第51話 そして決行前夜に道は示された

 浅間さんのマンションから一つ離れた通りに降りて、周囲を警戒しながら目的地に到着した。バイト先で目撃した追跡者はもちろん、それ以外の不審な影も映らなかったので、居場所は掴まれる前だと願いたい。

 早速女性二人に帰り道での事情を伝え、みるみる青ざめていった愛華さんは料理の手が止まる。その反面、一番の被害である浅間さんは至って冷静だった。

 


「そろそろうちも潮時かぁ。職場に近いから、そのうち足跡つく覚悟はしてたけどね〜」


「ごめん。俺がいたから余計行動範囲を絞られたんだと思う」


「過ぎたことは仕方ないさぁ。あちらさんの数が読めない以上、うちから店までのルートは見張られてる前提で、その対策を練るしかないねぇ」


「僕の部屋は更に駅から離れてるけど、方向的には同じだから安全性が低い。まぁ逆方向は貴船家なんだけどね」


「そうなると、方角や距離が離れてるのは俺ん家か。荷物見付かったら終わりなのがなぁ……」


 

 相手がプロを雇っていないのであれば、県をまたいだ遠方にある実家までは探れない。頼み込んで明日連れて行くにしても、俺と浅間さんが日勤だから終わった後になる。安全策として愛華さんはこの部屋で待機させるしかなく、また俺達は通勤時も別行動ができない。八方塞がりの一歩手前であり、動くなら今夜、もしくは明日の夜にすべきだろう。明後日の終わりを待ち、予定通り土曜に逃げようなんて考えでは、鹿みたいにまた後悔しそうだ。

 しかし俺が決行日を早めたとして、残された浅間さん達がやはり心配である。常識が通用する相手ならともかく、それすらも期待できない。そんな懸念を察したかのように、愛華さんが静かな声で語り始める。

 


「あたしが言うと嫌味になるけど、二人はこれからもバイト続けられる? もしも目を付けられてたら、付き纏われたりあれこれ訊かれたりしそうで、イヤな思いするかも……」


「私らは自分でなんとかするし、何も知らないで押し通すよ。悪いことしてないって証明する為にも、愛華さんは被害を訴えて、ちゃんと離婚を成立させちゃいな☆」


「僕も同意見ですね。第三者に牙を剥くほど短絡的ではないでしょうから、最も危ういのは石切くんと明月さんに変わりありません」


「そうですよね……。あの人は学生時代から発想が特殊で、カリスマ的な魅力がある人気者だった。今でも人望はあるはずだし、考え方も手段も読めないから、注意は怠らないで」

 


 愛華さんが発した言葉に気休めは含まれず、友人達を信頼した上での、どうか無事でいてほしいという祈りのようだった。

 聞き届けた二人の微笑みを見た彼女は、隣に座る俺に目線を移すと、寝室に行きたいと呟きを漏らす。浅間さんに許可をもらってその場を離れた。



「やっぱりすごく不安ですか?」


「うん……どうしよう蒼葉くん。これで美里ちゃんや寒川さんに何かあったら、あたしどうやってお詫びしたらいいのか分かんない! 自分だけ逃げて、ホントにそれでいいのかな……?」


「俺も同じ気持ちです。だけどあなたの目的が果たされないと、協力してくれた意味が無くなります。二人とも逞しいんで、こっちはこっちでやれるだけやりましょう」


「……ごめんね。すぐ弱気になって、キミにも罪悪感背負わせちゃって、全部任せっきりの卑怯者みたいだよ」


「何言ってるんすか。みんなあなたを好きだから協力してくれるんです。常連さん達も心配してましたし、解決したら元気な姿を見せてあげましょうよ」


「うん。明後日には弁護士さんから連絡がいく予定だから、そこから交渉が始まればみんなに迷惑かけないよね」


「誰も迷惑だなんて思ってないし、今後も思ったりしませんよ」

 


 さながら迷える仔羊の懺悔に許しを説く神父にでもなった気分だが、俺もまた迷った挙げ句、散々壁に激突し続けてる身。とてもじゃないけど道標になんてなれやしない。だが支えになるというのは、一緒に迷いながら歩むことと変わらないだろう。そう自分に言い聞かせつつ、明日何してるか問う文面を母ちゃん、そして比較的返事の早い妹へと送り付けた。できれば暇を持て余しててくれとの念を込めながら。


 若干スッキリした面持ちになった愛華さんが料理を再開し、手伝いながら教わる浅間さんとのやり取りに、見てるだけで頬が緩んでしまう。

 完成間際の良い香りに包まれてる頃、スマホの通知音が流れた。それは妹からのメッセであり、無残にも俺の思惑を打ち砕く内容である。夏休みの終了が迫ってる為か、家族が各々遊びやら勉強やらにいそしむそうで、夕飯時まで誰もいないとのこと。これでは夜中に押し掛けるのは忍びない。一晩明かして早朝に出発するしかないのか。

 細目で首を捻る俺にポツリと助言したのは、共にシェフ達を眺めていた寒川さんである。

 


「金曜休めるんならさ、明日の終電間際に出ちゃって、向こうでビジホビジネスホテルにでも泊まれば? 時間や場所的に追うのは難しいでしょ?」


「ホ、ホテル………そんな選択肢があったとは……」


「この近辺に居座るよりはよっぽど危険が少ないよ。ただ万一追っ手がいた場合は一発アウトになるから、そこは充分用心して」


 

 一度乗り換えることも踏まえて、乗客が極小数になる深夜の車内であれば、尾ける人間がいても気付ける可能性は高い。実家付近なら俺のが土地勘があるし、手前で降りて撒くのも容易いだろう。すぐに金曜の予定を妹に尋ね、母ちゃんが在宅であるとの確認が取れたので、食事中に全員に向けて方針を伝えた。

 


「明日夜逃げのホテルで一泊、んで翌朝に蒼ちゃんの実家に避難かぁ。悪くないんじゃない?」


「でも蒼葉くん、当初は日曜日に行く予定だったよね? 2日も繰り上げたら困らせちゃうよ」


「そこは誠心誠意頼み込んでどうにかします。他にあてもないんで」


「僕もそれに賛成だけど、一つ注意点。尾行は必ず乗り換えの前に撒くこと。それより奥に絞らせたら、いよいよ実家まで特定されかねないから、2、3駅前じゃ手遅れだと考えたほうがいいよ」


「分かりました、肝に銘じておきます!」


「でたーっ。お調子者の蒼ちゃん、危なっかしいねぇー!」


「うぐっ、浅間さん辛辣だよ……」


「うそうそ〜♪ 私にできるのはここまでだし、二人ともしばらくバイト来れないでしょ? 遠くからでも応援してるよ」


「ありがとう。向こうで前のバイト先とか当たってみるけど、必ずケリをつけて戻ってくるよ。こんな終わり方は寂し過ぎるからね」


「本気で寂しそうにしないでよぉ〜」

 

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