一ヶ月
一ヶ月。一ヶ月でずいぶんと変わった。
まず、真白の髪はボブヘアになっていた。ゴワゴワしていたのもかなり改善され、指通りがよくなった。櫛で丁寧に梳かす。もう少し髪が伸びれば、いろんなヘアアレンジができると思うと、心が躍る。
そして、真白の身体。ご飯をモリモリと勢いよく食べる彼女は、ずいぶんと肉付きが良くなった。良く言えば華奢、悪く言えば不健康だったのが、すっかり華奢ではあるが健康的で魅惑的、といえるような変化を遂げた。荒れていた肌もすっかり白くすべすべふわふわに近づいていた。思わず頬擦りしたくなるような手触り。だからといってずっと触っていれば、鬱陶しそうに跳ね除けられてしまうのだけれど。
「ふふっ、いい調子」
「楽しそうだね、黒衣」
「ええ、とっても」
最近の真白は、私が外出先に着いてくるのが鬱陶しいらしく、私が家にいる土日はすっかり家に居着くようになった。それによって、どうやら真白はストレスを溜めているらしく。ここ最近はちょっと不機嫌なことが多い。正直、ストレスは美容の大敵だし、私としてはどうにかしたい。
磨けば磨くほど、真白は私の理想で、はやく完璧に磨き上げたくてたまらなかった。この子が最高のコンディションになったら、一体どうなるだろう。はやくそれを確かめたい。そのためにも、どうにかご機嫌取りをしたい。
「うん、明日は遊園地にでも行く?」
それで、ついでに中間結果の確認でもしよう。どれほどの人が真白を見るだろう。
「遊園地……! あたし、小学生のときに行った以来だ!」
どうやら真白も遊園地に行くことへは賛成のようで、鼻歌まで歌い始めた。
「楽しみ?」
「うん、ジェットコースターとか。あれ、小学生のときは背足りなくて乗れなかったんだ」
あとはね〜と、楽しみなことを真白はたくさん教えてくれる。私はそれを聴きながら、明日の真白に施したいメイクや着せたい服に想いを馳せていた。
そして、翌日。
「うん、シンプルが一番ね」
一晩悩んで、私は真白に青いチェックのAラインのワンピースを着せた。
「黒衣って、スカート好きなの?」
「まあ、そうね。かわいいもの」
「ふーん……遊園地だし、動きやすいほうが良くない?」
真白は未だに居心地悪そうにスカートやワンピースを着る。スースーと風が通る感じが落ち着かないらしい。
「慣れればスカートでも動きやすいわ。ほら、はやく行きましょ」
そう言って急かせば、慌てて真白も動き出した。
平日昼間というのもあり、遊園地は空いていた。これなら、待ての不得意な真白も存分に満喫できるだろうと、私は一人安堵する。
「そういえば黒衣って、仕事とか大丈夫なの? 平日はいつも昼間いないじゃん。仕事してんでしょ?」
遊園地に入ったところで、真白は私の顔を覗き込む。
真白が私のことを気にするなんて意外だった。私が目を瞬かせていると、真白はサッと青ざめる。
「まさか、クビ?」
「違うわ。真白が私のことを心配するなんて明日は雨かしらと思って」
「心配くらいする。あたしの生活だってかかってるんだから」
真白はそう言って膨れる。なんだ、いつも通りの真白だった。
「安心して。ただ休みを取っただけよ。最近、真白は不機嫌だったからご機嫌取りでもしようと思ったの」
「あっそ、ならよかった」
真白はもう興味を無くしたようで、あれ乗りたいこれ乗りたいと視界に入るすべてのアトラクションのことを話し出した。
一日はあっという間だった。真白は子どものように、着ぐるみを見つければ急に走り出し、一つアトラクションが終われば、次に行きたいところへと走り出す。あれが食べたいこれが飲みたいと売店に私を引っ張っていく。ジェットコースターに立て続けに十回並ぶその体力と精神力に、私は着いていけなかった。休憩を、と言ってもそんな時間はないと止まってくれはしなかった。
「……私、絶対に子どもは持ちたくないわ」
「どしたの急に」
帰りの電車の中。土産物屋で大きなぬいぐるみを得て、ほくほくとしている真白とぐったりとした私。真白はそんな私などお構いなしに、呑気にぬいぐるみへとぐりぐり顔を押し付けていた。
「黒衣、ありがと。楽しかった」
小さな真白の声が聞こえる。
「……どういたしまして」
まあ、いいか。今日はそう思うことにした。
日々はどんどん過ぎて、真白はどんどん綺麗になっていった。最初のボロボロ具合は見る影もない。
白いすべすべ、ピカピカとした肌と艶やかでサラサラとした黒い長髪、大きくて光を受ければキラキラと輝く目。私が欲しかったお人形になってくれた。私の一日は、ベッドの中で眠る真白を愛でる時間から始まるようになった。目が覚めた真白は、最初こそ虫を見るような目で私を見ていた、しかし、一ヶ月もすれば、何も気にせずおはようと言ってくれるようになった。
「……おはよう?」
「なんで黒衣が困ってんの」
大きな溜息をつく、真白すら、私には愛おしかった。
お人形を手に入れたときに着せたかったさまざまな服を入れていたクローゼットを開ける。
「今日はこれがいいわね」
黒を基調としたワンピース。緑のレースやリボン、黒いパニエ。いわゆるゴシックロリータ。
「……重い」
「我慢してちょうだい」
ロリータやゴスロリを着ると、真白は毎回そう言う。重さにはいつまでも慣れないようだった。
でも、今もそうだけれど、やっぱり似合うのだ。大事な大事な、私の綺麗なお人形。いつまでも見ていられる。まるで芸術品だった。以前、人形をオーダーメイドしたことがある。でも、私にはその無機質感は合わなかった。
「真白、綺麗ね」
「……ありがとう」
最近の真白は褒め言葉に照れるようになった。だんだんと、自分の中に無かった美意識などの感覚が芽生えてきたんじゃないか、そう思っているらしい。
「真白ちゃん綺麗ね〜」
「ありがとうございます……」
特に近所に住むおばあさま方には会うたび会うたび、そう言われていた。真白はそのたびにそわそわとして、自分の毛先を指でくるくると弄んでいた。
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