第9話

「勇者とは理想論を追い求めし者。理想論を、下らぬ正義感を振りかざさぬ勇者など勇者とは言えぬ」

 

 僕は陽向の方にあえて視線を向けずにそれっぽい、適当なことを話す。


「さて、と……下らぬ勇者の残骸よ」

 

「あぁ……ぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 震えている男。

 僕のことを凝視し、これ以上ないまで体を震わせている男。

 そんな男へと僕は、ゆっくりと近づいていく。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああッ!!!」

 

 男は壊れたように発狂し、僕めがけて鞭を振るう。


「なッ!?」

 

 僕めがけて振るわれた鞭は……僕に当たった瞬間に溶けたかのように露と消えた。


「馬鹿なッ馬鹿な馬鹿な!何故!何故お前ような存在が存在している!?何故!?何故許されているッ!?」


 男が僕に向ける視線は恐怖と怒りが折り混ざったかのような複雑な者。

 全生命の天敵たる僕に恐怖し、全生命を冒涜する僕に怒りを抱く。

 

 それこそが暗天。

 闇の王。魔の王。暗の王。敵そのもの。この世界に存在する黒そのもの。

 己をそれへと昇華させる術、それこそが暗天『藤』。


「耳障りだ」

 

 僕は聞く者全てに恐怖と怒りを抱かせるおぞましい声を告げる。


「もらうぞ。汝が物を」

 

「……ッ!貴様ッ!あれをッ!あれを奪ったというのか!!!何をッ!?何をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 男は狂ったように叫び、喚き散らす。

 奪った?

 別に僕は何も奪っていなくない?……ちょっとだけ壊しちゃったけど。


「返せッ!返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええ!!!」

 

 男は無謀にも僕の方へと突撃してくる。


「無駄だ」

 

 僕はそんな男の体を軽く触る……その瞬間。

 

「……あっ」


「……あっ」

 

 男の体がパリンっと結晶となって割れて散り、消えてゆく。

 ……え?

 僕、何もしていないんだ、けど……?

 え?え?え?E?e?


「ふっ……」

 

 内心の困惑はそのままに。

 まるで全てが想定通りだと言わんばかりにその場で不敵に笑う。


「待ちなさい」

 

 そして、僕が立ち去ろうとしたその時。

 声がかけられる。

 今まで姿を隠していた一人の女性が。


「ふむ……随分と遅い登場ではないか。それをいたぶるショーは面白かったか?」


 僕はゆっくりと振り返り、陽向のそばに立っている女性の方へと視線を送る。


「……」

 

 女性は僕の言葉に対して渋面を作りつつも、僕のことをまるで親の仇でも見るかのような視線で睨みつけている。


「れ、玲奈さん……」


 陽向は自分の隣に立っている女性、玲奈さんの名前を呼んだ。

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