第10話「お隣さんはチェーン店(詰み)」

平和であるはずの喫茶「ニシキノ」に事件が起こった。内容はこうだ。


「すぐ隣に「カルメラカフェ」が出来ていたのよ!」


相変わらず顧客の少ない喫茶ニシキノに店長モモの甲高い声が響き渡る。


チェーン店「カルメラカフェ」


ヨーロッパ発祥の世界最大のコーヒーチェーン店…「カルメラカフェ」

世界五十カ国に展開し、世代を超えて愛されている人気店である。


「ずっと工事中だった隣のことは気になっていたけど…まさか、カルメラカフェだとは…」

紅花は首を捻(ひね)り思考するようなの素振りを見せる。

「どうしたんですか?」

すかさずみるくがその動作の意味を尋ねた。


「い、いやぁ~昔にアルバイト面接にま、まぁ…可愛すぎて落ちたことがあるんだよねぇ~」


「アルバイト?可愛すぎて落ちることなんかあるの?」

「その逆、カルメラカフェ(ここ)は可愛くないと受からないって言われてるから」


紅花の言葉を真に受けた麦が理解不能と頭を悩ませる。

そう、檸檬が言った通り「カルメラカフェ」とはバイト採用方法の八割が容姿が鍵となるからだ。

男女問わず、店員は容姿や雰囲気の良さを求められており、芸能人と並べても遅れをとらないほどの美人は時折スカウトされる事例も少なくないらしい。


紅花の容姿は他の従業員に引けを取らない位可愛らしいものであるのだが、如何せんあの性格が合否を左右させたのだろう。

面接にて「僕が一番可愛い!」と言い張る姿が簡単に想像できてしまう。


「困ったわね。そんな大チェーン店がよりにもよって隣にできてしまうなんて…この先の集客が不安だわ」

「それも同じ珈琲専門店(ジャンル)ですもんね」

緑に続き檸檬が不安を口にする。


「それに「カルメラカフェ」は中高生に人気なカフェ…最近では顧客のマナーの悪さが話題となってるもんね…」


数秒後に消えてしまっても誰も気づかない程の細々とした声で意見を述べるのは穂乃果だ。

イ〇スタ用に写真だけ撮って飲み物に一切口をつけず捨ててしまったり、消費者自身で処分せずカフェ近くの公園や自動販売機前にゴミが置かれているのはたびたびメディアでも取り上げられている。

「カルメラカフェ」自身も注意喚起をしているようだがその効果はあるやら…

静かな雰囲気が売りの喫茶ニシキノの隣にそのような店ができてしまったものだから、足を運ぶのを遠慮する常連も少なくはないだろう。


「まぁ!皆ネガティブにならないで!今はできることを一緒懸命するの!それにはまず…


「まず…」

喫茶店存命に関わる最大のピンチに直面しかけている危機的状況にも関わらず前向きなモモ。

彼女の言葉を辿るように引き出すように言葉を口にした。


「潜入捜査よ!カルメラカフェに潜入して人気の秘訣を参考にするの!」


「潜入…」

「操作…」

緑とみるくが続けて放たれた言葉をなぞる。


在り来りな発言に腑に落ちない様子のメンバーだったが、モモは半ば強引に話を進めていった。


「じゃあ、麦・紅花・みるく!潜入捜査よ!」



「な、なんで僕が潜入捜査なんかしないといけないんだよぉ…」

「いいじゃないですか、カフェで休めてお給料が貰えるんですから」


まぁ、そうだけど…と唇をとんがらせながら紅花は重い足取りを使い、目的地まで辿り着く。

この表現だと何千キロと歩いた様子だが、実際は徒歩十秒もかからない位置にある。

店内に入らずとも醸(かも)し出される華やかな空気感と隣の喫茶ニシキノを見比べ、三人はお互いを見ながら乾いた笑みを浮かべた。


「こんなの勝てるわけないよぉ!元々チェーン店だけあって知名度が違うし!相手はヨーロッパだよ!世界だよ!」

「外装から全く違う…女子高生人気も納得できるね」



「終わったー!」と頭を抱える紅花と腕を組んで小さく畝(うね)り、考え込むような素振りを見せる麦。そんな二人を横目にみるくは自動ドアの感知センサー領域に踏み込んで行く。


「まぁまぁ、二人とも店前で長話もなんなので入ってみましょう」



「いらっしゃませー」

甲高い女声がドアチャイム代わりに飛んできた。一つの声に反映するかの様に数多の従業員の声が四方八方から飛び交う。


従業員はメイド服と蝶ネクタイが特徴的なスーツに統一されており、ヨーロッパをイメージした店内に非常にマッチしていた。

可愛らしいメイド服に引けを取らず着こなす従業員の一人に進められるがまま、三人はテーブル席に着席する。


「何を頼もうかな…」

メニュー表と睨めっこで考え込む麦とは対照的に二人はメニューを見ず、オーダーしていく。


「んー僕はアイスティーで」

「私はミルク」


「えぇ!?皆決めるの早ーい!わ、私もアイスティーで」

急かされるように注文表片手に待機する従業員(メイド)に向かって言葉を投げた。


「かしこまりました。少々お待ち下さ…

と、可愛らしい顔立ちの店員が言葉を言い終える前に麦が言葉を挟む。


「あっ!りゅっ子!」

「麦ぃ!?」


背中に届く程伸ばされた長髪は焦げ茶色をしており、黄色のリボンでサイドに纏めてられており、彼女が動くたびに左右に揺れていた。


「りゅっ子」と呼ばれた少女はぎょっと驚きの瞳を見せ、麦を視認する。


「む、麦…こいつのこと知ってんの?」

「うん。小学校の同級生だよ」


「りゅっ子」こと黒鳥(くらとり)龍子(りゅうこ)は麦と同じ小学校に通っていた十六歳。

快慶門(かいけいもん)高校所属中学に進学した以来会った事は無いらしい。

連絡を取り合うの仲らしいが、お互い忙しく会えない日々が三年も続いたのだそう。


「へぇ~じゃあ麦は隣の喫茶店で働いてるんだ」

「そうそう。りゅっ子も今度遊びにおいでよ」

「ん~、最近は忙しいからなぁ~夏休みに入ったら遊びに行くよ」

三人のメニューを聞き終えた後も龍子は顧客である麦と雑談を重ねる。


「りゅっ子さんその制服とっても可愛いですね。黄色お似合いですよ」

すると、お冷やを口にしたみるくが上から下へと制服を見て、話題を振った。すると、


「そそそそんなことねぇーよ。黄色なんて目立つし派手だし…」

感情の高まりを抑えるため、頬に手を当て否定形の言葉を並べる。

可愛らしさを見せつけた龍子が気に入らないのか、眉を顰(し)めながら紅花はズズズと音を立てながらストローで紅茶を飲んだ。


「りゅっ子はここに務めて何年なの?」

「何年って…私たちはまだ高校一年生だぞ?高校入学してすぐここのアルバイトにスカウトされたんだ」


「ス、スカウトォ~!?」

ブブブッ!と汚らしく飲んでいたお冷を豪快にぶちまける紅花。

コホコホと咳き込む姿を麦はハンカチを取り出し、落ち着かせようとするが、本人はそれどころではないようだ。

「スカウト!?どうやったら声かけられるの?」

と、血走った目で尋ねている。


「えーと、何か偉そうに聞こえるかもしんないけど、それと言って凝(こ)った特にしてねぇーんだよなぁ…スカウトされてから「カルメラカフェ」の存在知ったし」


平然を取り繕(つくろ)いながら話す龍子に今度はみるくが話かけた。

「本当にスカウトなんかあるんですか?態度が素っ気なくとも容姿が良ければ受かるものなんですかね?」


「私も入ったばっかだから詳しくは知らねぇーんだけど、高校の友達から聞いた事あるよ。すっごく失敗ばっかりする子なんだけど採用されたって」


注文表に頼まれた商品名を記しながら言葉を返す。

次に口を開いたのは麦だった。


「みるくちゃん、まさかここで働きたいの?」

「ち、違います!私の知り合いが「カルメラカフェ」でスカウトを受け、アルバイトをし始めたらしく、その真偽を確かめるために尋ねたのです!」

麦の言葉に頭を左右に振り否定する。


従業員龍子を含めた会話は終了するかと思われたが、紅花の言葉が長期化させたのだった。


「ねぇ〜、僕喉渇いたんだけどぉ…早く頼んだもの持ってきてくれない?ツンデレ女さん」


相変わらずいつでも誰に対しても喧嘩腰の紅花は強めの語調でツンデレと強調し、龍子に注文したものを持ってくるよう急かした。

「ツ、ツンデレ…!?私がぁ!?」

細い指で自分を指し、目を白黒させる。


「そんなに嫌がる事かよ…」

「だってツンデレって言ったら人気になるだろ?モテてしまうし、色々面倒臭(めんどくさ)いじゃないかっ!?」

龍子は紅花に見せつけるように態(わざ)とらしく…ではなく、本当に嫌がっている様子で言葉を並べる。彼女の中にはツンデレ=モテるの方程式が成立しており、注目され(モテ)てしまう自分が嫌いなようだ。

苦虫を潰したような表情でツンデレの四文字を放っていく。


「な、何だぁ…お前…」

いつもの強気な紅花は何処(どこ)へやら、口元でモゴモゴと言葉を呟いた。


「間違ってないだろぉ!嫌なんだよなぁ…ツンデレって可愛いから、ほらぁ!あんたも好きになるんだろぉ…勘弁しt…


顔を火照らせながら早口で紡がれる長文は後方から飛んできた言葉によって塞(ふさ)がれる。


「龍子(りゅうこ)ちゃん!A席にカフェラテ持って行って!」

「あっ!はい!〝日向さん〟!今、行きます!」


長話し過ぎちゃったと、額に汗を浮かべながら従業員龍子は「じゃあね」と麦を初めとする三人に別れを告げた。

しかし、呼び止めるような麦は声を出す。


「ひ、日向さん!?」

「ん?麦、日向さんのこと知ってるのか?」


「え、えぇ、まぁ」

つい先日面接で会った一つ上の女子高生の顔を思い浮かべていると、

「あら、久しぶり」

記憶にある顔と全く同じ顔の持ち主が目の前に現れた。


ピンク色のボブショートヘアの女子高生は麦達3人を視界に収めるとこう言う。

「わぁ!?あ、あんたはぁ!?香坂(こうさか)日向!?」

「…香坂(こうさか)さん」

紅花とみるくが日向の名前を同時に並べる。

名を呼ばれた日向は明らかに顔を引き攣(つ)らせて


「ゲッ!白牛(しらうし)みるく!?」とみるくを嫌そうな瞳で見つめた。

香坂日向とは以前喫茶「ニシキノ」に調理担当アルバイト志願者として面接に来た人物である。

しかしここで働いていると言う事は、当然アルバイト面接に落ちた証拠であり、調理担当(アルバイト)の座をみるくから奪われたのだ。


人気芸能人に変装したりと奇怪な行動が目立つみるくを警戒しているのだろう。

龍子と色違いのピンクのメイド制服を着こなす彼女は「じゃあ、龍子ちゃんメニュー持っていってね~」と青白い表情でその場から離れた。



「まさか日向さんもここでアルバイトしてるとはね」

「ニシキノに落ちてここに受けたんだろぉ…なら、ニシキノで働いている僕はここに受かることになるねぇ!良かった!良かった!」


お冷をお酒のようにぐびぐび音を鳴らしながら飲み干し、大きな音をたてて机上に置く。


「ここに働いている皆さん容姿はそうですが、衣装やインテリアにも拘(こだ)っていますね」

麦は喉をコップの中の液体で潤(うる)わすと、みるくに続き口を開いた。


「メイド服可愛いよね…でも、あの喫茶店に似合うかな」


確かに、「カルメラカフェ」はヨーロッパ風の格式高い雰囲気を演出しており、色とりどりのメイド服が浮かない内装になっている。

しかし、レトロな雰囲気が売りの喫茶ニシキノにフリルと派手なリボンが装飾されたメイド服は似合うのだろうか。


「まぁ、そもそも喫茶ニシキノに来る客層は老人が多いからね。若い子が来たとしても自学習目的だし、ニシキノ(あそこ)は静かで落ち着く場所としか見られてないよ」


語尾に「あぁ、後、それなりに旨(うま)い珈琲(コーヒー)も売りかも」と付け足し、二人の言葉を待った。


「客層的に店内や従業員の衣装は重視されてないと言うわけですね」

そーいうことと軽い口調で言い終えたタイミングは従業員が注文した品を持ってくるのと同期した。


「ご注文されたアイスティーとミルクです」


涼やかな声が鼓膜に届くと同時に三つの飲み物をお盆に乗せ、一人の女性が三人の机の前に現れる。


「わぁ!ありがとうございます!」

と、綺麗な女性が持ってきたアイスティーとミルクを置くスペースを確保するために、手拭きやお冷をどける麦。


コトコトコトと店のロゴが入ったコースターの上にとオレンジ色の透き通ったアイスティーと小さなマグカップに入ったミルクを机上に置いた。


「き、綺麗」

「ま、まぁ、僕の次に可愛いね」


二人から絶賛(ぜっさん)の声を受けるその女性は雪を想像させるような白い肌に、艶やかで美しい黒色の長髪を持っていた。

赤色を基調とした服装に、ガーターで止められたストッキングに包まれたすらりと細い足が視線を集める。


「ん?」

刹那、注文を運んできた女性がふとまみるくを視界に収めた。


「…ど、どうしたんだよ。みるく知り合いなのか!?」

麦と龍子のみならずみるくもかぁ!?喫茶ニシキノとカルメラカフェ(ここ)はズブズブの関係なのか!?

少々心の奥に寂しさを感じながらも、紅花は小声で見る君に耳打ちする。


「…お、お姉様…」


みるくは飲み物を運び終えた女性に指を指し、震える声で姉妹関係にあることを明かした。


「えっ!?」

「お、お姉…さん!」

みるくとその姉らしき人物を交互に見比べる二人。


「た、確かに似てる」

と、紅花が口にするように二人は確かに似ていた。

黒髪長髪の見た目は勿論(もちろん)、どこか品のある雰囲気が姉妹であることを証明する。


「…」

しかし、仲が悪いのか、妹を目にしても何も言わず、マニュアル通りの「ごゆっくりどうぞ」と言い残しその場を去って行った。


「みるくちゃん…さっき言ってた最近カルメラカフェ(ここ)にスカウトされた知り合いって…」

「はい…私の姉、白牛(しらうし)いちごです」


「楽しそうに働いてる奴らムカつく」と唇をとんがらせる紅花と

何なら姉に怯えている様子のみるくに習い、一行は無理矢理飲み物を喉に流し込むと、逃げるように店内から出ていくのだった。



そして翌日 喫茶「ニシキノ」


時刻は午前十時過ぎ。本日は土曜日の為、朝からの出勤となる。

麦は昔から待ち合わせをしていた檸檬と一緒に勤務先である「ニシキノ」の前に辿り着いたのだが…


「喫茶店が…どうしてこんなことに…!?」


二人の視界に広がる光景は外から見ても分かる程、店内が荒らされていた。

窓ガラスが割れ、机や椅子がひっくり返り、喫茶店で何よりも重宝(じゅうほ)すべき、珈琲やコップの破片が血飛沫のように散らばっているのだ。


「…」

「…」

初めて見る荒された建物に言葉を失う二人。

アルバイトとして雇われてまだ一ヵ月も経たないが、いろんな思い出が詰まった喫茶店を眺めること数十分。


そんな沈黙が降りた二人の背中に緑が穂乃果…そして、途中で会ったらしいみるくの二人を引き連れて現れる。


「麦ちゃん・檸檬ちゃんどうしたの…?」

「み、緑さん…これ…」

麦の代わりに檸檬が緑達三人に事を分かりやすく伝える為、体を退(ど)かし、喫茶店の惨状(さんじょう)を見せた。


「ど、どうして…」

言葉を失う緑達。無理もないこの三人は麦と比べ物にならないぐらい、この喫茶店に思い出があるのだろう。穂乃果は瞳に涙を溜めていた。


「あ、紅花さん」

喫茶店の裏側から影を伸ばし、現れたのは同じ従業員である紅花。

みるくに声をかけられ、皆の存在に気づくと、小走りで近づいてきた。


「紅花ちゃん!これはどういうことなのっ!?」

「ぼ、僕は何も知らないよ!喫茶店に早く着いたと思ったらこんなことになっていたんだよ…」


麦の問いに首をふるふる振り知らないを肯定する。

言葉の裏の裏を呼んだのか、犯人じゃないと言うように瞳に焦りの色を宿していた。


「あっ…て、店長…」

次に口を開いたのは穂乃果。カランカランとドアチャイムの音を奏でる扉を開きながら店内から店長モモが姿を現した。


「モ、モモちゃん!…これはどういうこと…!?」

と、名を呼ばれた少女は荒らされた喫茶店を一瞥(いちべつ)すると、震える口を懸命に動かし言葉を紡いでいく。


「あぁ…こ、これは…

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