第61話 虹色に灯された懐かしい耀き

「あっ、それじゃない兄貴? その隣のダンボール」


「お〜、あったあった。結構奥に埋もれてたんだなぁ」


「大きなバーベキューコンロだねー! よくお庭でバーベキューするの?」


「前は月イチくらいでやってたんですけど、積極的に後片付けするの兄貴だけだったんで、一人暮らし始めてからはほとんどやってませんでした」


「コゲは早く洗わないと落ちないのに、割と気にしないおおらかな一家なんすよねぇ」


「あははっ、食べることより他に関心が強い蒼葉くんらしいね〜」


 

 せっかく庭で花火をするなら、ついでに夕飯をバーベキューにしようと提案したのは、もちろんこの家の主である。肉食の湊斗は大喜びで賛成し、楓樹も楽しげな雰囲気に小躍りしてたので、反対票は投入されなかった。

 食材は買い足す必要が無く、準備すべきは機材やガーデンテーブルと燃料諸々もろもろ。外の物置に大抵の物は入ってる為、そこから引っ張り出した後は畳まれてるテーブルを広げるのみ。消火剤やバケツの支度に至るまで、彼女と妹との三人で事足りたのだが、ここで俺はとある重大なことに気がついた。

 


「愛華さん、俺の古いTシャツ貸しますよ。素敵な服に煙の臭いが染みちゃいますから」


「え、でも蒼葉くんの洋服が……」


「平気っす、あまり使わないのも多いんで。愛華さんはきっちり断捨離するから、不要な物が少ないでしょ?」


「ありがとう。じゃあお言葉に甘えるね♪」


「兄貴ぃ、余分にあるなら私にも貸してー」


「なんでだよ、陽葵は自分の服が部屋に大量にあんだろ?」


「片付けが面倒で、年末に結構捨てちゃったんだよねぇ」


「あらまぁ、そりゃ正しい判断だ」

 


 昨日から妹が妙に甘ったれに感じるけど、顔を合わせる機会が減って、心境に変化でも生じたのだろうか。以前からちょっと生意気なだけで、基本的にいい奴だったわけだが。

 汚れが目立たないように濃い色のカットソーを二人に手渡し、今度はキッチンから食材を運ぶ為に往復を繰り返す。同様に行ったり来たりする小学生達も、今回ばかりはキビキビ動いて頼もしい。母ちゃんは積み重ねた肉のトレーの前でトングをカチカチと鳴らし、まな板と包丁を手にした愛華さんがテーブルで野菜を切り始めた。その光景が一般的な嫁姑の関係を超えてる気がして、彼女の順応性の高さを実感すると共に、嬉しさのあまり頬が緩んでくる。

 火の粉を散らす網の上に一口サイズの生肉が乗せられていくと、たちまち群がり始める男三人。中でも次男はヨダレが垂れそうな口を半開きにしており、とても行儀が良いとは言えない。注意しようとしたら、奥にいる父親まで同じ顔をしていたもんだから、そのまま放置して愛華さんの隣に引っ込んだ。

 


「みんな幸せそうで、こっちまで幸せな気持ちになるね♪」


「そうっすね〜。俺はあなたがそう感じてくれることが、何より幸せっすよ」


「本音を言えば少し不安だったよ。蒼葉くんを巻き込んじゃったあたしが、受け入れてもらえるのかなって。杞憂だったけどね」


「俺も不安はありました。恵まれた環境に嫉妬させちゃったり、今までの苦労を否定されたように思わせないかって。でもあなたはお母さんとの時間をとても大切にしてたから、もうひとつの家族として馴染めるって、信じるしかなかった」


「信じて連れ出してくれたんだね」


「失敗しなくてよかったとホッとしてます」


「じゃあさ、これからもっと色んなもの見せてくれる?」


「えぇ。その為にもまず、俺自身が就職して身を固めないとですけど」


 

 肉も野菜もあっという間に食べ尽くされ、残るは数本のトウモロコシと、鉄板の上で湯気を立てる焼きそば。まるで縁日の出店に並ぶ品々だが、俺はどちらかと言えばこっちが好みだ。

 すでに食休みに入っていた父ちゃんは、母ちゃんからステンレス製のヘラを受け取り、何やらコソコソと打ち合わせをしている。

 


「あとは私がやっとくから、そろそろ陽葵と愛華さんを連れてやろうか」


「じゃあお願いしようかしら。愛華ちゃん、ちょっと一緒に来てくれるー?」


「はーい、なんでしょうか?」


「えー、私はそんな気合い入れたくないんだけど〜」


「今年はお祭りも行ってないんだから、花火の間だけでも気分を味わいましょうよ〜。陽葵だってとっても似合うんだからぁ」


「愛華さんとじゃ引き立て役だし」


「そんなことないぞ! 父さんは陽葵を愛でたい!」


 

 クリっとした目をぱちくりさせ、わけも分からず母ちゃんに手を引かれて家に入る愛華さんと、ブツクサ言いつつ従う陽葵。会話内容からと予感していたが、15分程で出てきた二人の姿を目の当たりにして、思わず言葉を失い放心状態になってしまった。

 


「見て見て蒼葉くん! お母様にお借りしたんだけど、すっごく可愛くない?♪」


「地上に舞い降りた女神様かと思いました。めちゃくちゃ浴衣似合いますね! お団子にした髪型もガチで美しいっす!」


「ありがとー♡ ピンクの生地に白の花柄なんて、上品で素敵だよね〜♪」


「うん、それを纏った愛華さんが何よりも可愛い。本気で目が離せませんよ」


「ちょっと兄貴〜、目付きエロいんだけど」


「陽葵はやっぱ黄色が似合ってるな。我が妹ながら、お前もかなりの和風美人だよなぁ」


「あ、ありがと! に褒めてくれて」

 


 一家揃って二人の浴衣姿を眺め、和やかなムードに浸っていた。

 愛華さんと縁側に座り、父ちゃんが仕上げた焼きそばを一緒に食べてる頃、辛抱できなかった末っ子が婆ちゃんと妹を巻き込み、本日のメインディッシュを広げている。ロウソクに火が灯ると同時にパチパチと炸裂音が鳴り出し、色鮮やかな閃光が庭の一部をまばゆく照らす。

 激しく燃える三本の花火を手にしたちびっ子は、白煙の筋を伸ばしながら、嬉しそうにこちらへと駆けてきた。

 


「色んな色になってすげーだろこれ! 蒼にぃと愛華ねぇねの分も持ってきた!」


「ありがとう楓樹くん♪ とってもキレーだね〜♪♪」


「おう! でも家じゃちっちぇーのしかできねーからさ、来年はオレも浴衣着るから、愛華ねぇねも一緒に三尺玉見に行こうぜ!」


「え……? 来年もあたし、楓樹くん達と花火見れるの?」


「あったりめーだろ! 昨日より今日のが愛華ねぇね楽しそうだし、一年経ったらもっともっと楽しくなってるぞ!」


「………うん」


「ありがとな楓樹。愛華さんの分も俺が一旦預かっておくよ」


「うん、分かった!」



 弟が去った後も彼女は顔を上げられず、両手で覆ったまま浴衣に涙を零している。純粋な子供の率直な言葉は勘繰る必要もなく、余計心に沁みたのだろう。

 

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