第9話「レモン1個分の悲しみ」
同時刻 喫茶店「ニシキノ」
「あ、あれもみるくちゃんだったの…?」
白牛みるくはル〇ン三世か!?怪盗〇ッドか!?
残念ながらこの物語は泥棒が活躍する話でも推理小説でもない。
にもかかわらず華麗な変装を披露するみるくに当然の事ながら、眉を上げて驚きを表現する。
「私とみるくを小さい頃から知り合いなんです。なんでも前のみるくの家が私の実家の近所で…」
年齢こそは違っていたが、老婆が多く住む住宅街で歳の近い幼児がお互いのことを知らずには居られなかった。
出会った当時、お互い恥ずかしがって中々馴染めないが、それも束の間…数日後には毎日遊ぶ関係性となっていた。
二人の関係はモモが小学生にあがっても崩れることはなかった。その一年後には毎日手を繋いで登校し、同じバレエ教室にも通っていた。
「まぁ、みるく(むこう)が小学校中学年に入る前に引っ越ししちゃったんですけど」
どこか懐かしげな声色が空気を揺らす。
「へぇ~この喫茶店の七人中三人が昔から知り合いだなんて…世界は狭いわねぇ…」
と、言い切ると、冷めてしまわないうちに抹茶ラテを喉奥に流し込む。
「…なら、みるくちゃんがあなたに化けた理由はあるの?」
「いや、それはただのおふざけです」
「みるくの両親は研究者で彼女の父親は声を変える変声機の開発をしているんです。異国直属の研究者だったらしく、軍隊が扱う品々を制作していたみたいです。みるくが誰かに化けた時、声に違和感がないのはそのせいです」
「確かにあの時、声まで麦ちゃんそっくりだったものね」
脳裏に先日、麦に化けていたみるくを思い出す。
「当時は物珍しい変声機に私たちは大はしゃぎでした。
最近はシール状の変声機を喉仏(のどぼとけ)辺りに貼り付けるだけのものらしいですが、その時は耳…耳輪にピアスのような機械をつけるタイプ。
それでも当時は試作品などをよく使ってました」
耳輪を利き手でなぞりながら説明をするモモは続けて
「当時の変装はそこまでクオリティの高いものでなかったのですが、幼児の目を誤魔化すことぐらい余裕で、数十年前という長い月日が運良く手助けして檸檬は私と勘違いしたわけですね…」
「そうね…成長したらこんな感じになるのかっていう考え方で顔つきが多少違っていても気にしないかもね」
唇から考察の言葉を零すと、続けて「モモちゃん何か飲まない?」言ってのけた。
カフェモカでお願いしますと言葉を発するモモ。
可愛らしいアルバイト制服を着こなす緑の背中を目で追いながら説明を続ける。
「みるくが家庭の事情で引っ越した後も交流はあったんです」
「アルバイトね。ニシキノ(ここ)の」
はい。の代わりに首を縦に振る。
「でも、その時…その、私たちは…」
「喧嘩しちゃったの?」
緑は先日みるくが言っていた追い出されたという言葉を思い出した。喧嘩別れしたのだろうか。
「いえ、違います…」
話しづらい理由でもあるのだろう。口を開こうとはしているのだが、中々言葉が後をついてこない。
しかし、震える口を一生懸命動かして真実を話した
。
「私の…」
「私の祖母が悪いんです…」
「…」
場を支配する沈黙。
緑はカフェモカを作る手を止めた。
「お祖母さんが…?」
「…はい」
再び、呼んでもないのに沈黙が降りる。
何とか気まづい空気を変えるため、緑は作ったカフェモカをモモの座るテーブルの上に置いた。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
人に話しづらい家族の話を何とか告げたモモはカフェモカが入ったマグカップを口につけ傾ける。
口の中に熱さと甘さが一気に広がり、心までも癒してくれるようだ。
「話しづらいことなら無理に話さなくてもいいのよ」
「大丈夫です。緑さんなら信頼できるし、第一話すと気が楽になるので」
栗毛を右に傾かせながら横に笑う。
カフェモカを半分飲み切ったところで話を再開させた。
「私の祖母…この喫茶店(ニシキノ)のオーナーは変わった人なんです。所謂(いわゆる)、過保護ってやつでいつも私の世話を必要以上に焼くんです」
「祖母と一緒に住んでいた時、朝の身支度(みじたく)から夜の就寝時間まで全てを決めて、実行するまで言い続ける人でした」
自分が産まれる前に二方とも他界してしまったため、祖母自体をよく知らない緑は祖父が口煩(うるさ)く話す様子を想像してみた。
しかし、遠方に住んでおり、優しい性格の祖父からでは想像できず、口元に手を当て深く考え込む。
ひとつ屋根の下で住んでいたら、色んなものが見えてくるのだろうか。
「特に人付き合いには厳しく、友達の話をよく聞かされます。どんな性格なのか、親の職業は何なのか、兄弟の進学高校はどこなのか…祖母の仲で高学歴=良い人の認識があるみたいで、私が付き合う友達尽(ことごと)く反対されました」
話によると「友達は選べ」というのが祖母の口癖だったらしい。
酷い時には授業参観の帰り道、モモの友達の前で孫(モモ)とはもう関わるなと叱(しか)った話もあるようだ。
孫を心配する気持ちは分かるが、他人の子供にとやかく言う行動はやめて欲しい。
聞くところによると、その友達は母子家庭らしく、それを原因に聞くに絶えない言葉を並べたのだという。この話でモモの祖母がいかに変わった人物であるか伺うことができた。
「しかし、みるくは祖母にとって〝良い子〟でした。何せ両親共に研究者ですから。よく喫茶店(ここ)に遊びに来たみるくの母親に聞いていました…小さい頃受けていた教育のことを」
「国立理系大学を卒業した両親を持つ子供としてみるくは中学生ながらもアルバイトすることを認められました。みるくは給料はいらないと言ったのですが、祖母が貰えと五月蝿(うるさ)くて…有能とは思えなかったんですが、学校での成績も優秀で、気に入られていたんでしょうね」
「初めはその他従業員達と仲良く働いていたんですが、ある日、みるくの母親の学歴に偽りがあると指摘したんです」
「偽り?」
「はい、みるくの母親の大学は△大。略さないでいうと△□大学です」
「あぁ」と分かったような声を出す緑。
△大と言えば超名門大学「△△大学」のことだ。
日本一高い倍率・偏差値でも有名な国立大学であり、多くの優秀な政治家や法律家を排出してきた。
しかし、△□大学と略すと同じ名前になることでも有名なのだ。
△△大学と比べると難易度は落ちるが、△□大学も誰もがいける大学ではない。中堅と言ったところだろうか。
「お祖母さんは△大を△△大学と思い込んでいたのね」
相手の代わりに憶測(おくそく)した言葉が並べられる。
「出会った時、祖母はきちんと確認したらしいんです。如何(いかん)せんみるくの母親も△△大学卒業と思われたかったらしく、曖昧(あいまい)な返事をしたみたいです」
ここでモモは残っていたカフェモカを全て飲み切った。
「学歴詐称だと頭にきた祖母はみるくの母親を悪く言い始めました。母親だけでなく本人(みるく)の悪口を言い始めた時には彼女は喫茶店勤務をやめていました。祖母が「出ていけ!」と発狂したあの日は忘れられません。
理不尽にも説教を受けるみるくの顔も
ドン引きする従業員や顧客の顔も
…一度も忘れたことはありませんでした」
「モ、モモちゃん…」
モモは言葉を並べながら水晶のような涙を双眸(そうぼう)に浮かべた。
それも憎めない身内だからこそ強くなる感情なのだろう。
それから喫茶ニシキノは悪化の道を辿ることとなる。
上記の一件を原因に次々と辞めていく従業員。
店長祖母の持病の悪化が重なり、喫茶ニシキノは閉店することになった。
「じゃあ、あの時、みるくちゃんが話した解雇内容は嘘だったのね」
先日、みるくは自身が過去に喫茶ニシキノを解雇された理由を「食べログ評価を操作した」と告げた。
若気の至りの七文字で皆納得したのだが、本当の理由が存在していたらしい。
この気の使いがアルバイト合格へと導いたのは言うまでもない。
「えぇ…」
「で、でも、みるくちゃんとの話に檸檬ちゃんは関係あるの?」
話が逸(そ)れてしまったが、話の本題は「何故檸檬に自分は約束していないと嘘をついたのか」である。
みるくが喫茶店を追い出された理由は分かったのだが、ここから檸檬の話に繋がるとは考えにくい。
「関係あります…みるくはあの一件から恨みを持っているのです」
「う、恨み…ま、まさか…」
しかし、恨んでいてもおかしくない内容だ。学歴一つで親子の人格を否定されたのだ。そんなトラウマ詰まっているであろうこの喫茶店(ばしょ)にもう一度アルバイト志願するなど、何か裏があるに違いないと考えるのが普通だろう。
「正直怖いんです。この喫茶店を潰そうとするんじゃないかって…ヒック…おばあちゃんの大切な喫茶店なのに」
「大丈夫よ。モモちゃん」
真珠のような涙を一粒二粒双眸(そうぼう)から落とすモモの背中を緑は小さな手で優しくさすってあげた。
そんな優しさがさらに感情を溢れさせ、震える声で続けて
「…ヒック…だからあの時も採用しないと変な気を起こさしてしまうんじゃないかと不安になって…ぐすん…みるくは何も悪くないのに」
「ごめんね…気持ちも知らず軽々と採用したらなんて言っちゃって…」
みるくがアルバイト採用を迫ってきたあの日、モモの心の内を全く知らず、軽く起用を進めた自分(みどり)を悔やんでいた。
「多分みるくは何か企(たくら)んでる…いつか檸檬とみるく(ふたり)が巡(めぐ)り会うかもしれないのが怖いんです…ぐすん、檸檬は約束したモモ(わたし)の正体が…ヒック…みるくと分ればなかよくなるかもしれないし…」
檸檬が幼い頃「喫茶店から世界を救う」約束を交わしたのはモモではなくみるく。
その人物が同じアルバイトとして働いているのならば、お互いのことに気づくのも時間の問題だろう。
「…私は檸檬とみるくを近づけたくなかったんです」
同時刻 麦&檸檬パート
「檸檬ちゃん!早まったらダメだよっ!」
雨風が強く吹き荒れる快慶門(かいけいもん)高校の屋上。
高いフェンスで守られてはいるが、本校は今年で二百周年。老朽化(ろうきゅうか)が進んできており、細い人間なら軽々とフェンスを抜け出し、身を投げることが可能だ。
ここから誰かが命を絶ったら、真っ先に校舎の手入れが届いていないと理事長を初めとする教職陣が疑われるだろう。
しかし、基本屋上は生徒立ち入り禁止なので自殺をはかるにも実行できないのが現実だ。
檸檬が立ち入り禁止の鍵を潜り抜けることができるのも〝理事長の娘〟という特権を持ってるからであろう。
「えっ!麦…?」
突如、声をかけられた檸檬は唖然(あぜん)とせずにはいられないようで驚きの声をあげた。
勢い良く振り返り、黒目が絡め取ったのは雨に打たれズム濡れの格好をした麦だった。
彼女は檸檬を視認すると同時にこう叫ぶ。
「死んじゃダメ!」
「な、なんでここに…!?」
と、口元で呟きながら、檸檬はゆっくりと確実な動作でフェンスを潜り抜けてくる。
雨に濡れた髪や泥のついたスカートを手で払うと、屋上の水溜まりを踏みながら、麦との距離を置いつめた。
「檸檬ちゃん…早まらないでよ」
「え?…私は早まってなんかいないよ。消しゴムが落ちたからとっていただけ」
「?」
「ほらこれ」と証拠品である雨水と泥を纏(まと)った手のひらに残る消しゴムを見せつけた。
雨の涙を受けたスケッチブックを畳(たた)み、口を開けたまま放ったらかしの高級傘を絞(しぼ)めると、ハテナマークを頭上に浮かべる相手に説明し始める。
「私は絵を描いていただけだから」
「絵?ここからの景色を?」
返事の代わりにコクリと首を振った。
「び、びっくりした…私はてっきり…」
「自殺してると思ったの?」
「うん」
今度は麦が力弱く返事を返す。体中が緊張感から開放されたようだ。口元には安堵の笑みが浮かんでいた。
そんな休息も束の間。檸檬の口から放たれた言葉に再び緊張を覚えることとなる。
「…大丈夫…私が流させた噂だから」
「れ、檸檬ちゃんが流したの?」
現在、麦が所属するクラスでは、檸檬が壮絶な虐(いじ)めを受けていた。
原因は檸檬(詳しくは彼の父親(理事長))が勘違いにより麦を停学処分に追い込んだことである。
無数の冷たさを与える雨に打たれながらコクリと頷く檸檬。
しかし、彼女が返事を返す前に麦は口を開いていた。
「なんでそんなことするのっ!檸檬ちゃんが傷つくだけd…
「いいの!…別に、ずっとモヤモヤしてたの。原因は父親だとしても、退学処分はかわいそうだよ…!」
ここでビュウウと強く風が吹く。覆い被さるように放たれた檸檬の言葉に反応してるようだ。
「そんな…」
「ありがとう…心配してくれて」
口の端で笑みを柔らかい作りながら、感謝を口にする。
「…」
黙り込む麦を励(はげ)ますようににっこりと微笑んで見せるが、その微笑みが無理して作ったものであるとは見抜かれていたようだ。
核心をつくように、細々とした声色でこう言う。
「で、でも、辛いから休んだんじゃないの…?」
「…うん。ちょっとだけね…なんだか虐(しい)げられているところ麦に見せたくなかったの」
ここで沈黙が降りる。しかし、長続きはしなかった。
檸檬がすぐ様言葉を発したからである。
「でも大丈夫。明日からちゃんと学校に行くから」
「…れ、檸檬ちゃん」
「安心して…本当に大丈夫だから」
だから、安心して欲しい。と言わんばかりに言葉を紡ぐが、麦の脳裏を過(よ)ぎるのはレモンの机にかかるって言った数々の酷い暴言。
一瞬、目を離した隙に飛び降りてしまうのではないか…心配させないため、自分の前だけ強がっているのではないだろうか。
明日にはいなくなってしまいそうな程、不安定の揺らぎ方をする檸檬の瞳を見ていると不安になってきてしまうが、ここは言葉を信じてみよう。
そんな楽観的な考えが脳を占めたのにも理由があった。
「あっ…」
二人の絆を祝福するかのように雨が止み、陽の光が差し込んだ。
天使でも降ってきそうな光景に二人は肩を並べて見蕩(と)れる。今までの苦悩や不安が吹っ飛んでいくようだ。
「綺麗ね。明日からも頑張れそう」
「う、うん…」
大きな双眸(そうぼう)に陽の輝かしい光を移し込む檸檬の横顔を見ていると内心に安心感が生まれてきた。
「…」
「…」
気まずさを感じさせない沈黙。
真っ白な光が二人の女子高生を優しく包んでいた。
そして数分後…
「これで本当によかったのよね?虐(いじ)めていたことを理事長とかに告げるのはなしよ」
「約束守ってくれるよね…」
麦には教科書を教室に忘れたから取りに行ってくると告げ、先に帰らせた檸檬は自分が所属するクラスで同級生と何やら話をしていた。
三人組の女子生徒とは今朝麦に話しかけ、檸檬を虐(いじ)めるような素振りを見せた者達だ。
「当たり前でしょ」と、淡々と言葉を繋げ、スクール鞄から茶封筒を取り出す。
「わぁ!」「凄い!」「本物だ!」
口々に飛び交うのは子供のような感想達。それもそのはず、檸檬が取り出したのは百万円と言う大金だからだ。
福沢諭吉が百人入った厚みのある茶封筒を三人の生徒に渡していく。
「百万円私…初めて見た」
「これ本当に百万入ってんの…すご」
「す、すごい大金…こんなの貰っていいの…?」
「返せって言っても返さないくせに…」
無論、そのような事は口にはしない。百枚顔を揃(そろ)えた福沢諭吉に大興奮する女子高生たちを冷ややかな瞳で眺めていた。
大金持ちの両親を持つ檸檬にとって百万円など見慣れた紙束なのだろう。
「す、すごいわね…一日檸檬(あなた)を虐(いじ)める振りをするだけで、百万貰えるなんて…」
「本当だよ…何に使お…」
口元に下品な笑みを浮かべるクラスメイト三人を視界に入れながら、昨日のことを思い出していた。
「えー!あ、あ、あ、あんたを虐(いじ)めるだけで百万貰えるの!?」
「えぇ」
「麦を庇(かば)うような発言をするだけで百万!?」
「えぇ」
「本当ぉ!?本当の本当に貰えるの!?」
「えぇ…(質問が多い…)」
しかし、虐(いじ)めという軽率な行動をとるだけで百万円という社会人にも大きすぎる大金を手に入れることができるのだ。
そんな提案疑わず聞き受ける方がおかしいのかもしれない。
お互いに目を合わせ、口々に百万円を連呼する三人に若干(じゃっかん)の苛立ちを抱えながらも、「檸檬(じしん)を虐める素振りをすると百万円を提示する」という約束を交わした。
加え、現実味を増すために、
「で、でもなんでそんなことすんの?麦(ほうじょう)さんとは仲良いんじゃなかったっけ?」
「…」
「?…ま、まぁ理由なんて何でもいいけどさ」
少々不機嫌な顔をしてしまったのか。気の強い印象を持っていた女子高生三人組の一人が顔を引き攣(つ)らせて話題を変える。…
「じ、じゃあ、何かありがとね…私達これで」
時は現在。百万円が入った茶封筒大事そうにスクール鞄に入れ、短すぎるスカートを揺らしながら帰る支度をする。
「気をつけて~」
百万円をもらった後ではなければ決して飛び出ることのない言葉を並べ、夕立が落ちる教室を出て行った。
「…」
「…」
「…」
ガタっ!
刹那(せつな)、檸檬以外誰もいないはずの教室から金属音が響く。
突然のことだったのでブルリと肩を震わせ、勢いを乗せた首を真後ろに振った。
音が鳴ったのは教室の隅に置いてあった掃除用ロッカー。ギチギチと耳障りな音を立てて中から一人の男が出てきた。
「教室(ここ)のロッカーは汚いな…埃(ほこり)がついてしまったではないか」
そりゃそうだろ。しかし、ツッコミ訳にはいかないのだ。この男、学園を取り締まる最高権力者…理事長萌木(もえぎ)柑橘(かんきつ)なのだから。
高級そうなスーツに付着した埃(ほこり)を汚らしそうに払いながら、男は歩みを寄せる。
「檸檬…これでわかっただろう。人とはお金で買えるのだ」
「…はい、お父様…」
父親とは顔を合わせたくないのか、俯(うつむ)きがちに言葉を放つ。
「お前の目的は分かっておるな」
「はい…喫茶「ニシキノ」を崩壊(ほうかい)させることです」
と、緊張の色をした唇から言葉を零した。
「ん?何か不満か?」
「い、いえ、何でも」
血の繋がった親父であるのに、堅苦しい敬語で言葉を返す檸檬。その表情には緊張の色が媚(こ)びりついていた。
「お前はまず、あの北条(ほうじょう)麦との強い信頼関係を築きあげていくのだ。それから、喫茶ニシキノを破滅へと導くのだ」
「はい…分かってます。お父様」
異様に落ち着いた檸檬の声色が誰もいない廊下に響く。
大金を手にし、帰っていくクラスメイトの背中を窓から見下しながら静かに笑った。
翌日 喫茶ニシキノ
相変わらず顧客の少ない喫茶ニシキノに店長モモの甲高い声が響き渡る。
「大大大大大事件よ!」
「あっ!店長!どうしたんですか?」
「あら、何があったの?」
「どうしたんだよぉー」
「ん?」
「店長大丈夫ですか?」
「何か問題でもありましたか、店長。白牛(しらうし)つまみ食いなんてしてません。本当です」
麦・緑・紅花・穂乃果・檸檬・みるくの順に言葉を並べていく喫茶店アルバイトメンバー。
不思議そうな顔をする同業者にモモは大きな声でこう告げた。
「隣に出来たのよ!コーヒー専門のチェーン店がぁ!?」
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