第41話 密かに焦がした感情は迸る(1)
「あぁ〜、久しぶりの運転楽しかったー!」
「あたしもー♪ 違う車種だと新鮮でいいねー!」
「そういや車はあるんでしたっけ?」
「許可取らないと使えなかったけどね〜。慰謝料とバイクはいらない分、車は譲ってもらわなきゃ!」
「財産分与の対象っすからね」
三連休の最終日。愛華さんの私物を昨日のうちに移動できた為、今日は日中が丸々暇になった。弁護士事務所もお盆休みで電話が繋がらず、ちょっと早めにレンタカーを返したので、二人で何をしようか相談中。和春が帰ってくるのは明日だから、のびのびと羽を伸ばすならこの日までだろう。だけど彼女の提案は予想の斜め上だった。
「蒼葉くんの部屋でゆっくりしない?」
「……なるほど。今後の出費に備えて、あえて出掛けないという方針っすね」
「あははっ、見透かされちゃった♪ もしかして行きたいとこあった?」
「いえ、長時間の運転続きで肩凝ってるんで、休息もありかと。結局昨夜もすぐ寝ちゃいましたし」
「だね〜。帰ったら二人でイチャイチャしよっか?♡」
「なん……ですと?」
言えるはずがない。都心にでも赴き、道行く男達の羨望を集めたかったなんて、言えるわけがない。いくら世界一の美人 (俺調べ)と言えど、断じて見世物ではないのだ。指輪を外した薬指の日焼け跡も、見ようとすれば見えてしまうし。
それにしても家でイチャイチャしたがる恋人って、可愛げあり過ぎるんだけど。すごく愛されてることを実感した。隣に目を向ければ、気付いた彼女の微笑みに酔いしれてしまう。
「んっ? なんか嬉しそうだね♪」
「そりゃあ嬉しいっすよ。愛華さんと手繋いでるんだから」
「あたしもだよ。蒼葉くんと手を繋げて、それを嬉しいって思ってもらえて♡」
「あぁもうっ、ガチで分からん! どうしてこんなに素敵な人が、散々な目に遭わされたの!?」
「それはキミ目線だからだよ。昔からそうだったもん。男子には遊んでる女って決めつけられて、女子からは媚びてるって言われて、そう感じさせる原因がたぶんあるんだよね」
それを世間一般では、偏見や
ちょうどバイト先の裏の方、駅から離れて人通りの少ない道を歩いてると、正面に見覚えのある服装が映った。
「え……? 石切さん……と、貴船さん?」
「……やっぱり、りっちゃんだったのか」
デートの際に2回ほど目にした、チェック柄で襟の付いたワンピース。その頃は今より涼しかったから、上にカーディガンを羽織ってたが、8月中旬となれば重ね着は必要ない。
反射的に左手を背中に隠そうとするも、愛華さんの握る力が強まって押し止まる。当然二人の結び目は元カノに目撃され、静かな通りの一部分が緊張感に包まれた。
重苦しい空気の中、ギュッと口を
「あの、白昼堂々と大丈夫なんですか?」
「あー……あんまり良くないから、近所では裏道とか通ってるよ」
「あんまりと言うより、どう見ても不倫ですよね?」
「これには色々とあって、一概に言える関係でもないんだ」
「では、離婚されたってことですか?」
りっちゃんの眼差しは疑心に満ちており、淡々と質問しながらも威圧感がある。それはそのまま愛華さんにも向けられ、鋭さを増していくものの、彼女達の応対は割と平和的だった。
「旦那にはずっと拒否されてたから、今は弁護士を挟んで協議の段取り中。あたしがしんどくなって蒼葉くんに縋っちゃって、外にいる時でも、いつも頼らせてもらってるの」
「
「本気だよ。あたしは蒼葉くんが好き。他の何を引き換えにしても、彼だけは譲れない」
「心構えの差を強調されなくてもいいですよ。私の言えた義理ではありませんが、相手方に知られれば、協議離婚が不利に傾く材料になり得るかと。外出時は特に注意すべきだと思います」
「う、うん。油断しすぎてたよね」
真っ当な忠告を受け、若干たじたじ気味の愛華さん。いつの間にか、りっちゃんの方が先を歩いてるような感覚になってくる。幼馴染との関係が、どんな弊害になるかも想像できなかった少女の姿は、もうそこには無い。
俺と愛華さんに交互に目を配った後、元カノはため息混じりに指摘を付け加えた。
「私が貴船さんのご主人と内通していたら、お二人はどうするつもりなんですか?」
「それは心配してないよ。仮に事実なら、君はいちいち動揺せずに報告して、俺達の関係を切らせようと動くはず。まぁ、君が他人を
「………石切さんは変わりませんね。今は
「だったら君の目を覚まさせる。加担してる人間が何をしたかを説明して、手を貸すことをやめさせるよ」
「そうですか……。初めから分かってたことですが、実際に鉢合わせてしまうと、やっぱり……身を焼く痛みがあって………逃げ出したくなりますね」
陽の光に照らされて青っぽく輝いた長い髪が、肩を落とした少女に合わせて低く垂れ下がっていく。彼女は声と拳を震わせつつ、最後のセリフを述べてる最中は、頭を上げて苦し紛れの笑顔を咲き散らした。
まるで仕返しのようになってしまい、爽快感とは程遠い。愛華さんの複雑な面持ちは心境が読みにくいけど、見据える先で再び
こちらに近付いて来たりっちゃんは、俺とすれ違う直前に一瞬だけ視線を重ね、儚げな涙声で呟いた。
「こんな気持ちにさせてしまったんですね……」
思わず呼び止めそうになるも、左腕にしがみついた愛華さんのおかげで、ギリギリの自制心が利いた。最早自制ですらないかも知れないが、とにかく同情しても逆効果だと思い直せたのだ。
残留した
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