3 あたしに任せろ

 ダグが死んだ顛末を聞いたサリーは、眉間を強く揉みほぐした。

 予想どおりフェリスの行動は、正当防衛だと思う。しかし──。

 フェリスに視線をむけた。

 死体と刃物がある調理場から離し、ホールのイスに座らせている。しぼった照明の中で見る不安げな表情は、かつてストリートで拾ったとき、そのままだった。

 あがき続けて苦しいばかりの状況が、明日も続くと疑っていない、悲観に満ちた——。

 ここに、警察で調べられるストレスが加わったらどうなるか。

 ストリートで仕事をやっていると、苦渋をなめさせられるのは客からだけではない。蔑みの視線や、ぞんざいな扱いといったことは、警官からも受けていた。

 フェリスは今でこそホール係だが、前の仕事での逮捕歴が残っている。

 懸念材料ばかりが頭にうかんだ。

 相手のテリトリーで、偏見にさらされながらの聴取。多忙を言い訳に、雑な捜査で片付けられることもある。あるいは、逮捕件数をあげることに躍起になっている刑事に当たったら?

 ダグ・デービスは評判が悪い人間だった。怨恨の線をおされ、気の弱いフェリスが言いくるめられる可能性は……

 サリーは思いを定めた。

「フェリス、きて」

 足早に調理場に連れ戻す。死体となったダグに怯えるフェリスを流しへとうながした。

 蛇口をあけた。

 流れ出る水に、その意図を悟ったフェリスが困惑した。

「待って、わかっててやったら──」

「いいから早く手を洗って。それからシャツを着替えて」

 有無を言わせず、流水の下に手を出させる。

 そうしてからサリーは、死体に近付いた。ダグの身体を浮かせ、刺さっていたビール瓶を引き抜く。

 床に投げつけた。瓶が砕け、細かなガラス片にかわった。

「何を⁉︎」

 サリーの目的をはかりかねたフェリスが、目を大きく見開いた。

「刺してしまったことに気が動転。思わず凶器を放り出した……ってとこかな」

 これで凶器に付いていた、フェリスの指紋がわからなくなった。

 死体の処分は意外とむずかしいから、隠蔽は最初から考えていなかった。正当防衛でぶつかるほうが勝算がある。

 フェリスでなく、自分がやれば。

「よく聞いて。あんたが持ち場を離れている間に、あたしがダグに会いにきた。話しているうちにもめて、激昂したダグから身を守ろうとして──」

「待って、それじゃあサリーが──」

「いいから、あたしにゆだねるの! あたしなら、うまくやれる」

 刑事のいいように言いくるめられることはない。留置所に入れられたとしても、自分ならどうにかなる。

 ルイ・コスギとそのバディには、死んだ男と因果関係があることをにおわせていた。動機があるから不自然にはならない。口論の挙句……という話がなりたつ。

 してきたもので、ダグを不利にすることもできる。こんな使い方になるとは思わなかったが。

 サリーは口を挟ませず、とるべき行動を指示した。

「フェリスはすぐ店から出て──」

 サリーの声を遮るように、慌ただしいノックの音が響いた。続いて、ドアが開けられる音。

 誰かが、店の中に入ってきた。

 ──まずった。

 サリーは、ドアの鍵に思い当たる。入ってきたままで、鍵をかけていなかった。フェリスのことだけで頭がいっぱいになっていた。

 声を落とし、フェリスの背中を押しながら言った。

「裏口から出て!」

「ダグがもう閉めてた。鍵は……」

 死体にむけて指をさした。

 足音がこちらに近づいてくる。鍵を探して開ける余裕はもうない。早口で言い含めた。

「フェリスは黙っていて。あたしが全部、話をつけるから」

 フェリスを調理場のすみに追いやり、出迎えた。


     *


 シフトが終わる直前に限って通報がはいったり、作業がスムーズに進まなかったりする。

 分署に戻ったルイは報告書で手間どっていた。

 売人を逮捕したものの、どこにクスリを隠し持っていたかを思い出せない。逃げ回ったあげく抵抗する売人を制圧するうち、記憶のほうが消え失せてしまった。

 売人と一緒にいた客を捕まえたカルロスが、妥協案をすすめてきた。

「〝いつものとこ〟でいいんじゃないか? 雑魚の報告書に時間を使ってたらキリがないぞ」

 客のほうに注意をはらっていたバディも覚えていない。ルイは時計に目をやるとうなずいた。

「そだね。ギブソン巡査部長が突っ込まれたら、カルロスに言われたってことにしとく」

「そこだけ正直になるなよ」

 ルイは「ズボンの右側ポケット」と記入した。人間の九十パーセントは右利きだといわれているから、これで大体はとおる。汎用的な代案で、よしとしておいた。

 それでも一時間の超過だった。ロッカールームに飛び込んだ。

 フェリスのことが気にかかってしょうがなかった。

 最短時間で着替え、廊下を小走りしながらシャツのボタンをとめる。分署を飛び出した。

 車道へと身を乗り出して掲げた手で、初乗り料金二倍の指を立ててみせた。

 目ざといタクシーなら停まるはず。

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