第9回 「天災」

 決闘の当日。その朝、同盟の長であるゴードンさんから手紙が届いていた。


 ナキ君の報告で最近の状況は聞いている。我々としても最大限の協力をさせてもらうよ。架空の依頼は既にギルドへ送った。ハイシのギルド職員は君達に協力的なようだから大丈夫だろう。

 オミヒト君、君には大変な思いをさせている。申し訳ない。何も出来ない私達をどうか許して欲しい。村での一件を聞いて心配している。しかし、一方で君の勇敢さに胸を打たれた。マドロ家を助けてくれてありがとう。君のような異世界人がいることに驚いた。とても嬉しく思う。

 作戦の成功を祈る。


 ゴードン・リンドバーグ


「ゴードンも心配なのでしょうね。珍しくこんな私的な手紙を寄越して」

「そうだな」

 俺はあんまり信用されてなかったみたいだが、少しは評価が変わったかな? だといいんだけど。それにしても、過激な組織名に対して割と優しい人だなと思う。


「そろそろ出発しなくては。準備はいいですか?」

「……あぁ。行こう」

 俺とナキは馬車に乗り込んだ。向かうのは作戦の場、南方の森にあるポッカリと開けた平野だ。


「くどいようですが、作戦をおさらいしましょう」

 馬車の中、ナキは語り出した。


 作戦はシンプルだ。まず、俺とテンヤが平野に向かい合い、戦闘を開始する。頃合いを見計らってナキが加勢する。以上だ。

 俺の緑光は攻撃手段がない。それに加えて俺の実践経験もほとんどない。だからナキが加勢するまでの間、ひたすら耐える。それが俺の戦闘の中身だ。宿屋で初めてナキから聞いた時、俺はつい質問してしまった。

「耐える?」

「そう。テンヤに手傷を負わせるのは不可能に近い。今からあなたを殺しの達人には出来ませんし、私も、テンヤと正面から戦って勝つ自信はない。となれば、緑光を纏い、耐えるのが良いでしょう」

「でもさ、耐えるだけじゃ勝てなくないか?」

「勝ちの道筋は見えてきます。テンヤの魔力切れを狙うのです」

「魔力切れ……。つまりテンヤにひたすら魔法を撃たせて消耗させるわけか」

「えぇ。いくら規格外の異世界人といえど、日に使える魔力には限界があります。テンヤが魔力切れになる、もしくは魔力が残り僅かになる。そこからは私の出番です。彼に最大威力の魔法をぶつけ、一気に勝負をつけます」

 ナキの分析では、テンヤが魔法を連続で使えるのは多めに見積もっても十二時間程度らしい。あれほど大火力の魔法をそう何度も使えるとは考えにくいそうだ。それでも半日は長過ぎるが。俺なんか、素の状態だと十五分しか緑光を維持できないんだぞ。

「耐えると言っても魔力を使わせないといけませんから、多少のぶつかり合いは必須です。それは訓練通りにやれば問題ありません」

 作戦決行までの間、ひたすら俺は剣術の習得と緑光の持続時間の向上に勤しんできた。どちらも完璧とは言い難いがやれるだけのことはやった。

 それともう一つ。

「あなたの言う”相手の戦力に同調した緑光の増幅”。これが作戦の成否を分けるでしょう。訓練通りにお願いしますね」

 対峙した相手によって、緑光の出力は大きく変動する。これが俺の仮説だ。ナキを相手取った時と魔物では全然違っていた。この特性を活かせばテンヤの攻撃は防ぐことが出来るはずだ。

「それと、テンヤの消耗の度合いは予想がつかないので、ダメ押しで用意しておきました。これです」

 ナキはいくつかの筒を取り出した。瓶のような木製の筒だ。中には何やら巻物が入っている。

「これはいわゆる魔道具です。込められている魔力によって効力が変わります。これは強力な結界を張るもの。決闘場所を封鎖するために使います。これは使用者の魔力を一時的に増幅させる効力があります。事前に仕掛けておいて、私が参戦する時になったら発動させます」

「そんなものもあるんだな」

「入手経路は限られていますから、まぁ貴重ですね。ただ、あまり使いたくはありませんが」

「なんでだ? 便利じゃないか」

「この道具は、異世界人の魔力を利用しています。異世界人の資金源になっているので、出来れば加担したくないのですよ」

「なるほどな。……ちなみにそれどうやって作るんだ?」

「……教えませんよ」

 結界の巻物は予め閉じ込めたい場所に設置して囲んでおく必要がある。魔力増幅の巻物も同様だ。魔道具は、魔力を発するためテンヤに感づかれる可能性がある。そのため、俺とテンヤが戦闘を開始した後に設置する手筈となっている。設置はナキが担当する。

 そして、テンヤの忠実な三人の仲間も加勢をしないよう策を打った。

「ゴードンの手紙にも書いてあった通り、あの三人を指名した架空の依頼を出しました。以前テンヤに依頼を出した商人をかたり、遠方の魔物退治に向かわせます。商人は事前に話を通し、買収しています。彼らが罠と気づいて戻ってもその頃には決着がついているでしょう」

 決闘前日、三人がハイシをったとの情報が入った。これで加勢はない。以上が俺達の作戦だ。


 最後の確認を終えると、俺達は黙り込んだ。しばらく馬車の揺れを感じていたが、俺はというと、緊張がどんどん押し寄せてきていた。気を紛らわせるために手遊びや服を執拗しつように触っていた。

「オミヒト……怖いですか?」

「え!? いやぁ、うん。そうだな、正直言うと怖いな。村が燃やされた時の勢いがあればまだ良かったんだけど、そうもいかないな」

「怖いというのは普通の感情です。テンヤが相手ともなればなおさらです。恥じる必要はありません。あなたはこれまで我々のためによくやってくれました。身の危険を感じたのなら、逃げても咎め立てはしません」

「ナキ、ここまで来て逃げたりはしないさ。最後までやるよ。もし俺がやられたら、後は頼むぜ」

 ナキは俺の言葉に返事を返さなかった。俺が死ぬことを肯定したくなかったんだろうか。そう言う俺自身も、自分が死ぬなんてそこまでリアルに考えていない。恐怖はあるが妙な浮遊感がある。例えるなら、部活の大会のような気分だ。これから殺し合いをするってのにおかしな気分だ。普通の奴ならきっとここで躊躇ちゅうちょするんだろう。それがないのは、俺もテンヤと同じで、ゲームか何かと解釈してる部分があるからかもしれない。しかし、今はこれでいい。逃げ出してナキの期待に応えられないより遥かにマシだ。

 

 馬車に揺られて小一時間経ち、平野へと到着した。馬車を見送り、ナキと別れ俺は一人、平野に立った。ナキは平野の周囲の森のどこかへ身を隠しているはずだ。テンヤはまだ来ていない。約束の時間までまだある。俺は少しでも緊張を和らげるためにストレッチをして時間を潰した。

 馬のいななく声が聞こえた。すると、黒い馬に乗ったテンヤが姿を現した。自信満々といった様子だ。馬から降りると、俺の前に立ち、不敵に笑った。

「オミヒト、よく逃げなかったな」

「あんたの方こそ」

 テンヤが決闘場所に来ないという可能性もあったが、ひとまずこれでクリアだ。俺はゆっくりとテンヤから離れて距離を取った。

「テンヤ、勝負の付け方は覚えているよな?」

「ああ。どちらかが降参するまで、だろ。だが手加減はしない。こんなのは久々だしな」

 テンヤは首を回してポキポキと骨を鳴らした。

 参ったな。もう逃げたくなってきたぞ。

「そういやお前の仲間のナキだったか、あの女がいないなァ。ま、いいか。お前達がどんな策を弄しても叩き潰すだけだ」

 今の所、読み通りだ。テンヤは俺達を完全な格下だと思ってナメてる。自分から俺達を出し抜くようなことはしない。そもそもこの決闘も俺の発言が引き金で成立した。テンヤは戦いに飢えていた。俺がテンヤを侮辱した発言も、テンヤからすればいい口実なだけだったに違いない。

「オミヒト、楽しませてくれよ。期待してんだぜ俺は。同じ異世界人だからなァ」

 テンヤはゆっくりと背中の剣を引き抜いた。途端、テンヤから強烈なプレッシャーを感じる。バルコニーの時と同じだ。口の中が乾く。心臓が早鐘はやがねを打っている。俺も短剣を懐から引き抜き、重心を低くした。

「震えてるなァ。あれだな、子鹿ってやつだ」

 テンヤは構えることもせず、右手に持った剣を緩慢かんまんとした動作で空に掲げた。何の素振りだ? テンヤがにやりと笑う。すると、刀身が赤く光ったかと思うと次の瞬間、炎が現れた。激しく燃え上がる炎は剣を起点にどんどんと空へ伸びていき、遂には雲にも届く高さへと達した。あまりの光景に俺は言葉を失う。……これは見たことがあるぞ。そうだ、初めてこの世界に来た時に見た……

「まずは挨拶だ」

 テンヤはそう呟くと、爆炎を纏う剣を真っ直ぐ俺へと振り下ろした。その動作はさっきとは打って変わって流麗りゅうれいだった。地面に到達した爆炎は地面を大きく抉り、たちまち地形を変貌へんぼうさせた。周囲を煙が充満する。

「ありゃ、死んだか? ……お!」

 間一髪で緑光が間に合った。俺は、えぐられ、燃え盛る大地に肩膝立ちで座り込んだ。あまりのことに、全く動けなかった。緑光越しに受けた爆炎は、その圧力だけでも押し潰されそうに感じた。もし緑光の発動が遅れていたら……俺は骨すら残らなかっただろう。そう確信させるほどの威力があった。

「へぇー。それがお前の力か。俺の魔法に耐えるほどの防御力……面白い!」

 テンヤは剣を両手で持つと、腰の辺りに引いた。すると今度は、剣からおびただしいほどの水流が発生した。剣を纏うように激しく渦巻いている。次が来る、避けないと……。そう思ったが、体がまた動かない。……腰が抜けてしまった。

「ビビってるな、顔見りゃ分かる。お前はもう動けない。今まで俺の攻撃を受けた奴の顔はよーく覚えてる。中でも一番弱い奴はなァ、お前みたいに立ち向かうことも出来なきゃ、逃げることも出来ねぇ腰抜けだ!」

 テンヤは突きを繰り出した。水流が俺めがけて一斉に殺到する。

「ひっ!」

 俺は咄嗟に顔を腕で覆った。体の周りから水飛沫みずしぶきの音がする。しかし何も痛みはない。緑光が先程と同じく、水流を防いだ。爆炎の残滓ざんしは猛烈な勢いの水流によって、あっという間に消え失せた。腕を下ろすと、テンヤが目の前にいた。水流を放った直後、距離を詰められていたのか。息を呑む暇もなく、怒涛の斬撃が襲いかかってきた。刃が右へ左へ、何度も何度も行き来して体をかすめていく。

「はっ……はあっ、ちょっと待って……!!」

 出た言葉は自分でも驚くくらい、情けなかった。

 そんな言葉にテンヤは一切の反応を見せず、連撃を放つ。そして最後に、今度は風を纏わせた剣で俺を突いた。巻き上がる風は俺を切り裂くことはなかったが、その迫力に押され、俺は後ろに飛び退いた。

「うーん、何も効果無しかぁ」

 息を切らす俺を尻目に、テンヤは頭を掻きながらぼやいた。テンヤの動きが全く見えない。恐怖で体が上手く動かない。それでも立たないと。このままじゃ何も出来ないまま終わってしまう。

「チッ、その光がなきゃとっくにお前は死んでるってのによ」

 目論見通り、緑光はテンヤに同調し、攻撃を防いでいる。今日は調子が良くて助かった。俺のメンタルに関係なく緑光はちゃんと機能している。苛ついた様子のテンヤだったが、すぐに持ち直した。

「オミヒト、お前の魔法が仮に“何でも防ぐバリア”だったとして、それで俺にどう勝つつもりだったんだ? おおよそ俺の魔力切れか、それとも俺が根を上げるのを待つか、仲間が隠れていて不意打ちをするつもり、とかか?」

 こっちの狙いが見透かされてる…… 表情には出さなかったが、俺は動揺した。

「俺もお前のことをナメてるが、お前も俺のことナメすぎだ」

 テンヤは地面を蹴り、俺との距離を一気に縮めた。再び爆炎を剣に纏わせている。初撃と違い、刀身だけだ。しかし、その熱量は凝縮されているためかさっきよりも激しい。それを俺の脳天めがけて上から振り抜いてくる。少し間が空いたことで、ついに俺は体を動かせた。短剣を横に構え、その刃を緑光の外で受け止めた。ズンと重い衝撃がのしかかる。

「グッッ!」

 体格は俺とほぼ変わらないはずなのに、テンヤの剣はまるで壁と向かい合ってるかのように重い。どんどん押し負け、あっという間に緑光に押し戻された。

「顔が近ぇよ、オミヒト」

 テンヤは涼しそうな顔で冗談めかす。テンヤは刃をなおも緑光へと押しつけ、俺の体に届かせようとしている。

「この光で俺が怯むと思ったか? むしろ面白いね。どこまでそのバリアが持つのか試してみようぜ。魔力切れなんて心配することはねぇ。俺は一日中使っても魔力が尽きたことはないからよ」

 え、一日中も? その言葉に俺が絶望するよりも早く、テンヤは剣を逆手に持ち俺を突き刺した。ぐにゃりと歪む緑光に上空より凄まじい威力を持つ雷が落ちた。

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