「こんにちは。初めまして。今日から、春さんの家庭教師をすることになった芝生です。よろしく」

 と言って、にっこりと笑った、あの芝生の顔を、春は自分が一生忘れることはないだろうと思っていた。(思っているだけじゃなくて、きっとそうだと信じていた。だってそれは、私が世界で一番好きな人の、一番好きな表情だから)

 芝生と出会ってから、春は初めて、誰かに憧れる、誰かのことを一生懸命になって追いかける、と言う感情はこういう感情なのだと知ることができた。

 それまで春は誰かに強烈に憧れると言った経験をしたことが生まれてからこれまで一度もなかった。(両親のことは尊敬していたけど、誰か知らない他人に憧れることはなかった。それに芝生に対して感じた憧れの気持ちは、明らかに両親に対する尊敬の気持ちとは違っていた)

 まあ、とは言っても、最初から春は芝生に憧れたわけではなかった。

 むしろ最初に見た芝生の印象はあまりよくないものだった。

 芝生は普通の青年であり、一応、整った顔立ちをしていて、髪型にも服装にも、清潔感もあって、真面目で、悪いことなんて絶対にしないような(虫も殺せないような)そんな、すごく人の良さそうな人に見えた。春の芝生に対する第一印象は『優しい人』だった。(まあ、だからこそ、春の両親はそんな好青年の芝生を春の家庭教師として、採用したのだとは思うけど……)

 でも、芝生はどこか個性もなくて、きている小綺麗な服装も、シンプルでぱっとしていなくて、顔もすごくかっこいいというわけでもなくて、背もすごく高いわけでもなかった。(体力もないし、話もあんまり面白くなかった)

 そんな芝生を見て、春はどうせ勉強を教わるのなら、もっとかっこいい人がよかったな、とむしろ、少しがっかりしたくらいだった。

(そんな思い出も、今となってはすごく懐かしくて、微笑ましい思い出だった)


 そんなことを思い出して、今、自分の目の前にいる芝生の顔を見てくすっと春は笑った。

「どうしたの? 春くん」芝生は言う。

 美味しそうに三ツ星カレーを食べている子供みたいな芝生のことを見て、「ううん。なんでもない」とにっこりと笑って、嬉しそうに春は言った。

 それから春は自分も、三ツ星カレーを食べ始めた。

(カレーはすっごく美味しかった)

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