第8回 「不逞の輩」

 俺は、腹の中に熱い感情が煮えたぎるのを感じていた。拳を握る力が強くなる。

 家屋が燃える中、蹄鉄ていてつの音が混ざったことに、いち早くナキが気づいた。

「オミヒト、誰か来ます」

 音の方向へ視線を向ける。すると、ヴォイドとナイルが戻ってきていた。この惨状を見て、まるで楽しむかのように、ヴォイドは口笛を鳴らした。ナイルもうっすらと口角が上がっている。

流石さすが、テンヤだな。狙いも正確、威力も充分だ。お?」

 俺達に気づくと、馬を降りて近づいて来た。

「よう、お前ら!」

「新人、どうやら逃げなかったようだな。中々やるじゃないか」

 どうしてこいつらはこんなに楽しそうにしているんだ? 俺は言葉を抑えることができなかった。

「なんで楽しそうなんですかね」

 ヴォイドとナイルは顔を見合わせた。

「そりゃあ、凄いもん見たら楽しいだろう」

「家が……村が焼けてしまったことが?」

「ちげーよ。テンヤの魔力だよ。こんな規模の魔法、他じゃお目にかかれないぜ」

「確かに、これ程の威力と範囲、それに放った距離を考えると、並の魔法をはるかに超えています」

 ナキが苦々しい口調で呟く。その様子を見てナイルが口を開いた。

「何か思う所があるようだな?」

「いえ、別に」

 ナキは心中を悟られないようにか、素っ気なかった。しかし、俺はどうにも我慢ならない。

「……ここまでする必要はなかった。魔物は俺達でなんとか出来たんだ。やりすぎだ」

「はっ、新人。あまり自惚うぬぼれるなよ。俺達でもない限り、あの数の魔物は倒せない」

 ナイルが答える。

「それでも、もっとやり方があったはずでしょ。火の魔法で全て焼かなくたっていいはずだ」

「いや、この方法しかない。その方がずっといいのさ」

「意味が分からない。悪戯いたずらに被害を拡大させるのがどうしていいのか――」

「オミヒト、その辺でやめておきましょう。今、その話をしても仕方ありません」

 ナキが俺をいさめた。

「どうして、止めるんだよナキ。俺は納得がいかない」

「……彼らに言っても意味がありません」

 そこで俺は気づいた。そうか、張本人に確かめればいいんだ。

「ナキ、テンヤの所に行こう。何を考えてるのか問いただす」

 ナキは俺の言葉を聞くと、目を見開き、そして口をキュッと結んだ。ナキも絶対に納得がいってないはずだ。俺の意思を汲み取ったのか、ナキはナイル達の方へ向き直ると、丁寧にお辞儀をした。

「では、ナイル様、ヴォイド様これにて失礼します。あぁ、任せますね」

 ヴォイドはにやりと笑った。

「あぁ、任せとけ。精々せいぜい、テンヤの逆鱗げきりんに触れないようにな」

 ナイルも俺達を引き留めることはなく、黙って見送った。俺達は強い怒りを滲ませ、テンヤのいる城へと馬を走らせた。


「どうしたどうした? そんな必死な顔をして。魔物ならすっかりいなくなっただろう」

 俺達が城へ戻ってきて、開口一番テンヤはこう言った。あいも変わらず酒瓶を片手にバルコニーで悠々としていた。ドラナは側にいなかった。テンヤのかたわらには弓が置かれていた。その飄々ひょうひょうとした態度に俺はさらに苛立ち、叫ぶようにして問い詰めた。

「その件で話があります。何故、火矢を放ったんですか!? おかげで家屋も家畜も全て焼けて無くなってしまった!」

 俺の言葉を聞くと、テンヤは「フッ」と息を漏らした。

「焼けて無くなった? それは良い。そもそも、それを狙って火矢にしたんだからな。まぁ落ち着け、ちゃんと訳があるからよぉ。

 いいか? 今回の魔物の数は約五十。魔力を持った俺みたいな奴じゃなきゃ、無事に処理できないレベルだ。だが、ただ倒すだけじゃ意味がない。魔物をあいつらのために殺すのは簡単だが、それが当たり前だと思われちゃ俺も面白くない。痛みが必要なんだよ。俺がいなきゃ、お前ら今頃魔物の腹ン中だ! そう奴らに思わせる。俺という存在に守られていることを実感してもらわないとな。じゃなきゃ、力もないくせにつけあがるだけだ。そういう訳だよ。分かるだろ?」

 ……俺は少しも理解したくなかった。俺とテンヤでは見ている景色が全く違うんじゃないかとさえ思えた。こんなことがあって良いのか?

「テンヤ様……で、では村に火矢を放ったのは、村人達に自らの有用性を示すためだと?」

「あぁ、そうだ」

 ナキは質問した後、信じられないものでも見るかのような目でテンヤを見ていた。杖にもたれかかるように立っており、動揺が見てとれる。

「まぁ、危うく火矢で死にそうになったんだろう? 悪いな。ナイルには、お前らにも伝えるようにと言ったはずだなんだがなぁ。あいつらも中々酷いことをするよな」

 テンヤのあまりにも軽薄な口調に、俺はもう耐えきれなかった。

「……酷いのはあんただ」

「あ?」

 ナキが俺の服の裾を掴んだ。多分、「それ以上言うな」という警告だろう。でも、もう言わずにはいられなかった。

「ふざけるのもいい加減にしろよ。あんたの身勝手な振る舞いで村の人達がどんな思いをするのか考えたことあんのかよ。あんたは……あんたはとんでもねぇ下衆げす野郎だ!」

 テンヤは眉根まゆねを吊り上げた。

「おいおい、オミヒトォ。お前今なんて言った? この俺を下衆だと?」

 テンヤから異様な雰囲気を感じ取った。その瞬間、バルコニーに押しつぶされるようなプレッシャーが放たれた。テンヤの圧倒的な存在感に俺は無意識に膝が震えていた。テンヤは怒気を含ませた調子で続けた。

「オミヒト、取り消すなら今だぞ。同じ異世界人のよしみだ。一回は見逃してやる」

「オミヒト!」

 ナキが絞り出すような声を上げる。

「いや……取り消さない」

 俺は冷や汗を流しながらも、そう答えた。

「そうか……」

 テンヤはそう言うと、頭を下に向けた。俺はゆっくりと腰の短剣に手を回そうとした。その時、テンヤが顔を上げた。と同時にバルコニーを包んでいたプレッシャーが消えた。

「面白い! 俺のやり方を批判するとはな。しかも訂正しないときた。……良いだろう!」

 先程とは打って変わって上機嫌になった。どういうことだ? 何を考えてる?

「今すぐお前を殺してもいいが、それもそれでつまらん。城も汚したくないしな。でだ、ここは一つ、タイマンで勝負といこうじゃないか。俺のやり方が気に食わないなら、力で持ってお前の方が正しいと証明して見せろ」

 テンヤは俺達の間を堂々とした足取りで通った。俺は気圧けおされて動けなかった。テンヤは足を止めるといきなり、ナキの肩を掴んだ。

「もし、お前が俺に勝てなきゃ、この女は俺が貰う!」

 ナキが驚きの表情でテンヤを見た。両手で杖を握りしめている。俺も驚きの声をあげた。

「な!? ふざけるな!」

「いいのか? 俺は今すぐにでもこの女を殺しても構わないぜ?」

 テンヤはヘラヘラと笑い、ナキの肩に力を込める素振りをした。ナキの表情が苦痛に歪む。

「オミヒト、下に降りろ。城の広場で決闘だ」

「ぐっ……!」

 くそっ!どうする……。今すぐ緑光を出して斬りかかるべきか? でもナキも巻き込んでしまう……。どうすれば……

「……テンヤ様。私を人質に取るのは賢いとは言えませんよ」

 ナキが挑戦的な目でテンヤを見た。

「ハッ! そりゃどういうことだ?」

「あまり、みくびらないことです。このハイシで魔法を使えるのは、あなたとその仲間だけではないのですよ」

 ナキの杖が怪しく光った。杖の先から青白い光が漏れている。周囲をナキのオーラが包んでいく。テンヤはナキの肩から手を離した。そしてゆったりとした動作で顎に手をやった。

「なるほど、こりゃ驚いた」

 ナキが魔法を使えることをチラつかせても、テンヤは余裕を崩さない。

「テンヤ様、私から提案があります。決闘の件、是非とも受けたい。オミヒトが敗北した場合、私があなた方の仲間になるというのも承諾します。私は魔法が使えます。あの三人より、よっぽど役に立つと思いますよ」

「ほう……」

「その代わり、決闘の日取りと場所はこちらで決めさせて頂きます。あなたは強い。これぐらいの条件、つけさせて貰いたいですね」

「フン、もし、断るといったら?」

「残念ですが、今から二対一で勝負です。……この立派な城がかもしれませんね」

 テンヤは口元へ手をやるとうつむいた。張り詰めた空気が流れる。

「……ククッ。アハハッ! この城を引き合いに持ってくるとはな! 良いだろう受けてやる。お前達、楽しみにしてるぞ!」

 テンヤは屈託なく笑うと、ひらひらと手を振った。もう出ていけという合図だろう。俺とナキは目を見合わせ、じりじりとバルコニーから出て行った。テンヤはそれ以上、何かしてくることはなかった。しかし、ハイシへ戻るまで緊張が全く抜けなかった。



 街に足を踏み入れてやっと息をついた。

「ふー、なんとか切り抜けましたね……」

「……あぁ」

 ナキも俺も、十年も歳をとったかのように低い声で言った。しかし、改めて思い返すと、とんでもないことをしていたもんだ。

「ナキ、すまない。俺、頭に血が昇って本当に考えられないくらい軽率な行動をしてしまった。ありがとう」

「いいのですよ。それは私も同じです」

 俺達は見合って笑った。

「それにしても、土壇場でよくあんな交渉が出来たな。本当に凄いよ」

「たまたま上手くいっただけに過ぎないです。それに状況は良くなっているとは言えません。テンヤが痺れを切らす前に、こちらから連絡をしなければ、あの決闘も不意にされます。ここからはとにかく早さが求められます」

 事態は進んでいるが、決して好転している訳じゃないってことか。


 ハイシの宿屋に帰り着く頃にはすっかり陽は落ちていた。俺は体を休めたが、ナキは村人達の動向を探るため、すぐに出て行った。


 ナキの持ち帰った情報は決して明るいものではなかった。

 マドロ家及びその村の人々は各地に散り散りとなっていた。ナキの計らいにより、同盟からの援助がされることになったが、あの村の家財道具や家畜は全て燃えてしまった。しかも土地はテンヤの強力な魔力に侵されてしまい、不毛の土地となる可能性が高いそうだ。

「彼らを受け入れている村も、よその人間をかくまうにも限界があります。どこもそんなに裕福ではないのです。一刻も早く、村の復興を進める必要があるのですが、人手も土地も資金も足りないのが現状です」

「そんな……何か手はないのか?」

「あるにはあります。新しく土地を開拓し、そこへ移住するという手です。しかし、本来なら外部からの人材派遣を担う役目の冒険者ギルドはあの有様です。人手は見込めません。同盟の支援を持ってしても、土地の開拓には最低でも数年はかかる。村人達にはその間苦しい思いをさせてしまうでしょう」

 ここでもギルドか……。もし、ちゃんとギルドが機能していれば、こんな時でも今よりは希望が持てていたのかもしれない。

「そうそう、魔物退治ですが、あの場に残ったナイルとヴォイドが話を捻じ曲げて伝えたようです。魔物を討伐するためにはああするしかなかった、とね。そしてご丁寧にも村人達に向けて炊き出しと復興資材の手配をしてくれるそうです。全く親切ですよね」

「なんだそりゃ? あいつらが燃やさなきゃこんなことにはなってないじゃないか。……あっ」

 ナイルの言葉が脳裏に浮かぶ。

「フッ。気づきましたか。テンヤは自らの手で被害を拡大させ、その後始末を積極的に引き受けることで恩を売ろうとしていたのですよ。私達に語ったことも本心ではあるのでしょうが。全く悪辣あくらつなやり方です。……私達は彼らの狙いを見抜けませんでした」

 ナキは悔しさを滲ませるように服の裾をぎゅっと掴んだ。冒険者の数が極端に少ないこのハイシで魔物退治を一手に引き受け(時にはわざと被害を拡大させ)、報酬金で私腹を肥やす。さらに復興支援を買って出ることでハイシにおける立場を確立し、自らの有用性を不動のものにする。隙のないやり方だ。これまでもそうして取り入ってきたんだろう。

「……まぁしかし、過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。とにかく今は少しでもこちらに有利に働くように決闘の内容を検討しましょう」

「あぁ」

 ナキが書類を机に広げた。

「まず、分かっている情報の整理から入りましょう……」

 話をしている俺達の手は自然と力がこもっていた。



 翌朝、宿屋にナキ宛で書簡が届いていた。ギルド職員のオルオからだった。ナキは朝食のパンをかじりながら流し読みしていた。

「仕事が早いですね。ふむ……」

 書簡はナキがオルオに頼んでいた、テンヤとその仲間の情報だった。俺も見せてもらったが、今まで受けた依頼やその関係者、オルオの知る彼らの話など事細かに纏められていた。

「……成る程。これで作戦は決まりましたね」

「昨日話した形でいくのか?」

「はい。あれで決まりです。この内容を見て下さい。場所もうってつけの所があります。ここはテンヤが魔物退治で魔力を使い、開けた平野になってしまったとあります。人里からも離れている。邪魔も入らないでしょう」

 一年前、テンヤは依頼で魔物を狩った。しかしその場で、多量の魔力を使ったことで、土地に魔力が残留し、一年たった今でも草木が全く生えないらしい。これは依頼とその後日談を纏めたオルオのメモに記されてある。

「決行は向こうの返事次第ですが、一週間後とみていて下さい。それまでに今分かっている不安要素をなるべく取り除きましょう」

「おう。ならまた魔法の練習だな!」

 

 後日、テンヤより連絡が来た。ナキの希望通り、テンヤとの決闘は一週間後に決まった。

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