第2話 誤算

 8月10日(日) 午前11時15分。


「さぁ〜てあと30分だな。ちゃんと時計見とかないと。この日のためにわざわざ電波時計買買ったからな!スマホで時刻見るのは秒まで含めるとどうしても心配だからな!」

「本気だったのかこいつ…」


 折角の日曜日に連れ出され、半月ほど前の戯言を本気で論じていたのだと認識させられた智也は、既に透との昼食をどうしようかという思考に切り替えようとしていた。

 …とは言うものの、万が一透の言い分が事実だったなら、だとか、全く関係のないトラックに透が突撃するのでは、といった不安がもやもやと浮かび上がり、頭を抱えたい気分で思案している親友をよそに透は浮かれた表情で時計の針を眺めている。


 …いっそこのことドッキリでした!なんて言い出さないだろうか。そうしたら透に昼食代を奢らせて、悪態ついて何事も無かったように今日を終えられるのに。ただ、透が言うには成功率は2割弱との事であるから、そうなる可能性が圧倒的に高い、はず。


 よし、意地返しをしよう。この人をおちょくって楽しんでいるこの悪友の出鼻をくじいておこう。



「ひとついい透。そもそも何でそのトラックに轢かれる時刻ってのがそんなクソみたいなふざけた時間なの?」


 それを言った瞬間、透の唇の口角が上がった。


 …最悪だ。これは嘘だと明かす時のそれではない。完全に遊びながらも毅然と論破するつもりだ。


「なんでってみんな知ってる、とは言わないけど結構有名でしょこの数字」

「そうだね、悪い方向に」


 ご存知ない方に説明しておくと、透の指定したこの時刻は当て数字になっており、某ネット界隈のアンダーグラウンドで大流行しているゲ〇ビデオのネタである。

 そんなものを持ってきておいて信ぴょう性も何もないだろうという至極最もな指摘。


 しかし、透の説明は、恐ろしいことにそれを踏まえてなお説得力を有するものだった。


「この前思考は世界だとか宇宙だとかにリンクしてるって話したよな?この数字は一部の人間は意識してる奴はしてるのは間違いないだろ?多くの人間が同じ指向性の思考をするって言うのはこの世界は然り外の世界へ向かうエネルギーも持ってるのさ。全然ふざけてないぜ?異世界転移するための大事な要素のひとつさ」

「おいやめろ!なんでこんなアホな話に妙に説得力持たせようとするんだ!」

「あと何故こんなクッソ汚いネットのネタを持ってきたか、そりゃ行こうとしてる世界もネット小説の世界だからさ。これも指向性の話ね?朝7時ジャストとか選択してみ?社畜も真っ青のディストピアに地獄流しされるで?」

「こいつ…この数字の選択そのものに意味を見出して来た…」

「特に話してなかったけど今日に至るまで俺はここを通るトラックとエンカウントするために様々なバタフライエフェクトを狙った行動…つまるところの人生の乱数調整をしてきたからな!結果が待ち遠しいってやつさ」

「たまげたなぁ…」


 頼むからドッキリの看板出してくれ!これ本当だったら洒落にならない!本当なら少なくともでは透は死ぬんだよな?全身を強く打って(意味深)…?!!それを見せられなきゃいけないのか?親友の、そんな無惨な死を……??




「あのさ、ごめんな智也」

「…へ?」


 一瞬、やっぱりドッキリでした、という旨の謝罪か、と頭をよぎったが、声のトーンとその表情で、透が話を続ける前にそうでないことを理解してしまう。


「お前、俺と飯行くつもりでいただろ?裏切っちゃう形になっちまうな」

「と…透?」

「これが済んだら、少なくとも数日はお前と連絡取れなくなる。この町に帰ってくるのはもっと先…多分数年は…」

「お前…何言って…」

「ああそうだったな、数日ってどういうことってなるよな。成功して向こうに慣れたらお前の携帯と連絡取る算段はついてるんだ。定期的に連絡するよ」

「お…おい!」

「そろそろだ、智也」


 思わず時刻を確認すると44分を回っていた。


 あと1分で、全てが明らかになるー



「向こうの歩道を、歩きスマホしながらトラックに轢かれれば成功だ。まあなんだ…元気でやってくれよ」

「透………?!!!」


 透が歩いて行く先、道路の果てから野太いエンジン音が響いてくる。

 やがて、明らかに速度も車線も異常な、蛇行で暴走するトラックの姿が迫ってきていた。




 ー本当だったのか………!ー


「透ーーーーー!!!!!」


 無意識に智也は走り出していた。全てが現実であったことから、これで透が轢かれても死ぬことはないと聞かされていても、頭で分かっていても、体が勝手に動いていた。


 歩道の前でトラックを待つ透を、歩き出す前につき飛ばせれば…

 そう考えるまでもなく無我夢中で透へと駆けてゆく。



 しかし、


「………あああああああああああ?!!!!!!」


 透は突然、立ち止まっていた歩道からさらに先へと走り出した。


 後ろから迫ってくる智也に気づいて逃げ出したような挙動ではない。透が駆けつけるその先には…


「なんだあの片手スマホ自転車してやがるクソガキーーーーーー!!!!!??!」


 透が止まっていた歩道のひとつ先の歩道をイヤホンをしながら片手スマホで自転車を漕ぐ女子生徒が、横を見ずに向こう側からやってきていた。


「畜生!一昨日卵かけご飯にかける醤油が1滴足りなかったエンカウント係数の低下がここで響いてくるのかよ!!最悪だ!!!」


 そう口走りながら疾走し、短距離走のような見事な左カーブを描きながら歩道へ侵入してゆき…


「歯食いしばりやがれこのメスガキがぁあああーーーーーーー!!!!!!!」


 女学生目掛けて飛び蹴りを放ったー


「はああああああああああああ!??!!??!!!」


 智也はもはやそう叫ぶほかなかった。



 それからは、一瞬がの時が酷くゆっくりと映し出された。


 自転車ごと吹き飛ばされ、やがて自転車から体が離れ地面に叩きつけられる女の子、


 蹴り飛ばした反動でゆっくりと後退しながら宙に留まる透。


 そして、そこに、まるで野球のバットがボールを捉えるように、面の真ん中で透の体を打ち出すトラック




 衝撃


 鈍音


 飛散



 横たわる少女にも、呆然とする智也にも、トラック全面にこびりついた赤い何がが降り注いだ。




 ぼとりと生々しい音とともに、

 道路に転がる腕らしきもの。



 それに巻かれていた時計の針は、透が予告していた時刻より7秒先を示したまま動きを止めていた。

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