Fan 〜わたしの推し〜




 もうすぐ夏になろうとしてるけど、わたしの心に太陽が昇らないんだ。


 こんなピクセルの荒い日々はなかった。もうすっごいの。最小単位のピクセルが仕事してない。わたしの思い出、この数ヶ月、画像が少なすぎてメモリーがあり余っている。


 だって、大好きなボーイズグループ、いち推しだったルース。彼が今年はじめから活動自粛じしゅくに追い込まれたんだ! 


 全わたしが泣いた。


 19歳で、身長180センチ、好きな色はブルー。オス感ダダ漏れパフォーマンスなのに、踊っているときの体の線が息をのむほど美しい。


 ステージで時おり見せるせつない視線とか、まさに文化遺産もののアイドルだったんだよ。

 彼をこの世に存在させてくれた神さまに、地球10個分くらいの感謝を与えたいって思っていた。それなのに、まさかの活動なし。


 闇が、どよよ〜〜んとおおっている。黒い影がわたしのまわりにくっついてる。

 ホラーか、まさかの、これはホラーか。


「いや、あんたの存在自体がホラーよ。額に黒い線、書いたげる」って、オタ友に言われてしまった。

「わたしの推しが、推しが」

「いったい、いつまで同じこと言い続けてるのよ。怖いわ」


 そう言っても、彼、デビューして、まだ一年だし、人気が出はじめたばかりだったから。

 それに、この推しが中学時代の同級生なんて、世界中のグッジョブ集めたような状態を誰も知らないでしょ。夢みたいだった。


 中学生の頃、彼を見るだけで日々が輝いてた。


 スポーツができて、背が高くて、顔は子犬系でむっちゃイケメン。キレイな顔立ちだから黙っていると冷たい印象だけど、笑うと顔全体がクシャっとして、すっごく無邪気になって、キュンキュンしちゃう。


 当然、ファンは多い。自転車で登校してくるだけで、女の子たちはキャーキャー言っていた。

 本人はまるで気づいてないようだったけど。

 

 だから、彼が大手芸能プロダクションにスカウトされたって聞いても納得できた。


「ねぇ、彼、アイドルグループでデビューするって噂、聞いた?」

「え? 学校はどうするの。まさか、やめるの?」


 中学3年頃の話だ。心臓が止まるかと思った。


 噂では大手プロダクションの練習生になったらしい。

 中学卒業後は芸能関係者が多い学校に進学して、映像やステージ以外では会えなくなった。


 ま、わたしって根暗だし、ほら、クラスでも空気ちゅうか。みんな、普段はわたしのことなんて気づいてなくてさ。


 だからキラキラ陽キャの頂点男なんて、まったく世界が違うっていうか、そこはわかっていたんだ。でもね、あなたの存在自体がわたしの日々の輝きなんだ。

 

 生まれてはじめて知った神聖な推し。存在自体が尊くて、見てるだけで幸せをもらった。


 彼に会いたくて、必ずステージに行った。まだ、人気がないころはチケットを取るの簡単だったけど、だんだん難しくなった。コロナのせいで、ライブ開催が難しくデビューが遅れた。


 推しは、そこでも太陽のように輝いていた。グループ内でも誰よりも声援が多く、みなが「ルース!」って叫んでいた。


 こんな場所では、わたしってアウェー感、半端ないけど。もう口がメガホンかってくらい彼の名前を公に叫べるステージって、なんて最高だったろう。


 スポットライトが彼を照らし、客席ではみながペンライトを揺らしている。


 輝く彼、わたしの神。




 幸せな一年が過ぎたある日、SNSで彼の誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうコメントが出たんだ。


『ボーイズグループのセンター、ルースから暴力を受けました。中学1年の頃、私をイジメた彼がアイドルとして画面に出ている。それを見ると、当時のことを思い出して辛いんです。死にたくなります……』


 長文でコメントは更に続く。内容は当時のことを詳細に書いたものだ。


 当初は誰も注目しなかったけど、コメントが出て一ヶ月後、ボーイズグループが新人賞を取りそうなると、それがひとり歩きしはじめたんだ。

 流れにのって、まったく事実じゃないフェイク記事もSNSで炎上するようになった。ツィッターの上位コメントにランクインするのも時間の問題だった。


 内容は暴行されたとか、殴られたとか。どんどんエスカレートしていく。


 ルースは繊細だって知っている。どれだけ心が傷ついているだろう。


 わたし、同級生だったから当時のことをよく知っているんだ。


 最初のコメントにあった事件。実際は女の子たちが言い争いして、だんだん興奮して平手打ちしたときには、クラスの誰もが(誰か止めて)って感じたと思う。


「やめろよ!」って声が響いた。

「殴るなよ。おまえ、ひどいな」


 ルースが仲裁ちゅうさいに入ったんだ。


「何よ、ルース。あっちの肩をもつの?」

「ちげえだろ。叩くなって言ってんだ」


 彼は怒り狂った子を責めた。

 その子、ルースが好きだったから傷ついたんだと思う。

 

 それは陽キャたちの争いだ。わたしから見たら眩しい世界で、あんまり関わりたくなかった。


 彼が活動自粛となった問題は、この時のことだ。確かに彼も興奮して、ひどい言葉を使ったけど、それって、お互い様っていうか。売り言葉に買い言葉ってやつだった。

 他の子たちも、いろいろ言って口喧嘩が広がったんだ。


 SNSって、ほんと怖い。

 有名人だからって、すべてルースが悪いことになった。


 ちがうよ!


 あの頃はクラスが荒れていたけど、ルースが先頭に立ってた訳じゃない。みんなお互いに言い合いしてたのに、それが、ひとり彼だけがイジメてたなんて。ぜったいに違う。


 酷いことが次々と書かれて、あきらかなフェイク記事まであった。

『ルースに暴力ふるわれ骨を折ったとか』『警察沙汰になった』とか、そんなことまで書かれた。


 完全な嘘だって、わたしは知っている。もしそんなことがあれば、さすがにクラスで知らないなんてことはないし、警察沙汰なんてなかった。

 みんな普通に学校に通っていた。


 彼、今頃、どんな思いでいるんだろう。

 

 ダンサーとしてもラッパーとしても歌手としても、ほとんど寝ずに努力していたのに、その努力がすべて消えてしまった。


 中学3年の頃、練習生になって、猛練習して、寝ないで学校に通っていたのを知っている。卒業するまでの数ヶ月、毎日、そんな努力を繰り返していた。疲れきって机で熟睡する顔は本当に神々しかったんだ。


 かわいそうなルース。


 わたしが彼のためにできることがあるだろうか。

 こんな、陰キャのわたしにできることって。本当に小さな力だけど、怖いけど。


 彼のために強くなる。


 永遠にルースを思う、そんな片思いだけど。

 推しは尊いから、勇気を出したい!


 ……怖いんだけど。


(つづく)

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