第19話
11月末のチェスケー・ブジェヨヴィツェは、街全体が
イエス・キリストの生誕を祝うクリスマスと、その準備期間であるアドヴェント。旧市街の中心にあるオタカル2世広場には数十の露店が並び、これから4週間にも渡るクリスマス・マーケットで一儲けを画策していた。
そんな中心部から少し外れたラムダ銃砲店近辺にしても、地元民やら観光客やら、とにかくこの時季にしか見られないような人通りである。
そんな人の群れを、サラは冷ややかな目で見つめていた。
まるでチェコ共和国全土の人間をこの街に詰め込んだようだ。いかに荘厳な旧市街とて、この人混みでは風情もへったくれもない。そもそも、この民衆のうちどれだけが
サラもクリスチャンの端くれとはいえ敬虔とは言い難い。何よりチェコという国は無宗教の割合が高いとされている。宗教改革の震源地だったことが、その根底にあるそうだ。
そういうわけで、サラは今日もラムダ銃砲店のカウンターで客と向かい合っていた。
「
カウンターに並べた商品を顧客に引き渡す。
今日の客はいかにも苦学生然とした若い女だった。そばかすの目立つ朴訥とした顔立ちだが、オーダーからも分かる通り堅気ではない。この女も犯罪組織グローリアの一員である。
ラムダ銃砲店のような個人経営の小売店は、グローリアの武器流通網の末端に位置している。ピアリスティック広場の“倉庫”のような卸売業者から武器弾薬を仕入れ、それを構成員に供給することも役割の一つだ。
そうして得られる報酬も案外馬鹿にならない。帳簿記入のための資金洗浄は必須だが、今や
「消音器は当店からの心付けとさせていただいております。今後ともラムダ銃砲店を御贔屓に」
完璧な営業スマイルを顔に貼り付けて一礼。この店を受け継いで長いとは言えないが、それでも真っ先に覚えたのがこの愛想笑いだった。
四六時中仏頂面を決め込んでいては常連も逃げる。それだけならまだしも妙な趣味を持つ人間が客になると面倒だ。店の安泰のため、最低限の接客スキルは身に着けなければならなかった。
ドアベルが鳴り止んだことを確認してサラは頭を上げる。店の中に残されたのは女主人と少年だけ。
「さっきのもグローリアの人ですか? 最近多いですよね」
羽毛の毛ばたきでディスプレイの埃を払っていたモーガンが言う。同じ少年とはいえアクィラのような
「社会の裏側にもトレンドがある。陽の当たる場所と同じだ。特殊部隊の根城に単身斬り込んだ大馬鹿野郎の話はいいゴシップのネタだろう」
「ということはこの好景気も長くは続きませんね。人の噂も七十五日、長官殿のニュースもすぐ聞かなくなりましたし」
「ニュースが新鮮でいられるのは一週間がいいところ。病死と発表されたきり続報がない以上、同じ情報を垂れ流し続けても枠の無駄だ。マスコミが欲しがるのはひとえに数字だよ」
モーガンは肩をすくめて掃除に戻る。
確かにここ数日でサヴァチェーエフに関するニュースはかなり減った。二週間ほど前までは陰謀論まがいの見解まで盛んに報じていたにもかかわらず、続くものがない見るやこのザマだ。
かの烈士とて部外者にしてみれば道化に過ぎなかったらしい。人の勇名はエンタメとして消費され、やがて忘れ去られる。裏も表も問わず、それこそが社会の構造なのだ。そして、そんな構造はサラにも当てはまる。
例えサラが何人殺そうと、あるいは殺されようと、すべては娯楽として消費される。そんな歪みと腐臭に満ちた世界の住人と、今は同じ穴の狢だ。
サヴァチェーエフは「死んでからでは遅い」と言った。殺し屋として、道化として消費され、忘れ去られてからでは遅いと。
交渉でも損得勘定でもない、死を目前にした人間の真摯な言葉。これを無碍にしてしまえば、自分は一生グローリアの飼い犬だ。それ以外の存在としてこの世界で生きる資格を失う。何よりここが潮時なのだと自分でも感じていた。
つまり、そういうことなのだろう。
「モーガン」
「なんですか、店長。ようやく掃除を手伝ってくれる気になりました?」
「もうやめようか」
「まだお昼前ですよ。もう少し続ければちょっとは居心地のいいお店に――」
「そうじゃなくて……殺し屋をだ」
「――え」
モーガンの手から毛ばたきが滑り落ちる。
フローリングとぶつかった竹製の柄が、やけに大きな音を立てた。
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