーだ。蓄積された遺伝子データをもとに、三次元の世界へ、過去に実在した生物を再生させる研究を行っており、今最も注目されている技術の先駆者である。
「なんだって、僕たちは幸い競合他社の関係ではないから、熾烈な出し抜き合戦は起きない。だけど、今東京を見れば、僕たちの会社が寡占状態を起こして、日本人の生活の全てに僕らの商品が入り込んでいるじゃないか。現に「CoT」は一歩歩けば僕たちの心さえ惑わすような宣伝が降ってくる。都民の「欲しい」という気持ちを、いたずらに操っていることが原因かもしれないよ。」
ザックは呆れた、というような顔でエライアスを見る。
「それじゃあ、エライアス氏の企業ではこれから製品の宣伝を止めるというのですか?」
「そうとはいっていないじゃないか。政府が我々を止める前に、宣伝の内容を少し抑えるくらいならしてもいいんじゃないか?」
「それは無理よ!私たちの製品「発表」を楽しみにしている人だっているのよ。私たちは、固定のファンや新規のユーザーの心を掴みつづける存在でなければならないの。」
静かに参加者たちの意見を聞いていたエンタメ企業のアリーシャがとうとう参戦した。アリーシャの生み出した大ヒット作「二次元融合型シティ」は、主要都市の一角をバーチャルの世界と融合させることで、バーチャル化した自分が町で生活することができる夢の空間である。
「いや、だからそういう広告を出すことで自殺が増えちゃってるのでは?」
ユンクがなだめるようにアリーシャを制す。再びザックが憤ったような声で発言した。
「そもそも、宣伝を抑えるって、モデルチェンジの回数とかコンセプトイメージまで改変を求められますからね、それは早急に対応できることではないですよ…。」
それからしばらく、「宣伝を抑える」「宣伝広告は止め、生活に必要な分だけの供給を行う」「宣伝は今まで通り行い、政府の対応と病の状態を見る」の三つの解決策の間で議論が交わされた。
「みんなの意見を聞いていて、私に一つ提案がある。」
しばらく様子を静観していた加古が、鶴の一声で場を静まり返らせる。
「今東京で発生している原因不明の自殺に、私たちがどれくらい関与しているかはまだわからない。だけど、私たちの「コーポレート・リスポンシビリティ(CR)」は人命に関わるところまで来ている。この状況で私達が協力して生き残っていくためには、団結が必要なことは目に見えているね。」
参加者が黙って頷く。
「僕からの提案はこうだ。僕ら5社で、「カルテル」を形成する。」
その言葉を加古が発した瞬間、その場にいる誰もが顔を見合わせた。
「「カルテル」? それって、「同業種の企業が市場の独占のために手を組むこと」ですよね。今の日本では禁止されているはずでは?それに、僕らは同業種じゃないでしょう。」
若きエライアスが手を挙げて発言する。
「だから、だよ。我々の会社を船にたとえてみてほしいんだ。仮に、今回我々が別々の方針で進んだとする。それは、各々が泥船で大海を渡るようなもので、政府が我々の活動を制限したら、全員の船がバラバラに沈んでしまう。だけど、皆で同じ方向に進むために結束をするなら、それはより鉄壁の航海船で進むことになる。ただ、沈むときは一緒だけどね。」
加古の説明を受けて、すかさずエンタメ企業のCEO、アリーシャが発言する。
「あたしはその作戦、乗ったよ。政府に文句言われないためにも、あたしたちの知恵を絞って出し抜く方法を考えた方がいいだろうからね。それで、カルテルの内容は何だい?」
「それなんだけど、私は段階に分けて考えたいと思ってる。政府が自由経済を制止する前と、実際に制止したあとだ。今は、まだ政府による監査でどう僕らがどんな制裁を食らうかわからない。だから、最初の段階は、「政府に我々の製品やマーケティング手法が自殺の原因」だと思われないように進めたい。我々の目的は、「消費者に製品を買ってもらい続ける」ことだからね。」
それから各企業のCEOが意見交換を行い、
「販売経路に関するカルテル」、「販売数量に関するカルテル」の結成の決議が行われた。内容は、現在国民の装着しているウェアラブル端末<アイ・シールド>からつながるネットワークを介した、「タッチレス・ショッピングネットワーク」での流通を8割、オンラインネットワーク外での流通を2割にするものである。数量の変化は、消費者の購買の集中を防ぐために、時間帯による管理を徹底する。
「政府がどうやって自殺を特定するのか知らないけど、オンラインショッピングをする購買者のほとんどは室内でするんじゃないかな。だから、万が一何らかの形で商品と関連付けて自殺者が出ても、カウントされにくいと思ってる。」
「加古サン、もしかしてそれって、自殺がバレなければよいってこと?」
ユンクは少し驚いたような表情を浮かべる。
「…。今のところは、そうなる。私は「自殺者を防ぐ」と言ったけど、それは件数を減らすとは限らないよ…。要は、自殺者がカウントされなければいいんだ。我々が生き残っていくためには、手段を選んでいる場合ではないよ。さて、多数決を取ろうか。これら二つのカルテルに賛同する者は、手を挙げてほしい。」
加古の掛け声に、皆が黙って手を挙げる。一人を除いて、4人が全員賛同していた。
「決まったね。それじゃ、明日から決行だ。」
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