第6回 「これがテンヤ」
黒い短髪に、鋭く光る赤みがかった瞳、黒い鎧を着ており、背中には背丈ほどもある大きな剣を背負っている。間違いない、この男がテンヤだ。思わぬ
「テンヤ様!? お早いお帰りで……」
オルオが驚きの声を上げた。
「なんだ、俺がワイバーンを狩るのがそんなに時間がかかると思ったのか? 逃げ回ってるだけの雑魚だったぞ。まぁ巣を見つけるのに多少手間取ったがな。そんなことより、金だ。報奨金を用意しろ。ほら」
テンヤは無造作に何かをテーブルに投げた。それは角のようなものだった。おそらくワイバーンのものだろう。
「は、はあ! いますぐ持って参ります!」
オルオは、扉の近くにいる俺を跳ね除ける勢いで駆け出した。思わず飛びのくと、テンヤと視線が合った。
「おい、オッサン。……こいつら誰だ? 見ない顔だが……」
まずい、何か言わないと――
「今日、新しく冒険者になりました。ナキです。こちらはオミヒト。以後、お見知りおきを」
ナキが間髪入れずに答えた。
「ほう、冒険者に! 確かに只者じゃねぇ雰囲気があるなァ、アンタ。そこの男は、ま、普通だけどな。」
テンヤは、にやりと笑うと顎を撫でた。ナキの言葉にすかさずオルオがフォローをする。
「久々の新しい冒険者でして、色々と説明をしていたのですよ。テンヤ様の来訪に気付かず、申し訳ない」
「ああ、もういいから早く持ってこい」
テンヤに促され、オルオは足早に出ていった。室内には妙な緊張感が漂っている。一歩動くのすら、
「冒険者登録したってことは、何が出来るんだ? 見せてみろよ」
「それは……」
テンヤの突然の催促にナキが渋る。ここで魔法を使うのは避けたい。テンヤに手の内を見せるわけにはいかない。居心地の悪い沈黙が続く。
「……ハッハ。すまん、すまん。分かるぜ。商売道具は大事にしなきゃな。そうだろ?」
重い空気を破るように、テンヤは屈託なく笑った。俺もすぐに愛想笑いをした。早くこの場から逃げ出したい。そんなことを思っていると、どたどたと足音を鳴らして、オルオが戻ってきた。重そうな巾着をへこへこしながら渡した。テンヤは尊大に受け取ると、俺達の方を見た。
「お前ら、この後、ワイバーン討伐の祝いをするんだが、それに来い。ついでにお前らの冒険者登録でも祝ってやろう」
良い提案だろう、とでも言いたげにテンヤは鼻を鳴らした。これは……まずい流れだ。
「ありがとうございます。しかし、折角のお誘いではありますが……」
断ろうとしたナキに、テンヤは苛立たしげに眉をひそめた。
「おいおい、俺が来いと言ってるんだぞ? 来るよな?」
「……えぇ。喜んで」
ナキはぎこちなく笑みを見せた。テンヤは満足そうに口元を歪めると、ついて来いと言って部屋を出て行った。最悪の流れだ……。俺は思わず言葉が漏れた。
「……やばいな」
「とてもまずいです。しかし、ここで誘いを断って揉める方が危険です。とにかく今はこの場を切り抜けることだけ考えましょう。
オルオ、では頼みますね」
「はい! お二人ともどうかお気をつけて」
心配そうにしているオルオを部屋に置いて、俺達はギルドの外へ出た。ギルドの前には馬車が二台停められていた。
「さ、乗れよ」
テンヤに促され、馬車に乗った。ちらりともう片方の馬車を見ると、テンヤの仲間、あの三人が俺達のことを不思議そうに見ていた。良かった、人相書きそっくりだ。いや、そんなことよりもテンヤ一行が揃っている。もし、戦いになったりでもしたら勝ち目はないだろう。
「祝いはどこで行うのですか?」
ナキが取り繕ったあどけない口調で尋ねた。
「俺の城だ。山奥にあってこっからだと少し遠いけどな、良い所だぞ」
山奥か、逃げるのが難しそうだ。テンヤは機嫌が良いのか鼻歌を歌っている。気分が全く不揃いの、俺達を乗せた馬車はゆっくりとテンヤの根城へと動き出した。
テンヤの城は、それは豪華なものだった。領内にある、打ち棄てられていた持ち主不明の古城を再建したもので、年月を感じさせない整えられた外観、それに加えて内装から家具まで選び抜いた高級品を使っているらしい。道中、散々聞かされた。
馬車から降りると、出迎えの執事やメイドといった召使い達が待ち受けていた。整然と並び、首を垂れている。テンヤはその真ん中を堂々と歩いていく。その後をついていこうとすると、あの三人の仲間が俺達の前に立ち塞がった。
「テンヤ、こいつらは? 何故連れてきた?」
真ん中に立つ大柄の男、ヴォイドが聞いた。三人からは異様な雰囲気、魔力が放たれている。思わず身震いした。
「新しく冒険者になった奴らだ。祝いの席に俺が招待した。歓迎しろよ」
「へぇー。珍しいな。もうハイシに冒険者になれる奴なんていないと思ってたが……。お前ら何が出来るんだ?」
「ここで話すのもなんですし、中に入ってからでは?」
ナキが目尻を下げて努めて明るく制止した。ヴォイドは「それもそうだな」と納得した。そのまま軽く自己紹介をして、俺達も城へと入っていった。
客間に案内され中へ入ると、丸テーブルがいくつもあり、その上には肉料理や野菜、魚、ありとあらゆるご馳走が所狭しと並べられていた。
この世界に来て、こんなに料理が沢山あるのを初めて見た。大家族のマドロ家でもパンとスープだけだったのに。ナキも並べてある料理に目を光らせていた。
「ほら、乾杯でもして食えよ。俺の奢りだ」
テンヤは一人だけ用意された椅子に座り、もう食事を始めていた。鎧を脱ぎ、胸元が開いた
給仕に飲み物の要望を聞かれた。葡萄酒と麦酒の瓶を持っていたが、この状況で酒類を飲むわけにはいかなかったので固辞した。ヴォイド達も思い思い、料理を食べて舌鼓を打っている。俺も適当につまんでみた。料理は、緊張状態にも関わらずそれを全く感じさせないくらい、旨い。それにしても味付けが濃ゆいな。まるで日本にいた時みたいだ。テンヤの好みに合わせてあるのか?
「これは、……香辛料がふんだんに使われています。なんと贅沢な味」
ナキが思わず感想を漏らした。
「どうだ、旨いだろう! 俺の城は料理人にもこだわってるからなァ」
テンヤが自慢げに話す。愛想笑いをしていると、客間の扉が開いた。入り口に立っている男はテンヤを見つけると、ゴマすり手をしながら近づいて行った。
「あれは……。ハイシの領主、ペントル・フレック卿ですね」
ナキが教えてくれた。フレック卿はかなり小柄な男だった。生え際の後退した頭にべっとりした整髪料で髪をなでつけている。妙にへこへこしていて、領主の威厳というのは感じられない。
「テンヤ様、ワイバーン退治、誠にありがとうございました」
「よう、ペントル。なんか用か? 俺ァ今、食事中なんだがな」
テンヤが不機嫌そうに眉尻を下げると、フレック卿は途端におどおどし始めた。
「ひとつだけ確認したいことがございまして。確か取り決めではワイバーンは倒さずにハイシから追い払うのみの話ではなかったかと思うのですが……。聞くところによると完全に討伐されてしまったとか……。ワイバーンのような大物を殺すと、土地の魔力が乱れ、良くないことが起こるといわれておりまして……」
テンヤはそれを聞くと椅子から立ち上がり、フレック卿にずいっと詰め寄った。身長差からフレック卿に覆いかぶさるように見える。
「ワイバーンを追っ払うだと? そんな話は聞いてなねェな。第一、領主であるお前が魔物に弱腰でどうする? 示しがつかないぞ? ワイバーン程度、俺の手にかかれば造作もない。完全に殺した。それで問題があるのか? ……ないよな?」
「ああいえ、あ、ありません」
「そうだよな! 安心しろぉペントル、また魔物が出ても俺がやっつけてやるからよ。何度でもな!」
テンヤは高らかに笑い、フレック卿の肩を結構な力で叩いた。フレック卿がその勢いでよろめいている。
「さぁ、分かったらいけよ。それとも一緒に食うか?」
「遠慮しておきます……。ではこれにて」
フレック卿は肩を落として出て行った。二人の関係性はナキから聞いた通りのようだ。
「いらん水が入ったな。おい、オミヒト、バルコニーに来いよ」
突然の指名に俺は戸惑った。ナキに助けを送ろうと目線を移した。しかし、ナキもナキで三人に絡まれていた。
「何してる?」
テンヤがこちらを見る。クソッ。俺は渋々バルコニーに続いた。
テンヤは酒瓶を片手に風に吹かれていた。
「意外と景色いいだろ。まぁ俺は見慣れたけどな」
山奥の頂上にある城からはハイシの景色が一望でき、まだ陽も高い空は青く、確かに綺麗だった。
「なぁ、オミヒト。お前、この世界の生まれじゃねぇだろ」
「え!?」
出し抜けの一言に俺はひどく
「ハハッ、やっぱりな。名前で分かるぜ。オミヒトなんて音の響き、こっちの世界の人間で聞いたことがねぇ」
そんなバレ方かよ。偽名を使っておくべきだった。というか『テンヤ』だって日本名でありそうじゃないか。天哉みたいな感じで。警戒心を持たなすぎた。
「ならよ、漢字はどう書くんだ?」
「え、大臣の臣に人でオミヒトって読みます」
「臣人ねぇ。珍しいな……。久々に同類と会えて良かったぜ。ここんとこ全然だったからな」
これは好都合かもしれない。同じ異世界人という親近感を利用すれば、ハイシから手を引くこと、可能なら改心させるまで持ち込めるかもしれない。
「テンヤさん、実は――」
「それにしても、冒険者が全く増えねぇなぁ。久々に来たと思ったら俺と同じ異世界転移だもんなぁ。ホンッット! 弱い奴ばっかだな」
「……え?」
テンヤの言葉に呆気に取られた。テンヤは悠々と語る。
「オミヒトもそう思うだろ。ここの奴らはテメェで魔力を使えねぇ、魔力をやってもすぐに使い切っちまう。いくらなんでも弱すぎる! 欠陥生物だな、ありゃあ。
それに比べて俺らは優秀だぜ。魔力は好きに使えるし、使い切ってもまた体ン中に溜まる」
「それは……そうですけど、いくらなんでも言い過ぎでは」
「何言ってんだ、あいつらに同情する必要なんてないんだぜ。好きなようにやっていい。なんたってこの世界は――ご褒美だからな」
テンヤは目をきらつかせている。ご褒美? 一体何を言ってるんだ?
「そんな顔するのも分かるぜ。オミヒト。きっとお前はまだ気づいてないんだな。どうして魔力を使える人間と使えない人間がいるのか。その答えは一つ。俺達は選ばれたからだ。この世界にな。
俺はこの世界に来る前によ、あまり思い出したくないんだが、まぁクソッたれな人生だった。それがどうだ。ここに来てからは、魔力を振るえば何だって俺の思い通りに出来る。こんな素晴らしいことはねぇよなぁ!」
思わず後退りした。それは、得体の知れない感情を目の当たりにしたことによる恐怖だった。
本気で思っているのか?
「じゃ、じゃあこれまで自分の好きにやってきたんですか?」
俺は思わず、その先の言葉を引き出そうとする。
「おうよ。最初のうちは世界を回って魔物狩りしたな。魔法剣士ってことで装備と仲間をあつらえてよ。それにも飽きてきて、このハイシに来たってわけだ。しばらく休憩だな。ただ、ハイシの奴らは軟弱な奴らばっかりだ。ま、ここの生活はつまらん依頼ばっかりなこと以外は満足してるが」
「も、もしかして冒険者ギルドのルールを変えたのは、ここの人々が弱いから……ですか?」
「あぁ、そうだな。冒険者なら強くあるべきだろ。貧乏人の
「俺が聞いた話では冒険者になれなくて困ってる人がいるみたいですけど……」
「ハッ。それはそいつが弱いだけ。自己責任だろう」
悪びれることもなく話すテンヤ。俺は
「だからよぉ、オミヒト。お前もこの世界を楽しめよ。この世界の奴らなんて虫ケラみたいなもんだ。俺らが上手く使ってやるんだよ」
「俺は……。まだ分かりません」
「んだよ、意外とカタイ奴だなぁ」
俺は自分の中に渦巻く感情に整理をつけられなくなった。確かに俺達、異世界人には祝福とも呼べるような力が与えられている。けど、それがあるからといって、いや、俺もくそったれな人生だったな……。だったら楽しんでもいいのか? いやでも……。
「オミヒト!」
煮詰まる俺にナキの声が届いた。我に帰って後ろを振り向く。ナキの表情は固く、動揺に満ちていた。その後にヴォイド達も困惑した様子でついてきた。
「どうしたんだ?」
「魔物がハイシ領内に現れました! それも大量に!」
ナキは足早に歩き、俺にくしゃくしゃになった紙を渡した。そこには文字と地図が綴られている。
恐らく魔物の出現地点だろう。そこに見たことのある文字列があった。
「……ッ!! これは!」
魔物の出現地点のすぐそば、そこには俺達が世話になったマドロ家のある村があった。
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