第5回 「再訪:冒険者ギルド」

 俺の魔法が、攻撃力皆無のしょぼい防御魔法だと分かってから、一週間が経過した。その間、改めて自分の魔法と向き合ったが、いくつか成果があった。一つは、出したり引っ込めたりが俺の意志で出来るようになった。二つ目は、気張れば、防御力を多少上げられるということだ。以上。

 あまりにも成果がないと言われるかもしれないが、これでも何も進展がないよりマシだ。特に二つ目は使えるかもしれない。防御力は、敵対した相手の力によって変動するのではないかと俺は睨んでいる。ナキとの模擬戦で、光を使っていると、ナキの冷たい氷の魔力が自分にも流れ込んでくる感覚に陥った。あれは共鳴みたいなもんだろうか。よく分からないが、これももっと習熟すればテンヤにも通用するかも。

 あと、俺の魔力に名前をつけた。共通の言葉を作れば管理しやすいからだ。延々と考えてみたが、良い名前が見つからず、もう単純に『緑光りょくこう』と呼ぶことにした。


 現在、俺とナキはマドロ家を発ち、ハイシの宿屋へ再び戻ってきていた。ナキは、俺の魔法を考慮した、テンヤを討つための作戦を再検討している。

「やはり、交渉ではなく、実力行使になるでしょうね」

 ナキは湯気の立つコーヒーを啜りながら話す。

「実力行使か。やっぱり交渉は難しいのか?」

「はい、残念ながら。あれから、あらゆる手を考えてみましたが、やはりテンヤをここで討つのが最も効果的だと私は思います。

 仮に、交渉して金や物なんかと交換条件でハイシから去ってもらったとしましょう。あまりにも荒唐無稽こうとうむけいな金額や宝物でなければ、同盟の力を使えば用意自体は出来るでしょう。しかし、彼がまたハイシのような街を見つけ、同じように支配しないとは言い切れません。それでは同じことの繰り返しになってしまいます。ならばいっそ、ここで終わらせるべきです」

「何も、殺すまではいかないよな?」

「実力行使にも色々と方法がありますが、殺さずに捕らえたりするのは難しいですし、そんなことは考えない方が賢明でしょう。相手は異世界人です。手を抜けばこちらがやられる。それに、拘束するのは殺すよりも難しいですよ」

 テンヤは野放しには出来ない人間だ。かといって殺すことが俺に出来るのか? いや、したくない。考えるだけで怖気がする。

「顔色がどんどん悪くなっていますが、心配しなくとも、テンヤには私が引導を渡しますよ。あなたが背負う必要はないのです」

「なっ! 本当に出来るのか? いや、それでも……」

 自分で手を下すのもごめんだが、ナキが人を殺すところも見たくないなぁ。どうにかできないものか……。

「オミヒト、誰かがやらねばならないのです。そして私は、テンヤを討つことが良い結果をもたらすと信じています。臆することはありません。だからこれ以上心配する必要はありませんよ」

「あぁ、分かったよ」

 なるようにしかならないのか。自分じゃどうにもならないこともある。やっぱり俺は無力だ。代わりにテンヤを殺すなんて言い出せない。だったら、せめて俺はこの任務の行く末を見届けよう。


「さて、今日は冒険者ギルドに行って、テンヤに関する仔細な情報を得ようと思っています。その前にまず、こちらが把握している情報をあなたに伝えましょう」

 ナキは羊皮紙の束を俺に渡した。めくってみると、テンヤの人相書きや、いくつかの事件、その概要が書かれている。

「これ、凄いな。全部調べたのか?」

「全てではありません。ハイシの住民や同盟の支援者から聞き取った、噂話と思われるものから確かな情報まで、それらを書き留めた走り書きです」

 同盟の執念というものをこの紙束から感じた。

「テンヤは、少なくとも十年以上前にはこの世界に来ていたと考えられています。ハイシに来たのは十年前。それ以前は冒険者として世界中を周り、その名を轟かせています。彼の魔力は、『天災カラミタ』と呼ばれています。火、水、風、雷を発生させ、それらを自在に操る非常に強力な魔法です。彼の魔法に関する話で有名なのは、山を切ったことがある、なんて話ですね」

「山を? マジで?」

「我々も半信半疑でしたが、実際の調査で不自然に崩れた山を発見しました。信憑性の高い話だと思います」

 そんな奴、本当に勝てるのか?

「我々が現在、持っている情報はこの程度ですね。後はそこに書いている通り、黒い鎧と両手剣を身につけていることとか、お気に入りの仲間を三人ほど連れていることとかですね。何か聞きたいことは?」

 俺は、紙束をぺらぺらとめくりつつ、しばらく思案した。そしてかねてより思っていた疑問をぶつけた。

「どうして、テンヤはハイシでそんなに影響力があるんだ?」

「テンヤはその名声を売り込んで、ハイシの領主に取り入り、用心棒をしています。例えば、領内のいざこざの調停や並の冒険者では手に負えないような魔物狩りですね。面倒事を引き受ける対価として、テンヤ側は衣食住を領主から提供されています。

 しかし、実際の所、領主はテンヤの傀儡かいらいに成り下がっています。領主がテンヤを用心棒として雇ったのも領地を治めるため、やむを得ない事情があったからなのでしょうが、いまやテンヤにお伺いを立てなくては何も出来ない状態にまでなっていると聞きます。つまり、テンヤがこの街の実質上の頂点。それゆえ街の仕組みを作り替えるほどの影響力があるのです」

「なるほどなぁ。でも、用心棒として雇ったとしてそこまで関係が逆転するものなのか? 元々は対等な契約のはずだろう?」

「そのはずです。恐らくテンヤは、自らの魔法の強さといった何かしらの方法でもって、弱みにつけこんだのでしょう」

 話を聞いてると、なんというか『独裁者』という言葉が似合う男だなと思う。

 その後、俺は黙々と紙束を読み進めた。とりあえず、知りたかった背景は知ることができた。

「さぁ、質問がなければ、そろそろ冒険者ギルドへ向かいましょうか」

 俺とナキは宿屋を出た。

 今回の情報収集には当然リスクもある。他の冒険者に怪しまれ、最悪の場合、素性がバレてしまうかもしれない。しかし、作戦の精度を上げるには必要なことだとナキは言った。

「テンヤとその仲間の情報って同盟が集めてないのか? 前にそんな話をしてたような気がするんだけど」

「同盟が手に入れられる情報にも限界があります。大事なことこそ、己の目と耳で知る必要があると私は思っています。それに、ギルドにいる冒険者達は皆、テンヤの息がかかった者達です。近づくことが出来なかった、という事情もあります」

「もし、素性がバレたらどうする?」

「その時は、私が注意を引くのであなたは逃げて下さい。そして事の顛末てんまつをゴードンに伝えること」

「随分と荒っぽいな。それに大雑把だ」

 ナキは薄く微笑んだ。

「その後でちゃんと私を助けること。いいですね」

「勿論、助けるさ」

「現在、テンヤは魔物狩りに出かけているようで暫くは戻って来ないそうです。なんでもワイバーンを狩っているとか。強力な魔物であり、縄張りも広いワイバーンを見つけるのは至難の業。少なくとも十日は猶予があるでしょう。まぁ何もなければ穏便に済むはずです」



 一週間ぶりのハイシは、前に来た時よりもどこかどんよりとしていた。街の空気感がそう思わせた。

 歩いていると、どこからか何か腐ったような臭いが漂ってくる。街ゆく人々に兵士がしきりに目をぎらつかせている。市場を通ると、物盗りであろう、痩せぎすの小男が後ろを気にしながら一目散に走っていった。

 ギルドの前に着くと、一度息を整えた。

「あまり、目立つようなことは避けたいですが、まずは冒険者登録をしないとギルドに居座ることは出来ません。よそ者には厳しいです。話も聞けないでしょう。なのでまずは、その場にいるための理由を作ります」

「分かった。ここは一度来たことがあるから、やり方は知ってる」

 あんまり、思い出したくないけど。

 重い扉を開けると、以前来た時と同じように、ぎらついた冒険者達が入り口にいる俺達を見てきた。

 居心地の悪さを感じながら、二階へ上がると、あの時の中年の受付が出てきた。俺のことを覚えていたんだろう。少し驚いていた。

「冒険者登録を希望します。私と彼です」

 そう言って、ナキは二人分の登録料の入った巾着きんちゃくをカウンターに置いた。そしてナキは杖の先から器用にコインを模した氷を生み出し、見せつけた。

「さ、オミヒトあなたも」

 促されて俺も緑光を発動させた。俺の体に光が浮かび上がる。受付は口をあんぐり開けて、しばらく呆然としていた。

「あの、登録出来そうですか……?」

 俺の言葉で我に返ったのか、受付はぎこちない動きで書類を作成しはじめた。そして、何かのネックレスをカウンターの奥から持ってきて、俺たちに渡した。半透明な石がくくりつけられた質素なネックレスだ。受付の説明によると、冒険者であることを示すものらしい。今回渡したのは仮のもので後日、ちゃんとしたものが渡されるそうだ。

「無事に登録出来て良かったな」

 そうナキに問いかけると、ナキはもぞもぞしていた。そして懐から巾着を取り出し、受付にずいっと突き出した。受付はぽかんとしている。ナキが巾着を揺らすと、硬貨が入っている音がした。

「これは……?」

「聞きたいことがあります」

 受付はそっと巾着を受け取り、中身を見て目を見開いた。そして取り繕うように咳払いをした。

 まさか買収とは……。でも、効いたみたいだ。

「さ、新たに冒険者登録をされたお二方。これからについて説明することがいくつかございます。長くなりますのでささ、奥へどうぞ」

 周囲を誤魔化すためのもっともらしいセリフの後、俺達はギルドの客室へと案内された。


 客室は、椅子とテーブルが置かれているだけの最小限の家具しかない部屋だった。受付は、俺たちを客室へ案内した後、一度出て行き、そしてまた戻ってきた。多分、賄賂わいろをどこかへ隠したんだろう。

「お茶でも如何ですか?」

「お気遣い結構です。長居する気はありませんので」

 ナキはすげなく断った。俺は喉乾いてたし飲みたかったんだけどなぁ。ナキは腕組みをして受付に問いかけた。

「率直に聞きます。テンヤとその仲間について知っていることを教えて下さい」

「その前にまず、あなた方が何者か教えていただきたい。特にあなた、オミヒトさんと言いましたか? 以前、ここに来たことがあるでしょう? あの時とは随分、風体ふうていが違うようですが……」

 受付は不安そうな目を向けてくる。

「質問はこちらがします。余計な詮索せんさくをするようであれば、先程のは返してもらいますよ」

「うっ……。はい」

 ナキの強い態度に、それ以上の探りは出来ないと悟ったのか、受付は引き下がった。

「それでは、教えてもらいましょうか。まずは、あなたの名前、所属から」

「オルオ・デフォーでございます。この冒険者ギルドでもう三十年以上、職員として勤めております。最近になって人を減らされましたので、今は私がここの責任者でございます」

「では、オルオ。ここに出入りする冒険者のことはよく知っているのですね?」

 少女のような見た目のナキに呼び捨てにされたのが気になったのか、オルオは眉を少し吊り上げた。

「はい、それはもう」

「テンヤと行動を共にしている冒険者の詳細を話して下さい」

「……えぇと、それは、一体何故?」

「……オルオ。私の言葉をもう忘れたのですか?」

 明らかにオルオは怯えていた。何故、俺達がテンヤとその仲間のことを知りたがっているのか解せないんだろう。賄賂の力を持ってしても、テンヤに対する恐怖は完全には取り除けないようだ。俺は思わず助け舟を出した。

「なぁ、理由くらい話してあげてもいいんじゃないか。安心するようなことを言わないと、きっと教えてくれないぜ」

 オルオは、我が意を得たりといった様子でこくこくと頷いた。

「ふん、なるほどいいでしょう。オルオ、理由を話す前にあなたに問います。テンヤのことをどう思いますか? 正直なことを言ってください」

 オルオは視線を下に泳がせながら、考え込んだ素振りを見せた。そして、ゆっくりと口を開いた。

「……あの男が来てから、ここはめちゃくちゃになりました。……出来るなら…………いなくなってほしいっ!」

 俺とナキは視線を合わせた。この答えなら信用できるだろう。

「私達はある事情があって、テンヤを討伐するためにここに来ました。あなたに協力してもらうのもそのためです。これでいいですか?」

「あの男を……討つ? 本気で言ってるのですか?」

 デフォーは半信半疑という感じだった。

「出来るわけがない、と思っているでしょうが我々は本気です。あなたにも見せた通り、魔力が使えます。テンヤと同じ、普通ではないのです」

「あれは魔道具ではなかったのですか! いやはやそれはすごい。てっきり旅人だと。そうか……。分かりました。そういうことなら喜んで協力しましょう」

 オルオは資料を取りに行くと言い残し、出て行った。俺は一度肩の力を抜いた。

「上手くいきそうだな」

「そうですね。助かりました。あなたの口添えがなければ、余計な禍根かこんを残すところでした」

「あー、いやあれは別にたまたま上手くいっただけだろ」

 ナキはこういう交渉事はそんなに得意じゃないのかもしれない。そういえば俺に会った時も凄く一方的だったな。

 しばらくしてオルオはいくつかの書類を手に戻ってきた。テーブルに置かれた紙を見ると、四人分の人相書きが描かれていた。

「これはいつかの時に、ムカっ腹が立つことをされて、その腹いせでお尋ね者みたいに書きましてね。それが運良く残ってました。これがテンヤ、そして奴の後をついて回ってる三人。右からヴォイド、ドラナ、ナイルです。

 テンヤは、年は分からないが見た目からすると多分二十歳くらい、いつも黒い鎧を着てます。ヴォイドは大柄の男、ドラナは赤髪の女、ナイルは細身の男です。こいつらも年はテンヤとそう変わらないと思います」

 テンヤは短い黒髪にきりっとした顔立ちで描かれている。ナキに見せてもらったものとよく似ている。ヴォイド、ドラナ、ナイルはいずれも特徴を誇張しているような描き方で、実物をひと目見て分かるか不安だ。

「この三人も昔はそこら辺にいるような若者だったんですが、テンヤに目をつけられてからは随分と変わりましてね。今じゃ街に降りてくれば肩で風を切って歩いてますよ」

「この三人も魔法を使えるのですか?」

「ええ、そのはずです。ちょうどあなたが持っているような杖を振り回して魔法を使ってるのを見たことがありますよ」

「どんな魔法でした?」

「えーと、火とか水、あとは雷を降らせてたと思います。石壁なら簡単に砕けそうな凄い威力でした」

 ナキはそれを聞いて、あごに手を添えて唸った。

「今日はギルドに来ていますか?」

「いいえ、ワイバーンを退治しにテンヤと向かっています」

 そう言うと、依頼文をデフォーは取り出した。

「ほう。依頼人はハイシの領主になっていますね」

「形式だけでございますよ。テンヤ一行は自分らが興味のある依頼しかやらないのです。

 私が今、お伝えできるのはこれぐらいですかな。もう少しお時間があれば、テンヤがこなした依頼の報告書なんかをまとめられるのですが……」

「ありがとうございます。出来るなら是非知りたいですね。まとめたらここに送ってください。できるだけ早めに頼みます」

 ナキは、俺達が泊まっている宿屋の名前が書かれた紙きれをオルオに渡した。


 オルオの協力により、子細な情報が手に入った。ここに来た甲斐があったな。

「さあ、ここを出ましょう。あまり長居はしたくありません」

「そうだな」

 俺達は連れ立って客室を出ようとした。ドアノブに手をかけると、なにやら外の方、階下からか? 喧騒が聞こえてくる。

「何でしょう? 喧嘩でしょうか」

「分かんねぇ。けど一階のあの人達ならやりそうだな」

 音が聞こえた。誰かが二階に上がってくる。ここからでも分かるくらい足音が大きい。何だ? 近づいてきてないか? いぶかしんだその矢先、俺が手をかけていた扉が勢いよく開けられた。俺は頭をぶつけて、よろめいた。

「痛っ!」

 なんだよ、もう。俺は扉の方を見た。

「おう、ここにいたかオッサン!」

 そこに立っていたのは、紛れもない、人相書きそっくりな顔と格好の男……テンヤその人だった。

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