キュゥルルルルルッ! Let's go!!

雨 杜和(あめ とわ)

Fallen hero 〜堕ちたアイドル〜




 人がオレを裁くんじゃねぇ。オレが裁くしかないんだ。


「さあ、飛ぶぞ」


 キュゥルルルルルッ!


「もう一回だ」

「かったるい……な」

「Let's go!!」

「チッ」


 ダンストレーナーは鬼だ。

 どれだけ踊っても、「オッケー!」とは言わない。


 膝あげて、両手ついて、汗が飛び散って、床にシミつくって、呼吸があがりまくって、それでも、まだまだ、ダメ出しがくる。


 ダン、ダン、ダン!


 右足で床を蹴っ飛ばすように叩き、次の動作にうつる。

 オレの出す音がフロアに響きわたる。


「いいか。勝負は一回きりだ。これで復活するんだろ、踊れ! 死に物狂いで踊って踊って、歌って、世間をねじ伏せろ。行くぞ、もっと、なめらかに筋肉を動かせ。リズムリズム……。そこだ、しっかりストップしろ、足りねぇぞ。腰を入れて0秒だ! 今回だけは、0.1秒じゃ許されないんだよ。バキッとやらんか!」


 わかっているさ。

 おれは謹慎中きんしんちゅうだから。カムバックしたときには最高だと世間に認めさせろってんだろ。


 そうだ、わかっているさ。リズムにあわせて筋肉を限界まで動かす。


「胸のヒットが弱い。もっと強烈に打て! ほら、そこだ、ドン!」


 ステージに立つのは半端な気持ちからじゃない。カッコだけなら、半端だって思うかもしれないけどさ。


 気分次第でアイドルやめたいなんて、なめとんだろ?

 ああ、そうだ。なめたいんだよ。

 あったま、イテぇ。


「キュゥルルルルルッ!」


 心が鳴いている。音が迫ってくる。

 今日で完徹2日目。

 なんか、ぶっ飛んでるな。ふっわふわって、体が宙に浮く。


『いいよな、才能がある奴って』


 オレはよくそう言われた。でも、そういうのが一番、ムカつく。

 どんだけ努力してるかなんて誰も見ていない。死に物狂いで必死にがんばってんだ。その努力をかってに才能にすんなと思う。


 もっと上へ、もっと先へと地味に血へど吐いてる。


 音源さがして、音出して、音探して。踊って踊って、吐きそうになるまでダンス、ダンス、ダンス。ガタのきたスタジオで、鏡を見てるとオレがいる。


 汗が吹き出し、髪が額にへばりついて。

 オレの目はギラギラ輝いている。

 この顔がいいと、みんなが騒ぐ。


「超イケメン!」 

「顔面天才!」 


 いや、これはオレじゃない。

 音に憑依ひょういした怪物の顔だ。


 歌って、踊りまくる。

 ああ、オレたちの曲、聴いてくれ、踊ってくれ。フォローしとくれよ。もっとPVまわっていいぞ。まだ少ない。もっと、もっとだ。



 ほら、怪物が鳴く。

 キュゥルルルルルッ!



「終わったな」


 オレが言う。


「いや、まだ終わらない」


 オレが答える。


 過酷なオーディションを勝ち抜いたオレは、一年前に新人ボーイズグループの一員としてデビューしたばかりだ。


 その後は順調すぎてマジ驚いたけど。オーディションから人気が出て、あっという間にミュージックチャートを駆け上がった。仲間たちとも最初はギクシャクしたけど、今じゃ家族みたいに親しい。


 それは幸運だって。ヤバイくらい幸運だって知ってるよ。

 そんなこと言われなくってもさ。

 幸運なのさ、オレは。


 だけど、トップに登ろうとしたとき、妙なことでつまづいたんだ。



 中学時代のことだ。

 中学一年って何年前だ? 七年前か。

 あの当時、オレたちのクラスは崩壊ほうかいしていた。オレだけじゃない。みんなこわれていたんだ。お互いに言いたい放題だった。


 どいつもこいつもすさんだ顔をして、愚痴ばかりで、息苦しかった。


 それが、今頃になって、

『あの子のせいで、わたしの一生が終わった。イジメられた傷が癒えない。そんな奴がアイドルなんて許せない。画面にあの顔がでるたびに吐きそうになる』なんて、SNSで書かれてしまった。


 それから、オレへのバッシングがはじまったんだ。グループでも人気ランキング一位のオレはかっこうの標的だったろう。

 ここぞとばかりに攻撃され、毎日、毎日、ガラスの破片で心臓をえぐられ、ズタズタにされる気分だ。


 釈明なんてできない。

 オレはアイドルだから、何を言っても言い訳に聞こえる。どうせ誰も信じてくれやしない。


「仕方ない。しばらく、休もう。会社としても、これ以上、無視できない」

「僕は……」

「おまえがイジメなかったという証拠がないのだ。やったことを証明するより、やらなかったことを証明するほうが難しい。詳細は調査しているが、しかし、証明は難しいだろう。実際、おまえが使った言葉もある。明らかなデマは裁判で対応するが、それも限界だ。このまま放っておけば致命的なダメージになるだろう」


 事務所の社長は、そう言った。グループが波に乗り、新人賞を取れそうなときだから、誰もが神経質になった。仲間に申し訳がない。マジでそれが辛い。


 悪いのはオレ……。子どもだった自分が悔やまれる。

 みんな同じだったなんて、そんなことは言い訳にすぎないんだ。


 悔しいが、どうしようもない。

 オレの愚かな言葉は消えない。いまさら後悔しても遅すぎる。


 キュゥルルルルルッ!


 それ以来。頭のネジが鳴っている。



 だから今日も朝まで練習する。毎日、スタジオから出ると、朝陽が目に痛い。

 これから、寮へ帰って寝る。

 そうだ、明日はきっと、もっといい日だ。


 音のネジを巻いていく。


 オレは負けない。


 地獄の前で、声を失い涙もなく。ただ、心だけがきしんでいる。


(つづく)

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