第65話 止まない不穏は焦燥を駆り立てる(2)


 河原で犬の散歩をしてる最中、突然入った元カノからの電話の内容は、和やかな夕暮れから太陽を奪い去ったように寒気を走らせた。

 彼女によると、和春がバイト先を訪れたのは13時を少し過ぎた頃。出勤して間もないりっちゃんが売り場にいたら、長めの黒髪をスッキリ整えた長身痩躯の男が近付いてきて、不敵に笑いながら「君がリズちゃんだね」と声をかけてきたと言う。相手に気付いて距離を取ろうとした彼女に、俺がどこにいるか教えてほしいと訊かれ、咄嗟に「知りません」と答えるも、向こうはまだ笑っていたとか。

 


「その時に彼は「こっちも見当がついてないわけじゃないから、黙ってるともっと面倒なことになるかもよ?」と、変な脅しをかけてきたんです。自信たっぷりな様子が不自然でした」


「うーん、尾けられてたとは思えないんだけど」


「あの、実家に隠れたと予想を立てて、SNSで探したのではないでしょうか?」


「SNS? 俺そんなにやってないし、鍵アカしかないよ?」


「私の名前が出た時点で思ったんです。何ヶ月も前のデートの写真、石切さんをタグ付けして載せたままだったのと、そのアカウントはってネームの鍵無しだったって」


「そっか、俺のページは閲覧できなくても、タグ付けされた別の人の投稿なら……まさか地元の友人とかの写真から!?」


「その可能性を考えてお伝えしました。私達の繋がりや名前も、SNSで説明がついてしまいますので」


「分かった、念の為りっちゃんのアカウントは鍵付けといて。あとは自分で調べるから。報告してくれてありがとう」


 

 通話を切った後で早速思い当たるアプリを開き、俺がタグ付けされてる写真を漁ってみる。ところがフォローしてる相手では、第三者から閲覧できるかどうかが判別しづらい。

 作業をしつつ、不安そうにしてる愛華さんにも状況を伝えると、彼女もすぐにアプリを開いた。


 

「そう言えばあたし達、メッセアプリしか繋いでなかったよね。あたしもほとんどSNSやらないけど、逆によかったかも」


「ん? どういう意味っすか?」


「ほら、蒼葉くんのアカウント名で検索したら、他の人がどの投稿まで探れるかすぐ分かる。橘さんを除けば、あと3人だけだよ!」


「なるほど! これで手掛かりになりそうなのは………げ、金山の奴、母校の写真まで載せてんじゃんか」


「高校のお友達?」


「えぇ、中高の同級生で、俺の高校ってチャリ通範囲なんすよ。ちょうどこの川と反対方面に向かった、2駅先の山の近くなんです」


「てことは、この金山くんのページで高校や地元の風景を知って、調べればある程度特定できちゃう?」


「駅周辺で遊んでる写真もあるんで、学校名や地名は簡単でしょうね。ただ近隣まで来たとして、家まで調べるのはさすがに……」


 

 それこそ詳細な情報を得るには、本物の探偵でも雇う他ない。離婚協議が劣勢になってると知り、躍起になって愛華さんの確保に動けばやりかねないだろうか。しかしそうなってくると、未だに浅間さん達を見張ってる理由が不明である。居場所の目処がついてるなら、この周辺に人員をいた方がよっぽど合理的だろうに。

 首を捻りながらも、とりあえず金山には「タグを外すか鍵を付けろ」と要求をメッセで送り、再び愛華さんと手を繋いで犬を歩かせた。だが腑に落ちない点はもう一つある。午前授業だった元カノは13時のシフトに入れたわけだが、なぜ平日の木曜に、役所の職員があのコンビニに来れたのかということ。これについては愛華さんから回答があり、市営の施設などを回る際、時折社宅近くも通るのだとか。


 ある程度の疑問が解消され、この日の晩に金山から俺のタグを外したと連絡が来た。手遅れである可能性が高いけど、用心するに越したことはない。

 奴が動くとしたら土日になるので、翌日からの週末の3日間、俺と愛華さんは実家の敷地から一歩も出なかった。

 


「うーん、不自然なくらい何も起きないっすねぇ」


「弁護士さんの方にも特に連絡はないらしくて、次の協議に向けて準備を進めてるって言ってたよ」


「こっちには和春を犯罪者だと主張する切り札もあるから、いよいよ諦めたか、もっと悪巧みする為の打ち合わせに時間を使ってるのか……」


「美里ちゃん達も変わりないって言ってたもんね」


「元々尾行は不定期だったんで、なんとも言えないっすけどね〜」


「てかさ、その貴船さんはなんでわざわざ場所の見当ついてるって教えてんの? 私はそれが一番不思議なんだけど」


 

 月曜になり、朝食を摂りながら愛華さんと話してたところへ、陽葵が割り込んできた。しかしながらその呟きは目から鱗で、当事者達は唖然として目を見合わせる。そんな俺達を見兼ねた妹は、呆れ顔で指摘を付け加えた。

 


「その様子じゃ考えもしなかったみたいね。本当に目星がついてたら、口に出さずに立ち去るのが普通でしょ。でも実際SNSから範囲を絞ってそうだし、一般論が通じる相手でもないんじゃない?」


「ははぁ、おっしゃる通りにござりまする陽葵殿。して、敵の狙いは如何なるものかと推察できますか、わたくしめにも知恵をお貸しくだされ」


「キモ……それが分かったら苦労しないんだけど、兄貴達が何をしたかが関係あるんだろうね」


「と、申しますと?」


「普通に喋れし! だからー、あえて言ったならレスポンスを見てんじゃん。直接聞いた元カノさんか、間接的に伝わる兄貴や明月さんの対応によって、相手は得るものがあるんでしょ?」


「な、なるほど。金山にタグ消してもらって、あとは引きこもりと化しただけかな」


「タグかぁ……つまりそれらの情報が重要だって教えたようなもんだね」


 

 俺と愛華さんは再び見合わせていた。捉え方によってはそうなるし、その行動を取るように仕向けられた気がしてくる。だけど高校が確実だと判明したところで、次の段階へと進めるわけではない。実家の住所を掴む手掛かりは足りてないはずだ。

 ブツブツ思案を巡らせてると、制服姿の陽葵が曇り気味の表情で家を出た。頭の足りない兄を心配したのだろうが、近隣を出歩く家族の方がよっぽど危険かもしれない。

 ため息を漏らしてた俺の頭は、愛華さんの手でそっと温められた。

 


「みんなのことが心配だよね。弁護士さんに、早めに次の協議をしてもらえるよう頼んでみるよ」


「はい。ただ奴の行動って恐らく独断ですよね。なんか弁護士にやり取りさせてるのも単なる時間稼ぎで、なりふり構わず突撃して来そうな予感がします」


「んー、じゃあ示談への誘導をやめて、すぐに被害届を出した方がいいかな」


「え、でもいいんですか?」


「あたしも意地張ってる場合じゃないもんね」

 

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