第40話 ただ一輪の花の咲みを想い描いて
「この本を運んだら終わりですかー?」
「うん、この子はあたしが連れてくー♪」
「おぉ、横浜で買った等身大のぬいぐるみっすね。なんか久しぶりに見た気がする」
「独りの時はこの子を抱っこして寝てたんだよー♪ 蒼葉くんのことを想いながら♡」
マスコットキャラのグッズを抱えて口を隠し、目元が綺麗に微笑んだ愛華さんは、可愛すぎて上手く言い表せない。ちゃっちゃと荷物を車に積まなきゃいけないのに。
白浜海岸を後にして、運転を交代しながら約5時間。一旦俺の部屋に帰って土産や着替えを降ろし、なぜか捨てられずに溜めてた紙袋を大量に持って、夜のドライブへと洒落込んだ。実際には気の利いたイベントではなく、夜逃げのように愛華さんの私物を
他に居場所が無いことを考えると、彼女の所有物は割と少ない。洋服と漫画はそれなりの量だけど、あとは調理器具や化粧品とちょっとした小物程度。引き出しなどの大きな物は置いていくが、そもそも必要最低限しか所持してない感じである。
最後の袋を運び出そうとした時、彼女は寝室で立ち尽くしていた。
「愛華さん? あっ、そのドレッサーもですか?」
「うーん……結構重いし、蒼葉くんの部屋がだいぶ狭くなっちゃうから……」
「置き場は考えてあるんで平気っす! それに大切な物なんでしょ?」
「……うん。元々お母さんので、メイクもこの鏡の前で教わったの」
「めちゃくちゃ大事じゃないすか。腹いせに壊されたらおしまいなんで、持って帰りましょう!」
後部座席とトランクが8割方埋まり、助手席に座る愛華さんの膝にはぬいぐるみがある。1往復で済むとは思ってなかったので、嬉しい誤算だった。
俺のアパートに詰め込んでいくと、テレビ台や本棚近辺は足の踏み場も無い状態と化す。しかし寝床やキッチン周りはスペースを確保できたので、生活に支障はない。車もすぐ近くのコインパーキングに停められて、今日中にできることはあと一つのみ。
「愛華さん、最後の仕上げを始めます」
「うん! 晩ご飯のお買い物行かなきゃだね♪」
「そーいや晩飯もまだか。もう22時ですが、食材買えるとこあります?」
「んー、やってるスーパーもあるけど、この辺りのお店知らないからなぁ〜」
「たまには出前でも取りますか。仕上げはこれじゃないんで」
「えっ、ご飯より重要なことが残ってるの?」
とりあえず牛丼屋に配達を頼み、不思議そうにする愛華さんに目を合わせた。仲直りした後から、瞳がずいぶんと柔らかく見える。
「そっか! 今日は全然甘やかせてないから、蒼葉くんも甘え足りないよね!」
「うん、それも間違いじゃない。間違いじゃないけど今じゃない」
「えー、蒼葉くん成分が足りないー♡」
「はいはい、可愛いカワイイ」
「なんであたしが甘やかされてんのぉー?」
「話が進まないんですよー!」
「あははっ! 蒼葉くんおもしろーい♪♪」
「ふぅ。えーっとですね、荷物を預ける場所に当てがあります。俺の実家です」
「………へ? えぇ〜〜っ!?」
珍しく口を大きく開き、露骨に驚愕する愛華さん。その顔はみるみる夕日みたいに染まっていき、困ったように両手で頬を挟む仕草が微笑ましい。多少冷静になってこちらを向いた頃には、目が潤んで妙にあざとかった。
「あの……あたし達まだ交際3日目だけど、もうご両親に紹介してくれるの……?」
「んー、と言うより、この際使えるもんはなんでも使ってしまおうって腹です」
「で、でもさ、付き合いたてでお世話になるのも悪いし、図々しいお願いだと思うんだよね」
「その点は安心してください。父ちゃんも母ちゃんも事情を知ったら、『こんな息子で大丈夫!?』って、むしろあなたの心配をする人達ですよ」
意識を確認する為に彼女の前で手を振ると、急に吹き出して爆笑し始めた。ゲラゲラ腹抱えて笑う姿は初めてで、今度は俺が鳩になってるかもしれない。
「おーい、愛華さーん、戻ってこーい」
「ごめんごめん。キミが真顔で変なこと言うから、おかしくって」
「俺は思ったことを伝えただけなんだけど……」
「うん、知ってる。蒼葉くんは素直な子だもん♪ きっとご両親はユーモアがあるんだね〜」
「ん? まぁノリは軽いっすよ」
「そっか、会うのが楽しみになってきたよ♪ これから連絡するの?」
「そうだった。そこまでやって締め括りっす!」
ポケットからスマホを取り出した瞬間、後ろから熱烈な抱擁を受ける。肩の上を通って胸元で重なる腕は、徐々に包む力を強めていく。背中に密着する弾力感も気持ちいいが、ほっぺとほっぺのくっつく感触がもっと気持ちいい。
少し経つと満足そうに離れていき、連絡先の一覧から母親の番号をタップした。
「もしもーし? あんたから電話してくるなんて珍しいわねぇ」
「おう、急で悪いな。折り入って母ちゃんに頼みがあるんだ」
「それより蒼葉、ちゃんと毎日食べてるの? 節約の為に食事抜いたりしてないわよね?」
「問題ないって。てか俺の話を聞いてくれよ」
「あぁ頼み? 別に構わないわよ。金寄越せとか遺書書きたいってんじゃないならねー」
「サンキュ! 実はそっちで保管してほしい荷物があんだよ。彼女の服とか本なんかで、大した量じゃない。ついでに運ぶのに車も借りたいんだけど」
「あら、彼女できたの? それを先に言いなさいよ〜」
「ちゃんと紹介もするって!」
「置き場はあるけど、管理までは手が回らないから承知しといて。あとお父さんのお盆休み今日までだから、来るなら翌週の土日どっちかがいいわ」
「恩に着る! 日曜に行くって父ちゃんにも伝えといて」
「はいはーい」
我が親ながら、相変わらず面倒が無くてとても助かる。
数分でまとまった内容を報告しようと振り返れば、布団が盛り上がっていた。眠ったのかと思い慎重に捲ってみたところ、
「嫌なことでも思い出しました?」
「ううん、そーじゃないの。話し声でもお母さんと仲良しなの分かって、嬉しくなっちゃってね」
「そんなふうに聞こえました? まぁ、安心してください。両親が受け入れてくれるのは保証しますし、俺には妹どころか弟も二人いるんで、あなた好みの賑やかさっすよ」
「えっ、4人兄弟の長男なの!?」
「そっすよー。一番下なんてまだ小1なんで、可愛いもんです」
「そっかぁ、楽しい家庭なんだろうなぁ〜♪」
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