我慢するんだ。

 私たちはもう大人なんだ。

 子供みたいに自由に恋愛しちゃいけないんだ。(……自由恋愛なんて、絶対に嘘っぱちだ) 

 そう思って、春は芝生を自分の中から消してしまおうとした。

 ……でも、そうすると、春の心は『ただの空白』になってしまった。なにもない、ただの真っ白な紙のような空間になってしまったのだ。(空っぽになってしまったのだ)

 まるで自分の中から、とても大切ななにかが失われてしまったような気がした。

 その大切ななにかを失ってしまったことで、春は、その大切ななにかを失ったぶんだけ、その重さのぶんだけ、……春の心と体が、すごく軽くなってしまったような気がしたのだ。(ふわふわと、風船のように、空中に浮かぶことだってできるような気がした)

 春は、ただの毎日ぼんやりするだけの、人形のような人間になってしまった。

 ……どうして自分は、そんな風になってしまったのだろう? そう考えてみても、……春は最初、その理由がまったくわからなかった。

 でも、最近になってようやくわかった。

 それは、きっと私が芝生さんのことを、……ある日、本当に、私の願い通りに、……きっと、忘れてしまったからだった。

 あんなに大好きな、芝生さんのことを、私の中から、私自身の手で、……消してしまったからだった。(そのことに気がついたとき、春の瞳からは、涙が溢れ始めた)

 ……ずっと好きだった芝生さんのことを思い出して、……芝生さんの顔を、芝生さんの声を、芝生さんの笑顔を、……芝生さんの手を、……思い出して、……思い出して、……春は一人で、ベット中で、毛布にくるまって、大声を出して、泣き始めた。それから、ずっと、ずっと、春は、まるで小さな子供みたいに一人で泣いていた。

 ……忘れていて、ごめんなさい。

 ……本当に、ごめんなさい。芝生さん。

 そう思って、泣き続けた。

 春は本当に、この日のことを後悔していた。

 そしてもう二度と、そんな思いをしないために、春は大好きな芝生さんにきちんと自分の思いを伝えることにしたのだった。

 芝生さんに大好きですって、『愛の告白をしよう』、と思ったのだった。


「芝生さん。私は、あなたのことが、ずっとずっと出会ったときから、大好きです。だから、私と正式にお付き合いをしてください」

 春は言った。自分の思いをきちんと言葉にすることができた。(それは、何十回、何百回と練習してきた愛の言葉だった)

 その春の言葉を聞いて、芝生はすごく驚いた表情をした。

 春の思いは、きっと(いくら鈍感な芝生さんとはいえ)、こうして言葉にする前から、芝生にも伝わっていたと思う。

 でも、それでもやっぱり、芝生はとても驚いていた。

(きっと、芝生さんは、私はやがて自分のことを忘れて、誰かほかの素敵な男性と恋に落ちると思っていたのだろう。残念ながら芝生さんの思っていたようには、ならなかったのだけど……)

 芝生は黙ったまま、じっと春のことを見つめている。

「芝生さんは今、好きな人とかいるんですか?」

 芝生は無言。

「恋人はいますか?」

 春は言う。

 芝生は、やっぱり無言のままだった。

「私が芝生さんの恋人じゃ、……不満ですか?」春は泣きながら、言う。

 ……いつの間にか、春は静かに、孤独に泣いていた。(なんだか、ずっと黙っている芝生さんがずるいと思った。そう思うと、今度は、なんだかだんだんと腹が立ってきた)

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