第46話 だから朽ちても譲れない(2)

 杉本さんから奪うようにカゴを持ち去り、再び売り場をウロウロする長身の若い男。明らかに行動が不自然であり、接客をこなしながらも監視を外せない。会計待ちの列を捌いたタイミングで、レジに立ってる少女に声をかけた。

 


「杉本さん、俺が1レジに入るから、品出しメインで2レジのフォローを頼める?」


「やっぱりあの人、貴船さんのなんですか?」


「うん、たぶんあれだね。まだ裏に店長もいるから、万が一の時は呼んでもらえると助かる。店でのことは対応が難しいから」


 

 指示を受けてる彼女は、少し顔を右に回して売り場を気にかけてる。どうやらあの男の動向を窺ってるらしい。かと思えば、腰付近まである長いポニーテールを大きく揺らし、目の前の俺をキリッとした表情で見据える。


 

「せいっ!」


「ぐふっ!! ちょっ……あの、一体なに!? なんで突然??」


「弱気になってたら呑まれますよ? 石切さんは守るって決めたんでしょ? だったら情けない面しないでください!」


「……そうだよね。ありがとう、喝入れてくれて。やっぱ浅間さんの後輩だけあって、杉本さんも強烈だ——ぶふっ!!」


「先輩の悪口言ったら、石切さんでも許しません!」


「普通に痛いんだよなぁ……」


 

 小さな拳に腹部をズキズキするけど、ニカッと白い歯を見せたJKのおかげで、だいぶ目が覚めた。雰囲気が違うとか、対応が早過ぎるからと考えても、言動はお尋ね者のそれに他ならない。置かれた状況を受け入れ、冷静に接しながら相手の情報を一つでも多く手に入れる。今の俺にできるとすればその辺りだろう。

 数分経過し、店内が静かになってきた頃、何度もこちらをチラ見してた男は、思惑通り俺のレジへとやって来た。どことなく口元をヘラヘラさせて。

 


「いらっしゃいま——」


「お兄さん、って店員がどこ行ったか知りません? 家族なんですけど、いきなりフラ〜っと雲隠れしちゃいましてね」


「……スタッフのプライベートまでは存じません。また、プライバシーに関することはお答えできかねます。何卒ご容赦ください」


「へ〜、準備してたようなテンプレ文句ですね。でもあの子病気持ちでね、自傷や虚言癖があるんで心配なんですよ。ほら、心の病って最近よく耳にするでしょ?」


 

 平然と言ってのけた男の戯言ざれごとに、腹の内からフツフツと感情が煮えたぎってくる。どこまで愛華さんを侮辱すれば気が済むのか。彼女が死に物狂いで耐えてきたものを、病気だなんて吐き捨てたコイツの精神は腐っている。

 掴みかかりたくなる衝動は、腹筋を刺激する痛みに意識が向いて、奥底へと鎮められていった。

 


「申し訳ございません。事情につきましても把握しておりませんので、規定通りの対応とさせていただきます」


「そうですかー、残念。でも関係者はさんね。名前も知れたし、今日は良しとしますわ」


「……なんのお話でしょうか?」


「とりあえずレジ打ってもらえます? いやなに、うち社宅なんですよ。知らなかったですか?」

 


 そう言えば途中から失念していた。あの一帯にある何棟ものビルには、コイツと同じ会社に勤める人達が暮らしてるんだ。近隣は顔馴染みの行動範囲になるし、愛華さんが旦那以外の男と歩いてれば、耳に入ってたとしても不思議ではない。低く見積もっても、愛華さんは人の3倍は目立つ。逆を警戒するのは困難でも、周りからはすぐに気付かれるだろう。

 自分の迂闊さが身に染みるものの、一人二人の証言なら、こちらが持つ証拠の方が強く主張できる。品物をスキャンしつつ、皮肉交じりの警鐘を鳴らした。

 


「先程の心の病の件、事実でなければ名誉毀損に問われますよ? うちの防犯カメラは音声もよく拾いますので、注意を払うべきかと」


「それについても早急にあの子を見付けて、病院で診てもらおうと思ってるんですよ。今の所は行動とか調べると、思い当たる節が多くありましてね」


「それは失礼いたしました。以上5点で、お会計794円です」


「あーそうだ、愛華に会ったら伝えといてもらえます? うちの両親まで抱き込もうとすんなら、こっちも相応の手を打たなきゃだから、男に縋り付いて駄々こねんのやめなって。どうせすぐに直接会うでしょ?」


 

 その後俺は接客文言のみを使い、目を合わせずにやり取りを済ませた。

 最後の発言は俺に対する警告も含んでるのだろう。いや、ただの煽りかもしれない。どちらにせよ、奴の実家の件が出てきたのは、嫌な懸念が実現してしまった気分だ。まだ弁護士は動いてないはずだから、義理の両親との連絡が筒抜けになってる、或いは妻の手段を予想しただけなのか分からない。思い返しても断定できるセリフがなく、苛立ちばかりが募っていく。

 頭を掻きむしってると、サッカー台の向こうから元気っ子が話しかけてきた。

 


「ビンゴだったみたいですね、あの心の声ダダ漏れお兄さん」


「わざと聞かせてるんだと思うよ。他人の神経逆撫でしてたのしんでるね」


「でしょーねぇ〜、だから真に受けなくていいんですよ。それより石切さんって面食いですよねー。莉珠ちゃんからの貴船さんだから、結ばれなかったら次は浅間先輩ですか?」


「……えっと、杉本さんも俺をおちょくって遊んでる? 面食いかもしれないけど、次とか考えてないから」


「だったら堂々としてくださいよ! ちゃんと正面から向き合って、相手がどんな人間か掴めたんだから、石切さんは好きな人の為に頑張ってるでしょ!? 簡単にウジウジしない!」


「杉本さんって本当にいい子だよね」


「今頃気付いたんですかー? 人を見る目がありませんねーっ☆」


「それは……どうだろうね」

 


 2つ年下の女の子から励まされて、どうにか平常心を保って業務をやり終えた。

 退勤して店を出た際、どう行動すべきか悩み、どんよりした空を見て立ち尽くしてしまう。和春は俺と愛華さんの繋がりを疑っていた。だとすれば、仕事後に尾行してたとしてもおかしくない。興信所でも利用していれば尚更。

 結論からして、真っ直ぐ浅間さん家に行くのは最も危険な行為。かと言って自分の部屋に帰っても、そこには愛華さんの荷物があるし、出入りするのは避けられない。とにかく追っ手がいると仮定して動くべきだと考え、人混みである駅前の商店街をぶらついた。

 愛華さんに連絡すると確実に心配するので、ひとまずメッセしたのは浅間さん。現状を文字にしながら蘇ったひと言に、目の奥から涙が湧き出てくる。



「ちくしょう………苦しくても必死で生きてきたあの人を、まるで病んでる本人が悪ぃみてぇに言いやがって。絶対許さねぇぞ……」


 

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