2 ハードキャンディが砕かれるとき
むき出しの言葉での詰問は、フェリスに心の準備をさせてくれなかった。
「なにを……言って……」
身体中の血が温度をなくしたような感覚。言葉とは裏腹に、内心が表情に出てしまう。
「口先でマウントをとられたぐらいで、大人しいあんたが逆上するわけないよね。言ってみれば、それだけムカついたんだ」
「腹が立ったんじゃなく……あ……ち、違う」
出した言葉は戻せない。
白状したも同然な応えに、ベサニーが口角をつりあげた。
「とんだ猫かぶりだ。まあそれが、あんたの生きる知恵だったんだろうけど」
蒼白な顔で、首を横に振るばかりのフェリスを、楽しそうに眺めながら続けた。
「ダグはさ、おだててやれば、よく働いたんだよ。俺様口調でうざったくても、コントロール次第で店の役に立つ。パブが流行ることで、あたしの、もうひとつの商売もやりやすくなってた」
「ベサニーも副業をしてた……?」
「ダグのは小遣い稼ぎ。あたしのはスケールが違う」
「…………」
「扱う量がちょっと大きいんだよね。だからブルーパブが必要なの。品物をさばく取引きと、製造のための場所として」
「まさか、クスリ……醸造スペースでつくってたの?」
ベサニーは長い時間、醸造所ですごしていた。クラフトビールには、それだけ手間がかかるのだと思っていたが——
「でも、パブはなんのために?」
「ビールをつくると、麦芽の搾りかすが大量に出るでしょ。それが醸造所でつくる一番のメリット。
フェリスに思い当たることがあった。
「ホールの仕事の最中に、時々抜け出していたのは、そっちの客が来たからだったんだ……」
「どっちの商売も順調に客足が伸びてた。なのに、あんたが台無しにした」
ベサニーが、隠して顔をあらわにした。
危険を感じて離れようとするフェリスを許さない。距離をとろうとするフェリスの肩をつかみ、強引に引き戻した。
不寛容な双眸を近付ける。
「あたしは、ふたつの意味で怒ってる。想定外を計算にいれなかった甘い自分と、飼い主の手を噛んだ元ノラ猫にね」
臼歯がハードキャンディーを噛み砕いた。
もう一方の手が、トートバックを引き寄せる。
ベサニーは、舌でもてあそんでいたハードキャンディを臼歯に挟むと、滑らかで、硬い表面に歯をたてた。
顎に力を込める。
砕かれまいと抗っていたキャンディーの抵抗が消え、粉々になる。
このときの、刹那の爽快感がたまらなかった。
細かくなったキャンディーが、最後の足掻きとばかりに小さく尖り、口内のやわらかい組織を突き刺そうとする。
さらに噛み潰す。
ベサニーがバックから取り出したスタンガンは、タバコの箱ぐらいのコンパクトなものだった。
しかし、小さくても人を倒せる威力があるスタンガンもある。これだけで死ぬことはなくても、こちらの自由を奪ったあとで、何をされるかわからなかった。
なら、起こす行動はひとつしかない。押さえ込まれたら勝ち目はなくなる。
フェリスは、視界の端に入ったものをとっさに手に取った。グラスを投げつけた。
反射的に避けようとしたベサニーの隙をつき、ドアへとダッシュする。
しかし、今日はじめて入った部屋が味方してくれない。家具の配置を見誤った。たった四歩目でつまずく。硬さと重さが、足先に跳ね返ってきた。
窮地も忘れて、その場にうずくまってしまう。痛くて動けなかった。
その背中を突き飛ばされた。床に転がったところを、ベサニーが馬乗りになる。左手で喉元をおさられた。
息が苦しい。
見上げたベサニーの表情が、餌を追い詰めた獣のそれになった。口角が大きく吊り上がる。
抗おうとするが、はね除ける体重も腕力も、フェリスにはなかった。なすすべを見いだせずに、力が抜けていく。
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