第39話 翳りの中に彩りが瞬くような
左右に
渚に満ちた海水は雪のように白く、浅瀬から沖合に遠退くほど濃くなる
「3年前に見た沖縄の海より綺麗だな……」
「お、修学旅行? あたしも沖縄だったー」
「俺が行った時は台風が近付いてて、海が少し濁ってたんすよねぇ。愛華さんの時はどうでした?」
「うーん、熱帯魚っぽいのを見た気がするんだけど、あんまり覚えてないんだ〜」
時間経過で忘却する以前に、当時は最も悲嘆に
スカートを抑えながら屈んだ彼女は、手の中に砂を掬い取ると、瞳をキラキラと輝かせる。
「ちょー細かくてサラッサラだよー! 海も砂浜も幻想的で、すっごく素敵なとこだねー♪♪」
「そうですね〜。前回はここまで感動しなかったのに、隣にいる人が違えば、こんなにも変わるもんなんだなぁ」
「きっと幸せを感じながら見ると、世界が幸せな色に染まってくんだね♪」
「そうかもしれない……けどまだ足りないな。あなたにとってこれが当たり前になったら、ようやく因縁が断ち切れた証だから」
「蒼葉くん、いなくなったりしないよね?」
「俺はどこにも行かないよ」
「でもさっきの言い方、それで役目が終わりみたいに聞こえたから」
「……考え過ぎだよ。ずっと一緒にいるって約束したでしょ?」
「そう……だよね。変なこと言ってごめんね」
手を繋いでしばらく歩き回り、様々な角度から眺めた風景を、胸の奥深くに刻み込んでいく。写真に収めた彩りよりも、触れ合って伝わる心の色を鮮明に思い出せるように。
足跡をたどって引き返した石段には、見知らぬ
ホテルを立ち去る前、愛華さんから貴船の両親について聞かされた。
旦那の家族とは婚前に打ち解けていたらしく、二つ年下の義妹も含め、本当の家族のように感じてたと言う。むしろ彼らの存在が入籍を後押ししたほどだとか。そこまでは問題ないけど、和春からの仕打ちを、その人達にも隠し続けていたことが、彼女の闇の根深さを物語っていた。
対立する可能性を考えたのならまだしも、自分らのせいで悲しませたくないという思想は、常識から大幅に外れている。繰り返し否定されてきた経験から、受け入れてもらうことへの拘りが強過ぎて、大事なことを見失ってると思えてならない。
彼女に告げられる『好き』って言葉が、受け入れてくれたことへの感謝に聞こえてしまい、俺が抱く好意と噛み合ってない気がした。
「一人で実家に行くことはやっぱり反対?」
「えぇ。弁護士とも『コンタクトを取れたら報告する』って手筈だったんですよね? いくら向こうに圧力かけたくないからって、嗅ぎ付けた旦那に乱入されたらどうすんですか?」
「危険かもだけど、弁護士さんを連れて話し合いに望むのは、恩を仇で返す気分なの。きっとお義母さん達なら、あたしから真実を伝えるだけでも協力してくれるし」
「向こうの親を味方につけるのはありだと思う。でも難しい上にリスクの大きいやり方だから、それこそ慎重にやってほしい。単独交渉とか無謀だよ」
かれこれ4時間近くこの堂々巡りである。これだけはどうしても譲れないのか、最後は
時間が経つとまた確認してくるのも、そろそろ認めてくれるよね? って期待混じりだろう。さすがにあっさりとは頷けないよ。
気まずい空気のまま車に戻り、ぬるくなったコーヒーをひと口飲んで頭を鎮める。
旦那の呪縛が解けないうちは、自責の類いを否定しても逆効果だが、これに関しては彼女の性質による部分が大きい。大切だからと妥協ばかり重ねれば、また自分が苦しむ結末になると気付かせねば、俺の身が持たないんだ。
泣いてる姿も怯える表情も、できることなら二度とさせたくない。目の前にいなくたって笑っていてほしい。だけどそれは彼女も同じで、大切な人の為なら、意固地になってでも貫こうとする。どうしたら上手く伝わるんだろう。
ハンドルに額を当てて
「ずっとあたしを心配して、悩ませてるよね。キミを困らせたくないのに、家族として最後の相談になるって思うと、どうしても胸がチクチクするの」
「……分からなくもないから悩んでるよ。特に愛華さんにとっては、大きな存在だったんだろうなって。でも俺には、あなたを差し置いて優先できるものなんて、何もないんだよ」
「上手くいけば、みんなの傷が浅く済むよ?」
「そういうことじゃないでしょ。ハッキリ言うけど、あなたを苦しめた旦那はもちろん、その親族だって俺は一切信用できない。全員が悔いて謝罪すべきだと思ってる」
「そんなことされても、嬉しくないよ……」
確かにこの主張には、俺個人の憂さ晴らしが含まれている。しかしこれを被害者本人が俯瞰できてる時点でおかしい。本来であれば、ひと泡吹かせる意気込みでいてもいいのに。
洗脳下であるが故の彼女の加害者意識は、家族への情けという点でも浮き彫りになっている。一般常識を学び直させるくらいの覚悟はしてたけど、介入の余地すら無いほど強い支配かもしれない。
車内の蒸し暑い空気が輪をかけて息苦しくさせる中、悶々とした感情は瞬く間に吹き飛ばされていくことになる。
「このままだと、蒼葉くんにも見限られちゃうよね……」
「へ? いえ、それはないっすよ。どうしても守りたいから我を通してるんです」
「それを拒絶されて、嫌な気持ちにならない?」
「この程度の衝突で落ち込んでたら、あなたを支えてくのはムリでしょ。何度も喝入れてもらったように、俺も根気よくやりますよ」
「………そっか。うん、決めた! ちゃんと弁護士さんに連絡して、話し合いの日取りを調整する!」
「えっと……さっきまでの駄々っ子はどこ行ったんすか?」
「だってあたしに何かあったら、今度はキミが自分を責めちゃうもん。こんな思い、キミには絶対させたくない。あたしも蒼葉くんだけは守りたいんだよ」
どうやら愛の力は支配にも打ち勝つらしい。なんて安易には考えず、この件は最後まで見届けねばと感じながらも、強気な笑顔に惚れ惚れしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます