ある日、君が笑った。


 春はあることを決意して、今日、芝生と会っていた。

 それは芝生に、自分の秘めた思いを全部、残らず吐き出して、(それは大量に、春の心の中に溜まりに溜まっていた。忘れようと思っても、どうしても忘れることができなかった)芝生に愛の告白をすることだった。

 大きな、本当に大きなもう宇宙に向かって飛び立つことのない、引退した宇宙ロケットが見える建物と建物の間にある通路の途中で、春は、「あの、芝生さん。ちょっといいですか?」と言って芝生に話しかけた。

 春は一人でその通路の途中に立ち止まっていた。 

 その少し先の通路の上には芝生がいる。

 ほかに人は誰もいない。(そうなるまで、春がタイミングを図りながら、芝生に話しかけることを、……ずっと、待っていたからだ)


「どうかしたの?」

 相変わらず呑気な顔をして、芝生が春のほうを振り返った。

 でも、そこにいる春の真剣な表情を見て、芝生はすぐに、春がこれから、とても大切な話を自分にしようとしていることに気がついたみたいだった。

 芝生は春と同じように真剣な表情になると、ゆっくりと通路の上を歩いて、春の少し前のところまで移動をする。

「芝生さん。大切なお話があります」

 春は芝生の顔を正面から見て、そういった。

 春の顔は、真っ赤だった。それにその体は小さく、……ずっと震えていた。

「どんな話?」芝生は言う。

 その芝生の表情は、子供を見つめる大人の顔、だった。

 家庭教師をしてもらっているときに、(……そして、きっと今も)ずっと芝生が、高校の制服をきている春に向けていた表情だった。

 自分が芝生に子供扱いされていることが、春はとても嫌だった。

 高校の制服を着ている間はしょうがないかもしれない、と思っていたけれど、高校を卒業して、春が大学生になったあとも、芝生の顔や態度はなにも変わらなかった。

 春は、ずっと芝生のことを忘れようと思っていた。

 そうするべきなのだと思った。

 実際に、芝生は自分(春のことだ)のことを忘れようとしているように見えた。二人の関係は家庭教師と生徒であり、大学受験が終わったら、それでおしまい、ということらしかった。

 ……その芝生の考えは、たぶん、正しいのだと思う。

 だから、春も芝生のことをずっと忘れようと、努力をした。

 ……でも、忘れられなかった。

 ううん。むしろ、その思いは強くなるばかりだった。

 芝生と会えなくなって、連絡もあんまり取れなくなって、……もう春はどうにかなりそうだった。

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