「どうしていまさら、そんなことを僕に言うの?」

 と、泣いている春のことを心配そうな顔をして見ながら、芝生は言った。

 ……どうして?

 ……どうしてって、そんなの、私が芝生さんのことが大好きだからに決まってるじゃないですか。いまさらって、……あなたのことが、忘れられないからに決まってるじゃないですか? ……それなのに、どうして? なんで、……どうして、そんなことを私に聞くんですか? ……あなたは本当に『馬鹿』なんですか?

「……ときどき、心が割れてしまいそうになるんです。もう絶対に、芝生さんと離れ離れになりたくないんです。芝生さんがいなくなったら、私は『迷子になっちゃう』んです。きっと、この宇宙博物館の外にも、出られないくらい、迷子になっちゃうんです。芝生さんがいないと、私の心は、このまま、本当にばらばらに砕けてしまうのではないかって、……夜眠る前にすごく、怖くなるんです。

 ……私は芝生さんのことを愛しているんです。本当に大好きなんです。……だから、ずっと芝生さんのそばにいたいんです。私のことを、芝生さんにも愛してもらいたいって、そう思うんです……。本当に、……ただ、それだけなんです」

 泣きながら、春は言った。

 ……それから、両手で、どんどん溢れてくる涙をぬぐいながら、……これじゃあ、だめだめだ、と思った。

 泣いてばっかり。

 私はもう大人です! 全然、芝生さんが思っているような子供じゃないんです! ……って、芝生さんに言うつもりだったのに、……それを言いたかったのに、だけど、現実の私は、泣いてばかりの、甘えてばかりの、子供のままだった。きっと私は、もう、ずっと一生、大人になんてなれないんだ。……きっと。

 ……芝生さんが私を愛してくれないのなら、それでも別にいいけど……。

 私たちが離れ離れになった理由。本当の気持ち。

 それはきっと本当に私たちがお互いのことを愛しているからだと思った。お互いの人生を、大切にしたかったから、幸せな未来を壊したくなかったから、……だから私たちは、遠くに離れ離れになろうとしたのだと思った。

 ……でも、あるいは、ただ怖かっただけなのかな?

 今みたいになってしまうことが……。

 ……私は、ただ、『本気で、人を好きになること』が、……ただ、怖かっただけなのかもしれない。

 私の、大切なもの。

 私の、大切なこと。

 ……私の、……大切な人。

 ……もう、混乱している春には、自分にとって、なにが大切でなにが大切ではないのか、もうなんにもわからなくなてしまった。

 ……それは全部、芝生さんのせいなんだよ。……だから、責任、とってくださいよ。

 と、泣きながら春は思った。

 春は、芝生さんと離れ離れになってから、ずっと一人で立ち止まっていた。

 ……そして、これからもずっと一人でこの場所に、この暗くて、寒い場所に、ほかに誰もいない場所に、たった一人で立ち止まり続けるのだと思った。


 ……さようなら。芝生さん。ばいばい。と春は思った。


 でも、そんな風に一人で泣いている春の頭を優しく撫でてくれる人がいた。いつの間にか両手で自分の顔を覆って泣いていた春は、びっくりして、顔を上げて、……その懐かしい手をどけて、光り輝く世界を見る。

 すると、そこには、芝生さんがいた。

 芝生さんはいつもの、あの優しい顔で、泣いている春を安心させるように、にっこりと笑っていた。

 私の前に芝生さんがいる。

 今も、ちゃんといてくれる。

「僕も、ずっと前から、あなたのことが大好きです」

 と霞む世界の中で芝生さんは言った。

 ……それは、まるで奇跡のような出来事だった。

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