第11話「午前のミルクティー」
「モ、モモちゃん!…これはどういうこと…!?」
「あぁ…こ、これは…その…あの…
言いづらいことなのか言葉を失うモモ。
口ごもる店長を都合の良いことに紅花は警戒の眼差しを檸檬に向けた。
「犯人、あんたじゃないのぉ?」
「なんですか?わ、私を疑っているんですか!?」
とんでもないと自分の顔の前で両手をブンブンと振り、分かりやすく否定する。
しかし、檸檬も負けてはいなかった。反撃をするかのような言葉を投げた。
「何なら、紅花さんの方が怪しいんじゃないですか…一番最初に来ていたんだし」
「な、僕がやったって言うのか!有り得ないよ!」
二人の目線の間に稲妻(いなずま)が走り始めた時、最年長の緑が言葉を放つ。
「皆、喧嘩はやめて!まず、喫茶店を片付けましょう」
「…」
「…」
緑に言われてしまうと何も言い返せなくなった檸檬と紅花は〝…〟に口内を占拠させた。
二人を筆頭に会話が尽き、生まれた沈黙を破ったのは店長モモだった。
震える声を操りながら言葉を並べていく。
「み、皆…喫茶店がこんなことになったのは…
喫茶店メンバーは口を静かに見つめた。次の瞬間、放たれるであろう言葉を今か今かと待ち望んでいるようだ。
…喫茶店がこんなことになったのは…私のせいなの!昨日ネズミが出てね。私苦手だから、夢中で追い払ってたら泥棒が入ったみたいになっちゃったの!」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
ここで一同は言葉を失う。正直、
昨晩、不審者が入ったの…!
影でひっそりと研究していたモンスターが暴れだしたの…!
私の秘められし力が覚醒したの…!
後半ありえない話だが、驚愕(きょうがく)を与える一文をどこが期待していた面々は良い意味で裏切られることとなる。
飛び出してきたしょうもない理由に言葉を失った一同は「何もなくてよかったよかった」と散らかった喫茶店を片付けることにした。
「そういえば三人とも「カルメラカフェ」の雰囲気はどうだったの…?昨日の夜疲れたようでニシキノ(ここ)に帰ってきなかったじゃない」
床に散らばった窓ガラスの破片を拾いながらモモは麦・紅花・みるくに向かって言葉を投げる。
「そうですねー、制服はとっても可愛かったです!店内の印象も明るかったですし、女子中高生に人気なのは納得いきます!」
「そうね…ニシキノ(ここ)はターゲットが中高年だからねぇ…かと言って隣(あそこ)みたいにリフォームする予算はないし…」
同じく、無残にも離れ離れになったガラスの破片を集めながら、麦は昨夜どんなに大きいネズミが出たのだろうと不思議に思った。
「著作権」を連呼しながら襲ってくる人型のネズミなのか、
語尾が「ピカ」の電気を操る黄色いネズミなのか…
いろんなネズミを思い浮かべながら作業を進めていく麦なのであった。
「モモさんってニシキノ(ここ)をとても大切にしていますよね。」
「え?そうかしら?」
「本当だよぉ!高校生ながらも喫茶店を運営するだなんて、よっぽど幼い頃から思い出があったんだねぇ~」
麦に続き紅花も店長(モモ)の喫茶店愛を語る。
ネズミ出現によってめちゃくちゃになってしまった喫茶店を悔やむ彼女を慰める優しさ溢れる言葉だった。
「まぁ、幼い頃から入り浸(びた)ってたけど、それは喫茶店(ここ)が好きだからとかじゃなく、共働きの親が迎えに来てくれるまでの居場所がなかったからなの」
「へぇ…なら学校帰りに遊びに来てたんだ」
次に言葉を発したのは穂乃果だ。血飛沫のように飛び散った珈琲(コーヒー)を雑巾で拭き取りながら問いかける。
「そう。よくあそこのカウンターで宿題をやっていたわ。常連客の人に教えてもらったりしてね」
小学生時代を懐かしむ瞳にカウンター席をうつし、指を指す。
しかし、今や割れたコップの破片や何時間もかけて作った珈琲(コーヒー)が無残に横たわっており、当時のモモが目にしたら涙を溜めるだろう。
「…ん?こ、これは…」
ふと、ものが散らかる裏口を片付けていたみるくが異変に気づく。
「ど、どうしたの?みるくちゃん」
と、そこへガラスの破片を捨てに来た麦が顔を覗かせた。
「見てください。これ!裏口のドアノブが壊れてます」
「本当だぁ…」
みるくの言う通り裏口である押しドアのドアノブが外れかけていた。何やら大きな衝撃を受けたかのように、歪(いびつ)な形に変形しており不自然だ。
「麦さん。本当にネズミが原因だと思いますか?」
「え?」
「たかがネズミー匹でここまで喫茶店が荒れると思いますか?」
「…」
いつにも増して真剣な面持ちで口を動かす相手にゴクリと唾を飲み込んだ。
「…ここだけの話なのですが…
と紡がたみるくの言葉に麦は目を大きく開くのだった。
…」
「…!犯人なの!みるくちゃんが!」
「ちょっ!ちょっと待ってくださいっ!」
いきなり大声を出されたみるくは目を白黒させ、麦を見る。
「店長!店長!大変です!大事件です!」
と、乱暴に声を荒らげながら、モモ達が掃除をしているホールに急ぐ。
「ど、どうしたの!?麦っ!?」
ホールではちょうど檸檬が息抜きの飲み物買ってきたところだった。
最近のネズミには大きな腕があるのか、冷蔵庫が開けっ放しになっており、中に入っていた飲み物が全ておじゃんとなっていたのだ。
隣の自動販売機で買ってきたであろう缶ジュースをビニール袋に入れた檸檬が事の内容を尋ねる。
「大変です!ここを荒らした犯人はみるくちゃんだったんです!」
「なっ!どういうことだよぉ!」
「…えぇ…」
「説明してくれる?麦ちゃん?」
皆口々に思い思いの言葉を発していった。
一気に注目を浴びた麦は名探偵にしては知性の感じられない声色で説明していく。
「え、えっと…その…」
ここで麦は数分前の記憶を辿っていた。
「ここだけの話なんですが…麦さん今度は秘密守ってくれますか?」
「う、うん。がんばってみるよ」
今度というのは以前、麦とみるくはお互い変装し、ここ喫茶ニシキノの面接で手を組むこととなった。
しかし、終盤(しゅうばん)麦の演技力が足を引っ張り、正体がばれてしまったのだ。
「ここを荒らしたのは恐らくネズミではなく人ですね」
「え、えぇー!…あっ!大きい声出しちゃった…」
湧き上がってきた衝撃を抑えるように口に手を当てる。
「モモさんは何らかの理由があってネズミのせいにさしているんでしょう。ネズミ退治位で裏口のドアノブはここまで痛みませんからね」
と、言いながらみるくは外れかけていたドアノブを指指した。
「じゃ、じゃあ警察に通報したほうがいいんじゃ…」
「それはまだやめておきましょう。ニシキノ(ここ)はモモさんの(家族の)所有物ですし」
「店の印象が悪くあるかもしれませんからね」と細くすると本題に入るため声のトーンを少し落とす。
「麦さん、今から私がここを荒らした犯人だと言いふらしてきて下さい」
「え?」
「大丈夫です。私(みるくちゃん)がネズミ退治にしては壊れ過ぎたドアノブを隠していたとでも言いふらしてきてくれるだけで結構です。とにかく私がここ荒らした犯人だと言い張ってください」
「…わ、分かった」
責任重大な役割を与えられ、込み上げてくる不安を抑え込むため、利き手を胸に添えた。
「これを言うことによって恐らくモモさんは本当のことを言ってくれるでしょう。私もここの喫茶店実は思入れがあります。荒らした犯人はネズミであろうと許しません…
みるくの瞳にはぴりと頬が引き攣(つ)き、憎悪(ぞうお)の感情が過ぎっていた。
(みるくちゃんの怖い顔初めて見たなぁ…)
以前、彼女(厳密に言うと檸檬に化けたみるく)は麦の持つ財布を盗むという、ネズミもここを荒らしたであろう人物顔負けの経歴を持っている。
ネズミにも口が生えたら「お前が言うな」と言うだろう。
「え、えっと…その…みるくちゃんがそこのドアノブを隠していました!」
「ドアノブ?…何それ」
水に濡らした雑巾を手に持つ穂乃果が麦を見上げ、そう問うた。
人に頼まれたとは言え、嘘をつくのは緊張する。
緊張のせいか笑顔が引き攣(つ)き、渇いた唾液が舌にこびりつく。
柔らかさが失われた声で以下のことを告げた。
「みるくちゃんが裏口の壊れたドアノブを隠していたんだよ!」
「ド、ドアノブ!?ドアノブまで壊れているの?」
緑が少々強ばった面持ちでそう言った。
みるくだけではなく緑にもニシキノ(ここ)に思い出があるのだろう、不安の色が顔にこびりついている。
「ど、どういうことだぁ?みるくが裏口を壊したのか?…ま、まさかあいつがここを荒らしたのか!?原因はネズミじゃないのか?!」
感が良いのか鈍いのか紅花は顎に手を当てて考え込み、思考を回転させた。
「ネズミがここまで荒らせるわけないじゃん!ここを散らかした犯人はみるくちゃんだったんだよ!」
(こ、これでいいのかな…)
若干罪悪感を感じてしまう麦だが、それを押し殺し、何か知っているであろう店長の反応を伺(うかが)う。
モモの瞳を見つめ、何かを引っ張り出すような念を送ってみたが、言葉を発したのは予想外の人物だった。
「何を言っているのですか?私はドアノブなんて隠していませんよ」
「え?」
「ドアノブを隠してるのはあなたの方じゃないですか…ほら、そのポケット」
「えぇ?」
「!本当だ!麦!上着のポケットが膨らんでるよ!」
檸檬は言葉の通り向きが身に付けていた小麦色の上着のポケットを指さした。
明らかに歪(いびつ)な形に膨らんでおり、ドアノブだと聞けば納得出来る大きさだ。
「え…!?う、嘘…!」
と、戸惑いの色を口の端に零(こぼ)しながら、自身の上着のポケットを視線を注ぐ。
確かに、檸檬みるくの指摘通りちょうどドアノブの形にポケットが膨らんでいるではないか。
「ちょっ!ちょっと!みるくちゃんどういうことなの!?」
「どういうことも何も全てあなたが仕組んだことではないですか。言いがかりはやめてください」
「それはこっちのセリフだよ!」
「二人とも一回黙りなさいっ!」
突然、モモが言葉を激情に乗せ発する。
麦とみるくは愚(おろ)か、その場にいた全員の視線が集まった。
「麦ぃ!」
「はいっ!」
「みるくっ!」
「はいっ!」
モモが二人の名前を呼ぶと自然と背筋が伸び、鞭(むち)を打たれたかのような返事が飛び出る。
「二人とも、余計な嘘を言う事はやめなさい!ここを荒らしたのはネズミなの!犯人探しなんて…犯人探しなんて絶対にしちゃ駄目(だめ)なんだから…」
と、言い切ると同時にモモの双眸(そうぼう)に水晶のような涙がこみ上げてくる。
(やっぱり、嘘ってバレちゃったか…)
実はみるくがドアノブを壊した犯人であると言ったことも麦のポケットの中にドアノブが入っていたのもすべてみるくの考えた作戦なのだ。
「私もここの喫茶店実は思入れがあります。荒らした犯人はネズミであろうと許しません…加えて、あなたの上着のポケットにこのドアノブを入れておきます」
と、句読点を打つと、ゴキッ!と金属音を鳴らしドアノブを千切(ちぎ)る。
「え…なんで」
「私たちが喧嘩をするとモモさんはより本当のことを話しやすくなると思うんです。私があなたを問い詰める演技をしますのでそれに合わせて言葉を発してください」
「わ、分かった」
要求が追加されたことにより緊張感が増すが、震える掌(てのひら)に爪を食い込ませ何とか気持ちを落ち着かせた。
「犯人探しなんて余計なことしなくていいのに!…私は…私は…ヒックッ!」
今の今まで従業員がいる目の前では悲しみを顕(あらわ)にせんと我慢していたのだろう。
ポッタポッタ…と大きな目から涙の雫(しずく)を零し、その場に埋まり込む。
いつもは強気で明るいモモの裏(ほんとう)の姿を目撃したメンバーは言葉を失った。
「モモちゃん。隠さなくていいのよ」
最年長の緑はゆっくりとした足取りで駆け寄り、足を降り視線を合わせて背中を擦(さす)る。
緑の優しさによりヘドロを同じ原理で思いが込め上がってきたのか、本性らしき言葉が自然と口をついてきた。
「ニシキノ(ここ)はおばあちゃんの大事な店なの…大事なレシピ本まで奪われていたし…
「だからお願い…犯人なら名乗り出て」
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