第62話 ここまで順調に思えていたけど(1)

「蒼葉くん、どうしてキミのご家族は、みんなキミみたいにあったかい人ばかりなんだろう……?」


「そもそも逆なんですよ。こういう家族の中で育ったから、俺がこうなった。あなたが求めてるものはここにあるんです」


「お、いいこと言うじゃないか長男よ!」


 

 愛華さんの涙がようやく収まり、綺麗な花火を眺めつつ語っていると、隣にドッシリと座り込んだのは父である。焼きそば作りを終えてから酒を飲んでたのか、若干顔が火照り気味だ。

 


「私は常々つねづね蒼葉に言ってきました。今の日本は食い物に溢れてるから、ただ生命を維持するだけなら困ることはない。そしてそれは仕事という観点から見ても同じだと」


「仕事にも困らず、生きていけるってことですか?」


「端的に言えばそうですね。働く意志があってごのみしなけりゃ職にはける。しかし、くだらない所属感やちっぽけな貢献感を得る為に就職する人間が多過ぎる。それは生きる上での本質的な目的ではない」


「なんだか深いお話ですね。私だったら生きる目的は……今は蒼葉くんといることしか考えられません」


「それが正しいのですよ。生物である以上、己を研鑽けんさんして成すべきは子孫繁栄。ただし人間の場合は少々複雑なので、最愛の相手と添い遂げることこそ、勝ち組の条件でしょう」


「父ちゃんその話好きだよな。まぁ愛する人と結婚して、四人の子供と自分の母親を支えてんだから、明らかに勝ち組だけど」


「まだ分からんぞ? 死ぬまでに見限られる人間に堕ちれば、負け組に成り果てる。とりあえず何を伝えたいかと言いますと、拘りの薄い職に就く努力をするより、拘われる良い人を見付ける努力をした方が、人生は余程充実していくということです!」


 

 自信満々に言ってのけたが、結構な反感を買いそうな持論なんだよな。40代や50代になって仕事も金も有るのに、独り身で暮らす社員とかを見てきたからこそ思うんだろうけど、パートナー以外を生き甲斐にする場合もあるんじゃないかって疑問は残る。けれども父ちゃん曰く、スポーツ選手もアーティストも、自分の遺伝子の優秀さをアピールしているらしい。優れた相手と巡り会いたいからこそ、職業という表現方法はこんなにも多岐たきにわたり、人々は切磋琢磨して繁栄してこれたんだそうだ。

 なんにせよ、俺は愛華さんと出逢い、以前より真剣に生きようとしてるのは間違いない。これが石切いしきり天禄たかよしの教育の賜物たまものなのだろうか。

 父ちゃんは俺と愛華さんをじっくり見比べながら、最後にもう一言残していった。

 


「第一段階であり、最も大きな壁をクリアした二人にとって、道はいくらでもある。ただこの時の命を繋ぐも、60年後、80年後に向けて更に邁進するも、君らの自由だ。二人の人生が幸福に満ちることを、親として願っている」

 


 どうやらエールを贈りたかったらしい。縁側から立ち上がり、眼鏡の位置を直してから去っていく父親の背中は、いつにも増して誇らしげに見えた。


 それから何事も無く日々は流れ、実家に来て1週間目となる今日、すっかり慣れた愛華さんは率先して家事をやっている。もちろん俺も呑気にはしておらず、夏休みを終えた学生達の代わりに大忙しの毎日だ。

 


「蒼葉ー、廊下の掃除が済んだら、庭の植木の手入れをお願い。高枝切りバサミの場所は分かるわよね〜?」


「おう、了解したぞ母ちゃん」


「ねぇ蒼葉くん、湊斗くん見てない? 学校から帰ってきたんだけど、部屋をノックしても反応がなくて……」


「あ〜、そういう時は大抵ロフトでゲームしてますね。ヘッドホン付けてるんで、音や振動に全然気付かないんすよ」


 

 愛華さんを連れて三階に上がり、右奥の男兄弟の部屋を開けるも、誰の姿も映らない。しかし正面にハシゴが掛かる秘密基地みたいなスペースに、チラッと脚らしき影が揺れた。ロフトの奥の窓際で、次男が寝そべってるのだろう。

 こっそり登って驚かすように指示を出すと、彼女はニヤリと笑って室内に忍び込んだ。

 


「ばぁっ♪」


「うひぃっ!? なになに!? ……って、愛華姉ちゃんかぁ。びっくりさせないでよもう」


「ごめんね〜。お母さんが湊斗くんのこと呼んでたよー」


「はーい。あ、そうだ、ここにも少し漫画あるけど」


「ホントだ! それより湊斗くん、驚かされても怒らないんだね〜」


「どーせ兄ちゃんにそそのかされたんでしょ。怒りを向けるならそっちだよ」

 


 小6のガキの割に鋭い。湊斗はバスケをやっており、俺も所属してた地元のクラブチームに入っている。どうやら母ちゃんの用件はシューズやボールの買い替えらしく、ついでに楓樹も連れて浮かれながら出掛けていった。

 婆ちゃんは昼から茶飲み友達の家に行ってる為、恐らく夕方まで帰ってこない。ということは、久しぶりに愛華さんと二人きりではないか。さっさと頼まれ事を片付けて、のんびりしようと考えてた矢先、ポケットの中のスマホがけたたましく叫び始めた。画面を覗くと、着信相手はご無沙汰の友人である。

 


「もしもーし? 電話なんて珍しいね〜」


「おー、蒼ちゃんおひさー♪ 愛華さんとは上手くやってるかーい?」


「うん。俺達の関係は変わりないし、うちの家族とも馴染めてるよ」


「そっかそっか〜、メッセの通りだねぇ。他にも特に異常ない感じ?」


「そうだね。そっちはなんかあったの?」


「んー……蒼ちゃんに確認しときたいんだけどさぁ、尾行してきた相手って、スーツにハット被った紳士っぽい人じゃなかった? マスクの隙間からヒゲもはみ出てて、パッと見中年くらいの男」


「あっ、それ! そんな特徴だった! もしかして浅間さんも尾けられたの!?」


「いや私は直接じゃないんだけどさ、店の外をウロウロしてんの見たのよ、今週入って2回ね」

 


 まだ見張りが継続されてると分かり、激しい胸騒ぎに苛まれる中、更に語られた向こうの状況に背筋がゾクッとしてしまう。

 


「私は変な人だなぁって思った程度なんだけどさぁ、どーも寒川さんは自宅付近までバレてるみたいでね、近所で何度か見掛けてるんだって」


「ガチで!? 俺が気付いた日も寒川さんと一緒だったから、目を付けられたのかぁ。実害はないよね?」


「それはへーき。むしろ接触してきて危ない奴なら、警察も動いてくれるし。てなワケで、キミ達にとってこっちは非常に危険地帯。どこで目を光らせてるか分かんないのさぁ」


「ごめんね、浅間さん達ばかりにリスク背負わせて」


「こればっかりは仕方ないでしょ〜」

 

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