第8話

 僕が出るタイミングで迷っている間にも陽向と男の問答が続く。


「私は……ッ!全ての人を救うために勇者として立っているッ!この世界に!無惨に、無造作に、当たり前のように命を奪われて良い人なんて居ないッ!あなたのようなゲス野郎に!


「ハッハッハッハッハッ!何を世迷言を!お前がそんなことを言いながら学校で暮らしている間にッ!お前ら日本人が暴飲暴食を繰り返しッ!無駄な食事の写真をとってSNSに上げて……食事を捨てているその反対側で食事もなく餓死している人がいるのだぞ……?何は守るだ。笑わせてくれる!人殺し!先進国に住まう貴様らは全員他人の命など何とも思っていない偽善者でしかない!下らない!」

 

 男は叫ぶ。

 

「何をッ!」

 

 それに対して陽向も叫び返す。

 

 なんだろう。

 こんなに白熱して会話しているところに僕……割って入れないんだけど……。なんで二人はこんな下らないことを話しているんだよ……。

 強者が好き勝手するのは当たり前じゃないか。自分の心を満たすために誰かを非難し、他人の命には目もくれない。

 それが人間でしょ?


「ほらほらほらッ!守ってみろよッ!勇者ッ!」

 

 鞭に撃たれ、すでに立つこともままならなくなった勇者を睨みつける。


「……ほら。反撃しないで良いのか?これでもう終わりだぞ?このままお前が助け続けてもお前が倒れ、その後に子供が殺されるだけ。その後、俺は多くの人を殺すぞ?良いのか?それで……。お前は勇者だ。これからも多くの人を救うことになる。そんなお前がここで今、死んだら。更に多くの人が亡くなることになるぞ?さぁ……多数のために少数を切り捨ててみろ。それが、正解だ」

 

 男は子供に向かって鞭を振るう。


「……ァ」

 

 陽向の足がもつれて止まり……小さな子供の腹を男の振るう鞭が撫でる。

 

 血飛沫が上がる。


 子供の柔らかい皮膚は簡単に剥がれ、血が流れる。


「あぁ……」


「さぁッ!お前も堕ちろッ!勇者!血塗られた勇者へとッ!本来の姿へとッ!屈しろ!……アァ!そうだァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 瞳を充血させた男が、狂気を瞳を宿した男が叫ぶ。


「わ、私は……」

 

 陽向は瞳を動揺に染めさせ、狼狽える。

 ちらりと子供の方へと視線を送る。


 良しッ!

 今だなッ!話の流れが止まった!

 何がなんだかさっぱりわからないけど、とりあえず割って入ろう!このまま何もせずに終わるんて出来ないよ!


「暗天『藤』」

 

 僕は漆黒の刀を何もないただの空間から引き抜き、隠していた力を開放する。

 この世に存在する全ての生命に絶望と恐怖と嫌悪感を植え付ける漆黒の力を開放する。

 

「「ッ!?」」

 

「悩む必要など無い」

 

 陽向と男の間に割って入るように僕はふわりと舞い降りた。

 圧倒的な、絶望的な、絶対的な……力をもってして。

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