5 アタマも痛い
同僚の制服警官に撃たれるとか、間の抜けた話の主人公になりたくない。
警官の突入とともに、ルイはすぐトリガーから指を離し、両手を開いて肩より上にあげていた。
「銃をおく! 撃たないで」
「よし、じっとしてろよ。パーキン、そっちの女を頼む」
若いほうの警官——パーキン巡査が、ベサニーのボディチェックにかかった。
指示した年配警官のネームプレートには「フォード」の姓。フェリスには、じっとしているように声をかけ、ルイには銃口をむけたまま小首をかしげた。
「おまえの顔、見覚えあるな。なんの常習犯だ?」
「人相の悪さなら、警官も常習犯も変わらないでしょ。同業です。IDが右のヒップポケットにあります。出しても?」
「ジョークだよ。ギブソン巡査部長の車を〝修理〟した強者だ」
銃口をはずし、ホルスターにおさめた。
「あれはバディが傷をつけて……って、なんで知ってるんですか?」
「コーサックから聞いた。相棒と一蓮托生の道を選ぶ、頼もしいバカがいるって」
ルイの脳裏に、ギョロ目の刑事の顔がうかんだ。
車の〝スリ傷〟の直し方を教えてもらっただけだが、発端も探ったようだ。運転は得意なはずのルイが訊いたから、気になったのかもしれない。にしても、捜査スキルをよけいなところに使っている。
「ま、シフトが違っていても、顔ぐらい覚えてるさ。だてに長くいるわけじゃない」
「悪いコトで覚えられてないように願って──痛っ……」
ほっとして気が抜けた途端、脇腹のダメージがぶり返した。笑おうとした呼吸が、痛みを増幅させた。
「どうした?」
「け、怪我をしてます!」
めずらしくフェリスが割って入ってきた。
「犯人の警棒で脇腹を殴られたんです! もしかしたら折れてるかも。先に病院に行ってもいいですよね⁉︎」
ルイは内心で頭を抱えた。警官の商売道具で殴られたなんて、同僚に知られたくなかったのに。
同時に、いつも遠慮がちなフェリスを思うと引っかりを覚えた。
それだけ心配してくれているのだと自惚れたいところだが、フェリスが手にしているものに気づいた。
厭な予感がする。
「病院は、ここがすんだら行きます」
ヒビが入っているでも粉砕しているでも、もう肋骨どころではなかった。
「でも、骨が折れてたら……」
ルイは、フォード巡査からフェリスへと身体の向きを変える。耳元に顔を寄せ、抑えた声で訊いた。
「私をこの場から外して、そのあとどうするつもり?」
訊かれたフェリスの表情がギクリとなった。
「ど、どうもしないよ? ここで待ってるつもり」
「紙袋を持ったままで?」
「え? あ、これは……」
嘘は苦手らしい。憶測が当たってしまった。
のぞいている衣類が答えだった。
止めそうな人間を病院に送り出してから手にすればいいものを「やらなきゃ」と思うと、それだけで頭がいっぱいになってしまうようだ。
紙袋にあるのは、フェリスに初めて会ってから、毎日のように見てきたユニフォームだった。
処分方法を誤ると見つけられてしまう。ルイが帰るまでさわらず、部屋に置いておくように言っていた。
いまのタイミングで手にしているのは、処分品ではなく、証拠品として持っているのだ。
一度は納得したことを覆してきたのは、フェリスなりの考えがあるのだと思う。その気持ちを尊重したい反面、このままいかせたくなかった。
刑事の取り調べを見る機会は何度かあった。悪い意味で、供述させるのがうまい者だっている。だから、サリーの案にのったし、良い悪いは別として、彼女の献身を無にしたくはなかった。
ルイは、ベテラン警官に融通が効くことを願いつつ言った。
「床の警棒とスタンガン、ソファのトートバッグは被疑者のものです。それらを保管するまでのあいだ、少し時間をいただけませんか?」
察したらしい目がうなずいた。
「貸しだなんてヤボは言わんが、自重してくれよ。定年まであと少しなんだ。退職金がなくなったら、カミさんに飼い犬よりランク下におかれちまう」
ジョークのような本音をこぼして、パーキンを動かしてくれた。
「被疑者をパトカーに。おれは所持品を集めとく」
連れて行かれるベサニーは、もう抵抗することはなかった。ただ、
「先に行って待ってるからね」
後ろ手にされてドアから出る直前、フェリスに薄ら笑いをおいていった。
暴力沙汰になった原因と関係があるのか? フォードは物問いたげに片方の眉を上げた。が、すぐに背中を見せる。トートバックに向かった。
「五分間はなんも聞こえんよ」
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