農園の悪姫羅刹 :「農業スキル取ってくる」と異世界に行った親友が何故か最凶最悪の美少女魔王(農業力0)になって帰ってきた件

杉村碧

第1話 発端

智也ともなり、俺異世界行ってくるわ」

「頭でも打ったのとおる

「打ってるわけねえだろ。大真面目だ」


 突然突拍子もない妄言が透から飛び出し、智也は冗談でなければ気が触れたのかと白けた目で彼を見る。


 だが残念なことに透は正気であり、かつ本気であるようだった。


「俺が農家志してるのは知ってるだろ?」

「いや呆れるほど聞かされてるけどさ…学年首席が大学蹴ろうとしててただでさえ騒ぎになってるのに、頭がイカれたと言う方が納得なんだけど」

「さっきからひどくない?ちょっとは話をきいてくれよ?な?」


 いや…曲がりなりにもお前と同じ大学行きたかったんだけど…進学しないどころか何言ってんの…と心では思うものの口に出さずに呆れている智也に、それを知らずに…ではなく承知の上で図々しく話をはじめる。


「いいか?農家ってのは有史以来どの世界においてもいつの時代でも例外なく最底辺だ。おかしくねえか?なんで食べ物作るっていう人の生命の骨幹といえるこの仕事がドベで、適当にパソコンいじってる人間が上澄みなんだ?理不尽だと思わねえのか?」

「いやだからさ、そういうものなんだからしょうがないでしょ」

「いーややだね!俺だって農家って立場を上に持ってくのは不可能だって頭では分かってるさ。何ならパソコンいじって年収億超える方がはるかに楽だよ」

「そうだね」


 明らかに人生甘く見ているとしか思えない発言だが、それが容易にできてしまうことは智也は全く疑っていない。思い上がりではなく、透はそれを平然と実現できる天才であり、それほどの能力を持った透すらも、農家の地位向上は不可能だと断定せざるを得ない現実があるのだ。


「根本的に無理なもんは無理だ。でもそんな状況は認めたくない…で、俺はこの打開策をここ1年近く探してたんだ…そして見つけたんだよ!


 ー異世界だ!チートスキルだよ!」

「おっそうだな」


 いきなり会話のIQが1桁ほど下落した透に生暖かい言葉で返す。

 …も、全く響いていないようで会話の止まらない透。



「おうおう、お前のその冷え切った返答は想定済みだよ。俺だって傍から見れば悲しい現実逃避に走る程度の低い場末の虚構を現実に持ってきて何やってんだって目で見られる事くらい自覚してるわ」

「理解してくれてるのは嬉しいけどその物言いは色んな方面に敵つくりそうだからやめよ?」

「でな?俺はある仮説を立てたんだ。そもそも創作と言われる夢物語って、虚構じゃなくて存在してるんじゃないかって」

「えぇ…」

「だってさ智也、この世でいちばん有名な夢物語…小説ってなんだと思う?」

「小説…?」


「聖書だよ」


 呆れた顔をしながら透との問答を続けていた智也であったが、ここではっとさせられ、一瞬でその認識を改めた。


「そう、世界が天と地だなんて有り得ないことだし今の常識では矛盾だらけの部分は多い、けど聖書に書かれていた事のいくつかが現実に起こったのは事実で、宗教的な出来事も真実と認識している人も多い」


 智也もまた優れた発想力と考察力を持っている。透が10のうちの1を話せば10を理解出来、逆も然りである。故にこの2人は幼少から親友であり続けた。


「聖書が、この世界と最も近い異世界ってこと?」

「そのとおり。厳密には近いのもあるけど“有名”ってのがでかいな。おそらく2千年前はほぼ完璧に重複してたはずだ」

「パラレルワールドってやつだね。とすると透は無数に存在する創作の世界は全て現実に存在するパラレルワールド…異世界だと」

「そうそう。頭で考えてることは全ての空間、時間…わかりやすく言うと宇宙と繋がってるみたいなトンデモ理論な文献があってさ、しっくり来たもんだから調べまくってたのさ。実はこの異世界理論、もうほぼ矛盾なく証明できるんだ。然るべきところに提出すれば世界が揺れる論文になるぜ?」

「ま…まじか」


 純粋な賞賛と、そんなことに1年近く費やしていたのかという困惑の入り交じった感嘆が漏れる。


 透は狂っていなかった。異世界の存在を理論的に説明し、正気で異世界へ赴こうとしていたのだ。

 それならば、ますます気になるのは、世界を跨ぐ手段と、その先で得ることを目指すか。


「で、透が目指してるのが最強異世界チートスキルってやつでこの世界を無双する、と…」

「いきなり陳腐にするのやめてくれません?いやまあ間違っていはいないんだけどさ…」


 今度は透が困り顔を浮かべる番になりながら、その考えを話しはじめる。


「ここまで話しといてなんだけどさ、大それたものが欲しいわけじゃないんだ。農業するのに有効な異世界スキルを身につけたいだけなんだ」

「え?それだけ?」


 なんだか肩透かしをくらった気分になった智也だったが、透の言うことは尤もだった。


「そう思うだろ?けどな、無用に大きな力持ってきても有効には使えないだろ。そもそも農業ってのはって認識が間違いで、植物が自分の力で育ってるのを手添えするに過ぎないんだぜ?心構え的にはなんて思っちまう時点でダメなのさ」

「確かに…」

「だから、今の常識では考えられないほどの魅力的な農家、農園を目指したいんだ。俺が変える、でなく上澄みにいる奴らが思わず畑をいじりたくなっちゃうみたいにさ。そのための力が欲しいんだ」

「…なるほど」


 色々と合点がいく。こちらが能動的に農家の地位向上に動くのではなく、あくまで素晴らしい農家となり、周囲の方から動かさせる。確かにこれが理想だろう。

 もちろん普通であれば夢物語だが、異世界での知見や能力を使えるのであれば現実味を帯びてくる。


「それで、肝心の異世界への移動手段は?」

「えっと…今から2週間後にトラックに撥ねられて死ぬだな」

「急に俗説的な手段になったな?!」


 今までの話は何だったのか、ザ・ネット小説の典型的な異世界転移(転生)方法にがくっと力が抜ける。


「馬鹿にしたな?!ちゃんと確固たる根拠があるんだぞ!地殻の変動、相対性理論、気象、オカルト的知見、etc…ありとあらゆる角度から計算して算出してるんだぞ!」

「うわ…うさんくさっ…」

「まあ見てろ。2週間後…つまり8月10日、11時45分14秒に俺は飲酒運転の大型トラックに撥ねられれば転移成功だ!」

「なんだよそのクッソ汚い時間帯?!というか具体的過ぎだよ!本当にその時間に飲酒運転のトラック来たら未来予知じゃないか!え怖っ!!」

「まあエンカウントする確率は19.19%なんだけどね」

「あのさぁ…」


 もはやおふざけで言っているとしか思えない…というより最初から最後までおふざけとしか思えない透の力説をため息をつきながら聞かされることになった智也であったが、どうせ冗談だろうと思いながらも、もしかしたらという一抹の不安をぼんやりとぶら下げながら日が過ぎていった。

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