ブリャンスク民主共和国

第8話

 錆び付いたトタン板に鉛玉が弾ける。

 昼の間は全くと言っていいほど人が寄り付かないという廃倉庫に、今は怒号と銃声が飛び交っていた。


 そんな修羅場の中心にあってなお、ダークカラーのスリーピースに身を包んだ女は酷く落ち着き払っている。いくら撃っても仕留められない襲撃者に恐れを成し始めた倉庫のヌシたち――ロシアン・マフィアの一党とは、いっそ対照的なほどだ。


 腐りかけた木箱やドラム缶が散乱する空間は、すでに死屍累々という有様だった。


 切り裂かれた動脈からとめどなく血を垂れ流す者。ありえない方向に首を捻じ曲げられた者。脳味噌を弾丸に掻き回された者などなど。マフィア同士の抗争でもここまでではないだろうという惨劇を、女はただ一人で演出している。


 そしてまた一人、迂闊な若者がその餌食になろうとしていた。


 コンテナの陰から不注意にも拳銃だけを覗かせた青年は、次の瞬間には利き腕の手首と肘を砕かれていた。その手から得物の拳銃MP-446が払い落され、剥がれかけたコンクリートの床で乾いた音を立てる。ほぼ同時に持ち主の身体もコンクリに叩きつけられ、そして呻く間もなく二発の9mmNATO弾がその脳幹を断ち切った。


 仲間を助けるためか泡を食って駆け出してきた数人の男たちも瞬く間に殲滅し、女は倉庫の奥へと向かう。いつの間にか銃声は止み、襲い掛かってくる者たちは皆丸腰か、あるいはナイフを無手勝流に振り回すばかりになっていた。


 明らかに実用品ではないバタフライナイフ片手に襲い掛かってくる男の膝を撃ち、次いで眉間に風穴を開ける。もはやまともな戦闘員ウォリアーは残っていないようだ。


(身の丈に合わない武器を買い付けて破産したな、マフィア気取りの間抜け共)


 死体が握っていたのは近代化モダナイズドされたAKライフルや新型のMP-446拳銃、果てはアメリカ製のピストルキャリバーカービンPCCまで多種多様だ。


 高性能だが高価な武器の調達に金をかけすぎたのか、あるいは構成員個人が持ち金で買っていたのか。事情はともあれ、仮にもファミリーを自称する連中がまともに武器も揃えられないとは。なんともお粗末な話だった。


 時折背後に回ろうとする者たちの頭を精確に撃ち抜きながら女は倉庫を縦断し、やがて最奥にある事務所へとたどり着く。アルミ製の簡素なドアをくぐった先には、最後の生き残りである男が二人。


 いかにもマフィアの頭目然とした髭面の男と、どちらかと言えば科学者――というより技術者といった風貌の痩せ男。女に関わりがあるのは痩せ男の方だ。事の発端は髭面の方にあるのだが、複雑な背後関係を考えるとむしろ被害者であるともいえる。


「それなりに使者たちを集めてきたつもりだったのだが……なるほど、グローリアの暗殺者はやはり腕が立つようだ。俺も年貢の納め時ということだな」


 髭面が言う。潔いと言ってしまえばそれまでだが、しかしその瞳には諦観の色など微塵もない。むしろ生気に満ち溢れ、死の間際まで自分の人生に意味を見出そうとしているようにも見えた。


「しかし、これほどまでに素早く刺客を送り込んでくるとは。そこの男と『ケース』にはそれだけの価値があるということか」


「……命乞いはしないんだな。部下を皆殺しにされた奴は大抵そうするものだが」


「したところで見逃してはくれまい。名高き“ストラップ・クイーン”に撃ち殺されるのなら本望だ」


「なら話が早いな」


 女が言い終わるや否や髭面の額に小さな穴が開き、尊大に組まれていた腕がだらりと垂れ下がる。耳を聾するような轟音も、女にとっては慣れたものだ。


 真鍮製の薬莢が転がる子気味良い音を聞きながら、彼女は軽く息を吐く。

 “ストラップ・クイーン”……さしずめストラップを携えた女王クイーンということか。何度聞いても悪趣味なあだ名である。


 望んでもいない二つ名を付けられ、大真面目にその噂を吹聴する者がいて、そしてその名は異国にまで知れ渡っている。そんな事実は女――サラ・サブノックを大いに閉口させた。


   §


 遡ること三日前。


 例のごとく純白のパンツスーツに身を包んだレーヴァンは閉店直前のラムダ銃砲店に現れ、モーガンが淹れる紅茶を啜っていた。不思議と波長が合うのか、あるいは何度か意味もなく店に訪れ世間話をしていたからか、二人は随分と打ち解けたように見える。


 どうやら共通の趣味も見つけたらしく、今も盛んに談笑していた。曰く、自動車用エンジンの最高峰はV型6気筒V 6直列6気筒直6か、だそうだ。


 巨大な犯罪組織の元締めのくせして、この女は年下の扱いが存外に上手い。サラと出会ったばかりの頃はひとつ屋根の下に暮らしていたにも関わらず中々心を開かなかったモーガンが、彼女にはすぐに懐柔されてしまっている。


「子供誑かすのもいい加減にしろ売女。お前には単気筒カブがお似合いだ」


 さも当然の権利のように他人の日常に介入し、一方的に非日常の入り口にすら変えてしまう。そんな女の存在には無性に腹が立った。閉店準備の作業に追われ、所々ワックスが剥げかけた床の埃を掃き出していたサラは、思い切って二人の話の腰を折る。


 しかしレーヴァンは再び紅茶で喉を潤して、


「なるほどカブか。確かにプラハにゃ鬼のように小路があるしな、まあそいつも選択肢としてはアリだ」


 飄々と言ってのけるその図太さに、サラは内心で舌打ちする。


 敵意や嫉妬剥き出しの悪口あっこうなど彼女には通用しないようだった。しかしこちらにも譲れないものくらいあるのだ。さっさと閉店の準備を済ませるため、唯一の従業員を奪還するという大義が。


「馬鹿話ならさっさと切り上げてくれ。貴重な労働力を独占されると仕事にならん」


「何だよ、まさか妬いてんのか店長様? あたしはただ無垢な少年がショタコン上司にこき使われてないか立入検査に――」


「それ以上言ったらくびり殺すぞ阿婆擦れ女」


 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことだ。

 ある意味すべての元凶ともいえるモーガンは大人げなさすぎる罵詈雑言の応酬に若干引き気味で、そんな様子を見てレーヴァンはくつくつと笑いを噛み殺していた。


 完全に相手のペースに乗せられていることに気が付いて、サラは言い終わってから眉根を寄せる。これだからこの女には気を許せない。


「そう怖い顔しなさんな、せっかくの美人が台無しだぞ? それに今日はサラ、お前と話をしに来たんだ」


「こっちとしては話すことなんて何も無いんだがな。誰かさんのお陰で今はすこぶる機嫌が悪い」


「それなら話さなくてもいいんだが、とりあえず返事だけは聞かせてもらえねーか? 我々グローリアとしてはそっちの方が助かる」


 言いつつレーヴァンはLONGCHAMPロンシャンのレザーバックからA4サイズの茶封筒を取り出し、ゆらゆらと左右に揺らす。大方新しい依頼の資料か何かだろう。サラが奪い取ろうとすると、彼女はそれをひょいと引っ込めて背中の後ろに隠した。


「この前の依頼主クライアントは随分と隠し事が多かったらしいから、今回はこのレーヴァン様が知ってることをすべて話してやろう。その代わり、返事は今聞かせろ」


「断らせるつもりなんて最初から無いんだろう?」


 溜め息交じりにサラが返すとレーヴァンも満足したらしく、指先で摘んだ封筒をサラの方に傾けた。乱暴な口調と裏腹に、その表情は満足げな笑みを湛えている。幾人もの男をひとつの例外もなく狂わせてきた、魔性の微笑みだ。


 モーガンがその魔眼の餌食になっていないか少し心配になったが、少年は別に変った様子もなく、店主に気を使ってか閉店作業を引き継いでいた。さっきまで駄弁だべっていたとは思えないような切り替えの早さ。特に気にも留めていなかったが、彼にも社会人姿が板に付きつつある。


 子供の成長というのはこうも早いものか――などとしみじみ思っていると、不意にレーヴァンが噴き出した。さっきから一人で笑いの絶えない女だ。


「あーあー、なるほどなるほど。やっぱり店長様は少年にお熱か。いや悪くはないと思うぞ、思春期性愛エフェボフィリアも“多様性”とかいうアレの一つさ。多分な」


 あまりにも明け透けな物言いにサラは思い切り顔をしかめる。モーガンは平静を装っているようだが、耳の端が少し赤みを帯びていた。この場で一番の被害者は間違いなく彼だ。


 しかしそんな少年の哀れな姿など目に入らないかのように、レーヴァンは講釈を始めた。


「そんな愛され少年に一つ問題だ。20世紀頭に『ヨーロッパの火薬庫』とまで言われたのはバルカン半島だが、ここ最近同じように言われてるのはどこだと思う?」


「東スラヴの三か国じゃないですか? ロシア、ベラルーシ、それにウクライナ」


「うーん、70点つーとこだな。確かにあれらの国は火種ではあるが、実際の火薬庫はもっと狭い」


 戸締りを終えてカーテンを閉めたモーガンが振り返る。これが違うならいったい何が正解なのか、とでも言いたげな目つきだった。


「今ヨーロッパで一番ホットなのはブリャンスクだよ。聞いたことくらいあるだろ、紛争の最前線にされた地域の市民が結託して、ロシアから一方的に分離独立した“ブリャンスク民主共和国Democratic Republic of the Bryansk”だ。さっきの火種三か国すべてと国境を接している上に、味方のはずのNATOにまで睨まれてる」


「国内の防衛産業のせい……でしたっけ。ロシア製と欧米製両方をコピーしているって噂の」


「ご名答、と言ってやりたいところだがそれも満点じゃねーな。連中は独自の技術基盤に乏しいから、その辺りはまだ『産業』とは言えない。だが乏しいとは言っても皆無じゃない。数は少ないがロシアから逃げ出した優秀な技術者も抱えてるし、特に航空関連の技術には巨額の投資をしてやがる。変に成長されるとアメリカ・西欧・ロシアの寡占で安定してたはずの航空機市場をぶち壊すことにもなりかねない。そこで今回の依頼主クライアントは、その航空産業の芽を摘み取ってくれと言ってきた」


 サラは話を聞きながら封筒の中を漁る。中身は紙束とUSBメモリ、そして今回の標的らしき男の人物像プロファイルと写真だ。


 恐らく秘撮されたのであろうアングルと解像度だが、男の容姿ははっきりと見て取れる。


 歳の頃は50代前半だろうか。どの写真にもやや猫背気味で映っているが、それなりに上背はあるようだ。鉤鼻に丸眼鏡という顔はいかにも技術者という雰囲気で、大きく禿げあがった頭頂部の髪と弛みはじめた頬の肉と相まって老けた印象を受ける。


「この男は? 少なくともまともな会社員には見えないが……」


「セルゲイ・スピリドノヴィチ・グリエフ。件の紛争のあとでブリャンスク民主共和国に亡命した、元ロシア人の技術者だ。航空機用エンジン開発の世界的権威で、近頃は国営のサフィン航空機設計局で新型エンジンの開発を続けてるらしい」


 その企業の名前はサラも聞いたことがあった。数年前、領内に残存していたロシア空軍のSu-35SやSu-57、それにNATO諸国から提供されたEF-2000ユーロファイターを無断でリバースエンジニアリングしたとして大問題になっていた企業だ。


 その煽りを受けてかアメリカからのTHAADミサイル供与の計画も凍結されたらしく、NATOやアメリカから睨まれるのももありなんと思われた。


「なるほど……事情は分かったが、この男一人だけでいいのか? 国営の設計局なら他にも技術者はいるだろう」


「その男は特別なのさ。なにせサフィン設計局が命運をかけて進めてる一大プロジェクトの『心臓』はそいつが握ってる。そのプロジェクトの内容は……好き者の男子ならもちろん知ってるよな、少年」


 再び話を振られてモーガンは少し面食らった様子だ。

 レーヴァンはさっきから社会科の授業でもしている気分なのかもしれないが、恐らくそれは不要だろう。彼はそこら辺の大人よりは賢く学んでいる。


 そんな少年は少しの時間逡巡して、


「第5.5世代ジェット戦闘機の開発、でしょうか。エンジンの専門家ということなら、搭載される新型可変サイクルエンジンの開発を任されているとか……」


「お前脳味噌いっぱい詰まってるじゃねえか! そう、エンジンは航空機の心臓部と言っても過言じゃない。そしてこいつが手掛けてる“EJ2030”は小型・高推力・高信頼性・低燃費と何でもありのバケモノだ。ロシアどころか欧米製の10年先を行くと言われてる」


「つまり依頼人は、そんな怪物じみたエンジンを載せて飛ぶ戦闘機を見たくないということか」


「そういうこった。いくら社運を背負ってもエンジン無しじゃ戦闘機は飛べないし、そのエンジンの設計はセルゲイ以外の手には負えない。だから奴を殺せば、ブリャンスク最大の航空機メーカーは勢いを失うことになる」


 要するに既得権益を失いたくないってわけだ、とレーヴァンは肩をすくめる。


 それにしても随分な依頼だ。サラは片手を口元に当てて考え込んだ。


 国営企業の一大プロジェクトを妨害するとなると、そこには常に内政干渉の文字がちらつくことになる。この依頼の利害関係者ステークホルダーは相当幅広いが、そこまでの覚悟と拝金主義を併せ持つ国家となれば、黒幕は十中八九合衆国だろう。


 しかし、仮にそうだとすれば腑に落ちないことがある。


「レーヴァン、今回の依頼人はホワイトハウスで間違いないな?」


「さすがに店長様は鋭いな。ま、世界の警察官も現金収入には目が無いのさ」


「それならなぜ連中は自前の部隊を投入しない? デルタにDEVGRU、それ以外でもあの国なら選び放題だろう」


「そうできない理由があるんだろ。アメリカにとっちゃ、ブリャンスクはロシアに睨みを利かせるための橋頭保にもなる。だから表面的には友好関係を築きつつ、じわじわと傀儡にすることを望んでるんだ。それが後になってから特殊部隊送り込んで幼稚産業踏み躙ったなんてバレてみろ、それこそ火薬庫にナパームぶち込んだようなことになる」


 それに、と言いつつレーヴァンはカウンターの上に放られた紙束に手を伸ばす。その中から彼女が抜き取ったのは……地図と航空写真のようだ。


「今現在セルゲイ技師はブリャンスクの外にいる。数日前に身代金目当てのロシアン・マフィアに掻っ攫われて、今は連中の根城があるベラルーシだそうだ」


「拉致されたのか、大統領よりも価値がありそうな技術者が。警察は随分と怠慢だな」


「そ。ブリャンスクの警察ははっきり言って無能なのさ。最近はロシア内務省上がりの敏腕が組織作りに躍起になってるらしいが、いかんせん独立して日が浅い。金も人も国のあっちこっちで必要になってて、何もかもが不足してる警察は大規模な事案には対処しきれないってわけだ」


「それでよく治安が保てるな。動ける部隊は一つも無いのか?」


「……あるにはあるって噂だが、実在するかは怪しい。まあ事情はどうあれ、アメリカとしては下手に手を出すよりもならず者同士の抗争に巻き込まれて死んだっていうシナリオに仕立て上げたいんだろう」


 白磁のカップに残る紅茶を呷ったレーヴァンはふっと息を吐く。すかさずモーガンがティーポットを持って近付くのを、彼女は手で制した。


 いくら話好きのレーヴァンとはいえ、これだけの情報を一気に吐き出すのは疲れるのだろう。それは聞いていたサラも同じで、いささか頭痛を覚え始めていた。


 とりあえず必要な情報はあらかた揃ったはずだ。不足しているものがあればモーガンに調べさせればいい。


「あたしが言えるこれくらいだ。ブリャンスクは身代金の支払いを渋ってるそうだが、連中にこの要求を突っ撥ねる気概があるとは思えん。時間に余裕はないぞ」


「承知の上だ。話が終わったなら出て行ってくれ」


「なんだよ、もうこんな時間なんだから一晩くらい泊めてくれてもいいだろ?」


「駄目だ。モーガンの教育に悪い」


「んな他人ひとを淫売みたく言うなって。そりゃ今まで結構な数と寝てきたが、さすがに子供にまで手は出さねえよ。誰かさんと違って」


「縊り殺すぞ?」


 懐から鋼線ガローテ・ワイヤーを取り出すと、さすがのレーヴァンも頬を引き攣らせた。再び勃発した大人げない喧嘩にモーガンは呆れ気味だ。


「分かった、分かったよ。ただ今日あたしが払うことになるホテル代に免じて、もう一つだけ頼まれてくれ」


「何だ?」


「マフィア一党はセルゲイと一緒にアタッシュケースを一つ持ち去った。多分相当価値がある物なんだろう。依頼には含まれてないが、できればこれを回収してほしい」


「何のために? まさか闇市場ブラックマーケットに流すなんて言うなよ」


「んなわけあるか。恐らく中身はエンジンの設計資料、アメリカからしても喉から手が出るほど欲しい代物だ。格安で国防総省ペンタゴンにでも売り付ければ依頼人の心証も良くなるだろ。こうでもしないとアメリカの非合法市場は開拓できないんだ」


 サラはぴんと張っていた鋼線を緩める。


 どうやらこの女はファーストクラスで世界中飛び回るだけの頭でっかちとは違うようだ。彼女の懐事情からすれば高額でも何でもないホテル代に免じてやるのは癪だが、まあその勤労に応えてやるのはやぶさかではない。


 鋼線をもとあった場所にしまいつつ承諾の返事をすると、レーヴァンは肩の荷が下りたとばかりに思い切り伸びをした。


 反らした上半身のせいでブラウスを押し返す豊かな――と言えるほどではないが艶やかに存在感を放つ胸が強調されて、モーガンが顔を真っ赤にして顔を背ける。


 そんな思春期真っ盛りな仕草にレーヴァンはこの上なく尾籠な、雌豹を彷彿させるような笑みを顔面に貼りつけた。が、凍て付いたサラの表情を見るやそそくさとその場を後にする。


 彼女がドアを引き開けると、ドアベルの音色とともに澄んだ初秋の空気が吹き込んできた。夏の終わりもさほど前ではないとはいえ、夜の冷え込みは少しずつ厳しさを増してくる季節だ。


「……それとサラ、言おうかどうか迷ってたんだが……」


 冷気を孕む街路の明かりを背にする女は、珍しく歯切れが悪い。

 「まだあるのか」とサラが先を促すと、彼女は後頭部を掻きながらぼそぼそと言葉を紡いだ。


「ここ数か月、ブリャンスクに送り込んだグローリアの工作員が頻繁に襲撃されてる。ほとんどの奴は何の音沙汰もなく突然消されてるんだが、最近になってようやく襲撃者の尻尾を掴んだらしい奴がいた。そいつも暗号を送った直後に殺害されたようだが」


「襲撃、か。警察が機能してないということは、軍か情報機関あたりが怪しいが」


「いや、そいつが送ってきたのは暗号っていうには抽象的すぎてな。『鷲が飛んでいる』だそうだ。目下探索中だが、万が一ってこともある。一応頭の片隅にでも置いといてくれ」


「ああ……わかった」


 その返事を聞くや否や、レーヴァンは今度こそ店を後にした。まったく、嵐のようにやってきて嵐のように去っていく女だ。好きなだけひっかき回して、消えるときにはすぐ消える。


(しかし『鷲が飛んでいる』か……)


 モーガンに視線で問うが、彼も首を横に振った。


 正直最大の懸念材料ではあるのだが、その「鷲」が遠くベラルーシまで飛んでくるのかは未知数だ。しかし少しばかり心中に引っかかる、月並みに言うなら「嫌な予感」をサラは感じていた。


 そして予感というものは悪ければ悪いほどよく当たるということも、サラはよく知っている。


   §

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