第54話 騒々しくも晴れ渡る幕開け(1)

「正面のマンションより手前の、黒い車を停めてるとこ、あれが俺の実家です」


「えっ、あの白いお家?? すごく立派なお宅だねー!」


「橘家に比べれば半分くらいっすけど、家族七人でも充分な広さだったんで、結構なもんですね。まぁ、警視庁勤めのキャリア組は比較対象として悪い上に、じゃ父親の出世も危ぶまれるけど」


「あはは、橘さんのこと根に持ってたんだね〜」


「昨日の事実はさすがに……もう引っ掻き回さないでほしいし、余罪が無いと願いたいっす」


「ん〜、ちゅーしよっか♡」


 

 前方に小さく石切家が映る中、周囲に人目がないか確認した愛華さんは、苛立つ俺に優しくキスをした。それだけで強張った表情筋が緩むのだから、自分の単純さも大概である。


 今朝8時にホテルをチェックアウトし、このまま向かうと多少早い為、街並みをのんびり散策しながら行くことにした。GWゴールデンウィークにも帰省したので、4ヶ月足らずでは懐かしさもあまり感じないけど、隣で浮かれる彼女を見れば新鮮味はある。

 数日間浅間家に閉じ込めるしかなかったから、解放できてこちらまで晴れ晴れした気分。昨夜に引き続き天気も爽やかで、青空がとても広く感じた。

 


「あ、蒼葉くん、もっ、もうすぐだねっ!」


「あれ? 今になって緊張してます? 目の前だから実感湧いたとか?」


「うん……きっと大丈夫だって分かってるんだけど……」


「ここらで深呼吸しときましょっか——って、あそこにいるのは……」


 

 自家用車の脇から小さな頭部を覗かせた後、短い手脚を小刻みに動かして駆けてくる少年。見覚えのある半袖短パン姿だし間違いない。

 


あおにぃーーっ!」


「おーう、ただいまチビ助〜」


「チビすけじゃねぇっ!!」


いでっ! 悪かったって楓樹ふうき。でも的確にスネ蹴ってくんのは可愛げないぞ」


「蒼にぃが悪いんだろー?」


「へいへい、ごめんごめん。それより遊びにでも行くのか?」


「ちがーう。えっとー、お菓子?」


「お茶菓子が切れてたから、おつかい頼まれたんでしょ。ニワトリかお前は」


 

 更に奥から出てきたのは、黒髪を下の方で二つに編んだおさげ髪の少女。俺よりもつり目で生意気そうな表情は、昔からほとんど変わらない。


 

「オレニワトリじゃねーし!」


「あっそ、じゃーおサルさんかもねー。おかえり〜兄貴」


「おう、ただいま陽葵ひまり。おつかいってことは、母ちゃんなんかやってんの?」


「掃除中〜。例に漏れず、やりだしたら止まらなくなってる」


「なるほど、相変わらずだな。愛華さん、紹介します。妹の陽葵と三男の楓樹です」


「あっ、はじめまして、明月愛華です! しばらくの間お世話になります!」


「はじめましてー、石切陽葵です。至らない兄をお引き受けくださり、本当にありがとうございます」


「おい、なんで俺が厄介者みたいに言われてんの?」


 

 基本的に媚びたりせず、誰と接するときも平然と対応する陽葵は、落ち着いた姿勢で頭を下げていた。一方愛華さんはと言えば少々テンパり気味で、しどろもどろな様子が幼可愛おさなかわいく見える。そんな和やかさの中、今年7歳になったばかりのちびっ子が、斜め上に向けて人差し指を立てた。

 


「蒼にぃ、この人だれ?」


「まずは挨拶をしろっ!」


「いって〜。なんで殴るんだよ!」


「日本語通じるよなぁ〜クソガキ?」


 

 陽葵の拳骨げんこつをモロに食らった楓樹は、頭頂部の痛みを堪えながら俺の腰にへばり付き、姉に向かって負け惜しみに舌を出している。末っ子らしい気質だからか、懲りるということを知らない。このまま喧嘩に発展すればこっちが気まずいので、小さな弟を両手で抱き上げ、隣で苦笑する彼女の方に体を回した。

 


「ほれ楓樹、愛華お姉さんにしような〜」


「愛華お姉さん? この人、新しいねぇねになんの?」


「うん? んーー、そうなったらいいな」


「うん! 陽葵ねぇねと交換したい!」


「バカお前、そういう意味じゃねぇよ!」


「じゃあどーゆー意味だよ?」

 


 小1の純粋な疑問を解消する前に、妹の顔色を確認するのが優先である。目線を移した先の女子高生は殺気立ってるかと思いきや、意外なことに無表情でこちらを見つめてるだけだった。と言うよりも、会ったばかりの麗しの美女に興味津々らしい。ホッとしてる間に愛華さんから遠慮気味に声をかけ、どうにかイタズラ小僧ともやり取りを交わせていた。


 

「それじゃ兄貴、私はフウと買い物行ってくるから。明月さん、後でゆっくりお話ししましょうね」


「あっ、はい! ぜひぜひ!」


 

 陽葵から距離を縮めにいくなんて珍しい。礼儀はあるけどそんなに気遣いするタイプではないから、純粋に気に入る部分があったのかもしれないな。対する俺の彼女は妹にもガチガチだったけど、どうやってほぐそうか。

 


「えっと、陽葵はちょっと乱暴なとこもありますが、男兄弟に囲まれて逞しくなっただけなんで、基本的には大人しい奴ですよ」


「うん。若いのにしっかりしてて、変に固くなっちゃった。妹さん、高校生だったよね?」


「はい。高3なんで、杉本さんと同い年ですね」


「なんかお店の子達より大人だったなぁ。ちょっと美里ちゃんに似てるタイプかも♪」


 

 個人的には浅間さんと結び付かないものの、その感覚で交流すれば恐らく上手くいくので、あえて否定せずに話を合わせた。

 駐車場の横を通って奥の門を開けば、小さな庭の先に玄関がある。鍵がかかってた為インターホンを鳴らすと、ドタバタと階段を駆け下りる足音が鳴り響いて、扉が勢いよく開かれた。

 


「あれ? なんだ、陽葵じゃなくて兄ちゃんじゃん」


「よう湊斗みなと、久しぶりだな。陽葵の前で呼び捨てしたら怒られるぞ」


「分かってんならチクんなきゃいいじゃん——って、えぇっ!?」


「あぁ、紹介するよ。明月愛華さんだ。愛華さん、こいつは次男の湊斗です」


「はじめまして、明月愛——」


「ウ、ウソだ! なんでこんな………あ、蒼葉のクセにぃいーーっ!!」

 


 愛華さんが自己紹介してる途中で大声を上げ、玄関から廊下を跨いで階段を猛ダッシュしていく湊斗。なぜか小6の弟に呼び捨てされたが、上の階ではお叱りが轟いていた。



「母ちゃん、あれ絶対おかしい!! 蒼葉のやつ、騙されてるか金払ってんだよ!」


「お客様に向かって失礼なこと言うんじゃない!!」

 

「いってぇ!! だってあいつ、恋人連れてくるって話だったろ!? なのに変なんだって!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る