五章 共犯者になる以心伝心
1 あんたはどっちに立つ?
フェリスに言いたかったことをルイはやっと思い出した。
きっかけは、シフト終わりに捕まえた売人。
逃げ回って抵抗したあげくに捕まると、一転して従順になった。そして、従いながら袖の下をちらつかせ、手錠を外させようとした。
通じないとわかると警官をも怖れない仲間がうんぬんと、セリフが恫喝の色をおびてきた。相手にしないでいると、また力任せに暴れ出した。
「
聞き飽きた決まり文句を右から左に流しながら、記憶のはしに引っかかるものがあった。
同じようなやつは、ごまんと相手にしてきた。つい最近も似たやつが……
ダグ——フェリスが働く店のマスターだ。ブルーパブからの転職を考えているフェリスに、用心して欲しかったのだ。
辞めようとする従業員にたいして、ダグがおこしそうな反応が気がかりだった。
強盗未遂の件を皮切りに、店に通うようになった。そこからずっと、店員や客を意のままに扱おうとするダグの姿をみてきた。
支配欲を発揮するタイプは、往々にして周囲の人間が離れていくことを嫌う。自分からクビにするのはいいが、下の立ち位置にいる者に逃げられることには我慢ならないタイプに思えた。
加えて、感情に任せて強盗を蹴り飛ばす、突発的な暴力性があった。
子どもではないのだし、お節介が過ぎている自覚はある。首を突っ込む理由には弱い。
それでも気になって放ってはおけなかった。パトロールの経験で培ったカンも、あながちバカにはできない。
シフトが上がるや、すぐブルーパブに向かった。乗り込んだタクシーのスピード超過も見なかったことにして、急いでやってきた。
ドアを蹴破りたくなる衝動をおさえてノックする。
反応がなかった。ためしに押したドアが開いた。
夜半に無施錠のまま店を空けるとは考えにくい。違和感を感じ、声を控えめにして呼びかけた。
誰かが残っているなら、驚かせないように。空き巣がいたら、刺激しないように。
誰も出てこないが、奥にひとの気配がある。不審者に間違われない用心のため、ポリスバッチを胸元にかけた。
右手をヒップホルスターに近い位置においたまま、慎重に店の中をすすんだ。
調理場にきて開口一番、間抜けな声がでた。
「なんで、サリーがここに?」
そして、覚えのある臭いがする。
答えを聞くまえに、ルイの目はすぐに異状を発見した。
カンは当たっていたのか——。
遅きに失したのか——。
ラッキーとなるか、警官だったことの失望になるか。
サリーは黙したまま、ルイと対峙した。
やはり警官といったところか。血の臭いに気付くのが早い。調理場にきたルイの視線は、サリーからすぐ、その背後へと動いた。
ルイが無言のまま、サリーとその後ろにいた、フェリスの横をすり抜けた。ダグのそばにいき、頸動脈に手をのばす。
蘇生措置が必要ないことを確かめると、サリーに目で促してきた。この状況は?
冷静な警官としての対応をみせたルイに、サリーは単刀直入に返すことにした。感情に訴えたとしても、こいつは動かない。
「殺したのは、あたし。正当防衛の結果でこうなってしまった。あとは、弁護士がきてから話す」
「わかった。けど──」
言葉途中でルイの視線が、再び死体にもどった。
何かが気になったらしい。ダグの顔をもう一度覗きこんでから訊ねた。
「今のうちに訊いておくよ。サリー、あなたの利き手は?」
「右だけど、それがなに……あっ!」
平静を通そうとして、失敗した。
被害者となったダグの額には、争ったときについたらしい傷があった。右側に。加害者が左で殴ったことを示している。
ダグが殺される以前の、別の揉めごとでついた傷……というのは苦しい。額の傷は生々しく、時間が経過したようには見えなかった。
サリーは、ルイの考え方をさぐる。
この警官、フェリスとそれなりに親しくなっていた。フェリスが元々左利きであることを知っているかもしれない。
目立つことを厭うフェリスは、利き手すら右に矯正した。しかし、ボタンを押したり輪ゴムをとめたりといった、ちょっとした動作のときは無意識に左手でやることがあった。
とっさのときも左手を使っていただろう。
——今のうちに訊いておくよ。
ほかの警官が来る前の、このタイミングで訊いてきた意味を考える。
ダグの額の怪我は、サリーがつけたわけではないと感づいているだろう。苦しい釈明をした。
「とっさに手に触れたモノが、たまたま左側にあったのよ」
背後にいるフェリスの視線を痛いほど感じた。
それは前に立っているルイも同じだった。警官の目がサリーを注視している。
やがて出たルイの応えは、
「……それだけ差し迫っていたと?」
ありきたりな返事に、ずいぶん時間をかけた。時間がかかったのは……
サリーは確信する。
ルイは、こちら側に立つ気だ。
フェリスもそこに気づいたのか、口を開きかけた。すかさず視線で制した。
正直な対応が、必ずしも良い結果になるわけではないし、目的は手段を正当化するものだ。
サリーは、顎を上げて答えた。
「持ち手をかえてるひまも、逃げ出す余裕もなかった。力で抵抗するしか、身を守る術がなかったのよ」
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