第35話 手探りだって信じていける(2)


「よく分かんないんだけどさ、流産した奥さんを責める時点でクズだし、挙句の果てにレイプしまくるってヤバい奴だよ??」


「過激だなぁ浅間さんは。まぁ、俺も本音を言えば、今すぐ締め上げて懺悔させてやりたいけど」


「あはっ、蒼ちゃんもガチおこ顔するんだ☆ それでも早く離婚できればいいの?」


「そうだね。愛華さんに必要なのは、安心できる環境と………支えになれる家族だから」


「ん、分かった。二人がそう決めたのならもうなんも言わない。そんでさ、未だに愛華さんが私の家に泊まるの拒否ってんだけど、なんで?」


「それ俺も気になるんだよな……」

 


 ビデオ通話を通して、旦那を訴える意思は無いと伝え、浅間さんに納得を得られた。しかし本題である避難場所の確保は難航している。

 20歳の二人から視線を浴びる年上女性は、気まずそうに俯いたまま動かない。なんだか可哀想になってきたので、優しく髪を撫でながら尋ねてみた。

 


「愛華さんは友達を巻き込むって部分で、やっぱり負い目を感じちゃうんですか?」


「………ううん、違う。そうじゃないの」


「言い難いことですか?」


「……ごめん、言えない」


「言えないっ!?」

 


 思わず漏れた大きめの声は、部屋を仕切る鴨居かもい長押なげし、敷き詰められた床のに染み込まれていく。心に蓋をした彼女は口まで結んでしまい、自分の頭を掻いてみても、解決策が浮かぶはずもない。

 その直後、テーブルからくぐもった感じのため息と、続けて投げやりな声が聞こえてきた。

 


「愛華さぁ〜ん、私に変な気ぃ使わなくていーんだけど。二人のこと応援するって言ったよね?」


「だって……そんなの美里ちゃんがツラいだけだよ」


「あーんもうっ! これ寒川さんにも説明すんの大変だったんだからぁー!」


 

 小さな画面の奥でもハッキリ分かる、気だるげで面倒くさそうな顔。

 両腕を持ち上げて背筋を伸ばした浅間さんは、ふさぐ愛華さんに呼びかけた後、落ち着いた雰囲気で語り始める。


 

「ねぇ愛華さん。私はね、二人に幸せになってほしいんだよ。特に蒼ちゃんにはさ、橘さんの時だって背中を押したし、この立ち位置も悪くないなぁって思ってたから」


「そんなの嘘だよ、見てれば分かるもん。美里ちゃん、時々すごく切ない顔してるから……」


「愛華さんに比べれば、私の悲しみなんて可愛いもんでしょー。別に傷つけられてないし、自分で決めたんだからさ〜」


「………じゃあ、これからもあたしと友達でいられる? 蒼葉くんの彼女でも、普通に接していけるの?」


「んあぁ〜メンドいなぁこれ」


 

 内容が全く理解できず、置いてけぼりを食った俺だが、気まずい空気だけは察知できた。

 そろ〜っと立ち上がって、トイレにでも逃げようかと試すものの、シャツの裾をガッツリ掴まれて身動きが取れない。振り返った先でギラりと光る眼光は、先程までのしょぼくれた様子と真逆ではないか。

 愛華さんから半強制的な指示を受け、左隣に正座して二人のやり取りを静観した。


 

「愛華さんはさ、私にどうしてほしいの? ズッ友でいられるよ?」


「それで美里ちゃんだけに無理させるなら、そんな関係あたしはヤダ」


「割と頑固だねー。無理してないって」


「でもさっき悲しいのは認めたよね。寒川さんにした説明、あたし達にもしてよ……」


「はいはい……。石切さんが彼氏だったらなぁって、ずーっと思ってました。でも1年くらい前に、私には恋愛感情より友情求めてんだって分かっちゃったから、それなら良き理解者でいようって決めました。はい終わりー」

 


 あっけらかんと打ち明けられて、イマイチ飲み込めずにいる。その頃は確か浅間さんが学校の友人に告られて、色々と相談乗ってるうちに付き合いだしたはず。なんで俺の恋愛感情云々うんぬんが出てくるんだろう。

 腑に落ちなくて首を傾げてると、突然痛ましい泣き声が耳に届いた。

 


「私に言わせてどうしたいのさぁ? なんでわざわざ傷を抉るようなことすんの?」


「浅間さん、俺なんも気付かなくて……」


「蒼ちゃんは同情しないでよ! 同情なんてしたら、キミは頼ってくれなくなるじゃん……!」


「そーゆーのがイヤなの。美里ちゃんのやり方は間違ってるよ!」


「ねぇ、もーいいでしょ愛華さん? 協力しようとしてんのにさ、なんで私が責められてんの!?」


「蒼葉くんが無自覚に友達追い詰めてるとこなんて、苦しくて見てられないよ!! あたしの大切な人を傷つけないで!」


「なにそれ!? もう自分のだから、他の女は近寄るなって言いたいわけ!?」


「そんなこと言ってない! 気付いた時に彼がどうなるか、美里ちゃんなら分かるよね!?」


 

 俺は今、何を見せられてるんだろう。浅間さんの泣き顔なんて初めてだし、愛華さんの必死さも尋常ではない。呆気に取られてる場合じゃないのに、仲の良かった二人が俺を挟んで口論してる状況が、現実として受け止めきれない。

 胸の中では止めに入りたくても、動揺し過ぎて行動できずにいた俺は、すぐそばにいる人を見るなり咄嗟に肩を押さえた。目にいっぱいの涙を溜め込み、俺や浅間さんを守る為に全力でぶつかっている。そんなふうに思えて、仲裁せずにはいられなかった。

 


「落ち着いて愛華さん。浅間さんもごめん、ちょっとキツい言い方されてたね」


「あのさ、全然分かんないんだけど、なんで私が愛華さんに怒られてんの?」


「抱え込む辛さを知ってるからだよ。俺達の為に君だけが複雑な思いをして、それに後で気付くパターンは間違いなく最悪だった」


「それってもう私要らないじゃん。ソフレも不要になって、なんも助けになれないじゃん!」


「そんなことないよ。浅間さん、俺の彼女を一緒に守ってくれないかな。こんなこと、信頼できる君にしか頼めないんだ」


「……いいに決まってんじゃん。二人は私の友達なんだから」


「ありがとう。詳しくはあとで連絡するよ」


「おけまるー」


 

 通話を終了させた途端、黒いガラス面に映されたのは、古風な欄間らんまとポカンとした美人の横顔。と言わんばかりに、愛華さんは懐疑的な目で俺を凝視していた。

 


「……なんで? 全部知ったら、キミは絶対嫌がるって思ったのに」


「多少胸は痛みますが、浅間さんを蚊帳の外にするのはもっと嫌です。それに最優先は、あなたの安全確保なので」


「あたしの為なら、友達にも無理を強いるの?」


「愛華さんは自分のことになると、やたらと難しく考えがちですよね。友達だからこそ意思を尊重したい。信頼できるからこそ力になってほしい。シンプルにそれだけですよ」

 

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