第22話 いつもと違ったそこの景色(1)


「その様子だと、りっちゃんは幼馴染の彼とも変化があったんだろうね」


「はい。揉めたりもしましたが、ある程度落ち着くところまで話し合いました」


「揉めたんだ。現状ではどう折り合いをつけてるの?」


「彼の見解で一理あると思ったのは、石切さんが友人同士のコミュニケーションだと受け取れるのが、どこまでなのかを把握するところです」


「なるほど。基準があれば、それを踏み越えない付き合い方ができるってことね」


「その通りです」


 

 りっちゃんを家まで送る途中、話題は必然的に破局の原因、そして今後に関する最重要事項へと移った。

 彼女の行いを罪だと咎めた俺は、今や指摘できる立場にない。認めた上で変わることを選び、想いを枯らせずにいる彼女に対して、なんてもってのほかだろう。限界まで向き合ってから自分なりの答えを導くのが、俺に与えられた課題タスクである。

 


「極端に言えば、恋愛感情に発展する可能性がある相手とは、二人きりで会うのも認めたくない。どんなキッカケで心を許してしまうかも分からないからさ」


「つまり石切さんは、男女間での友情は成立しないという考え方ですか?」


「一概には言えないけど、難しいとは思ってるよ。どちらかが特別な感情を抱いてしまえば、無下にできなくなるでしょ?」


「それって貴船さんの主張を否定してませんか?」


「うぐっ、確かに……。ただあの人の場合はパートナーがいるから、他の異性との友情が成り立つわけで——」


「それと私の二股とでは何が違うんですか!? 私には、彼女がなんの下心もなく石切さんに近付いてるとは、到底思えませんでした!」


「……そんなことないよ。俺と貴船さんはあくまでも友達だから」

 


 胸が張り裂けそうだった。りっちゃんが必死に訴える気持ちはよく分かるし、納得なんてされるはずがない。俺も自分に嘘をつく度に、魂がり減っていく気分。あの人の為になるならと決意したことが、結果的に周りを傷つけてるのに、見て見ぬふりをしようとしてる。


 本当にまかり通ると思ってるのか? 誰かの想いを踏みにじって、そんなやり方で愛華さんを幸せにできるのか?


 りっちゃんの意見と己の発言により、瞬く間に迷いで塗り潰され、下しか向けなくなっていた。とぼとぼと歩いていると、不意に懐かしの匂いと心地好い温度感に包まれる。


 

「私が言えた立場ではありませんが、貴船さんは何か隠していると思います。本当に友人として、もしくは純粋な好意で接しているのでしたら、あなたに自責を背負わせたりしませんよ」


「ありがとうりっちゃん。俺バカだからさ、こうしたいって思ったら途中で止まらないんだよね。貴船さんの気持ちは分からないけど、助けを求めてる気がした。だから助けてあげたいんだ」


「………利用されてるだけかも知れませんよ」


「そしたらまた泣くだけさ。何もできなかったって嘆くよりはずっといい」


「……応援はできません。でも……石切さんが泣く時は、私も一緒に泣きますから。もう家も近いですし、ここまでで大丈夫ですよ♪」


 

 女子高生のポテンシャルを舐めてたことを、少しだけ後悔した。たった一度のあやまちで、これほど素敵な女性に成長するとは。

 りっちゃんに頭を抱き寄せられて、だいぶ目が覚めた気がする。後先考えても分からないし、愛華さんの胸の内だって俺には測れない。ならば自分の想いに従うしかないだろう。なるべく危険を回避しながら、あの人の笑顔を守り通す。もうそれしかできない。

 優しく微笑んだ元カノは、手を振りながら走り去っていく。譲歩してくれた彼女の気持ちを無駄にしない為にも、走り続ける覚悟を決めないとな。

 


「ほーん。そういう経緯で手頃な女である私を、呼び付けたんだねぇ〜?」


「いえいえ、手頃だなんて滅相もないですよ。共通の友人で飲み込みが早く、常日頃から的確なアドバイスをくださる浅間さんだからこそ、お呼び立てした次第であります」


「まぁ〜いっか、カラオケ代は石切さんの奢りだしー。とりあえず1曲歌ってから考える〜♪」


 

 昨晩帰宅してからメッセすると、相変わらずサクッと返信をくれた同い年の同僚。翌日は午前中だけボイトレボイストレーニングがあり午後から空いてるとのことで、駅前で落ち合って飯でもと思ってたら、まさかのカラオケを希望された。服装もアーティスト感溢れてるし、内密な話題でもあるので、彼女の要求は都合がいい。

 というわけで来て早々りっちゃんとの話、そして愛華さんとの今後について相談し、なぜか彼女の熱唱に合いの手を入れている。歌い終わると物足りなさそうな顔で語り始めた。

 


「あのさぁ〜、石切さんは貴船さんのことが好きなんでしょ?」


「う、うん、まぁ……。悪いことだってのは分かってるよ」


「惚れたもんは仕方ないでしょ。どちらかと言えば貴船さんから迫ったんだろうし」


「いや、既婚者と知っててつられた俺に責任があって——」


「二人を責める気はないから安心して。石切さんの性格はもちろん、貴船さんが縋らずにいられなかったのも、見ていてなんとなく感じてたから。てか具体的にどこまで進んでるの?」


「進んでるとは?」


「出逢いは去年の秋の期間限定チョコ。そんで手料理やら小悪魔的イタズラ辺りは聞いたけど、まさかそれだけで落ちたわけじゃないでしょー?」


「……どうだろう。その時点で好きになってた気もするんだよね」


「マジか、貴船さんのパないね。でも私ってそこまで単純じゃないんだよなー」


「ハハ……やっぱ濁せないかぁ」


 

 いくら浅間さんでも、全てを打ち明けるとなると口が重くなる。しかし状況を把握した上で味方になってくれるとしたら、他に心当たりが無いのもまた事実。顔色ひとつ変えない彼女に息を飲みつつ、低めの声で切り出した。


 

「便宜上、ソフレやキスフレってことになってる」


「片側が本気の時点で定義が破綻してるねぇ。カモフレにすらなってないよ」


「カモフラージュフレンドだっけ? 聞いたことはあるけど、意味がさっぱり」


「デートしたりハグしたりキスしたり、やることはペアによって様々だけど、要は付き合ってないけど傍から見れば恋人カップルって関係。橘さんのはこれだねぇ」


「えっ、じゃあ感覚おかしいのって俺の方!?」


「ノンノン。本命ができたら関係を切れるのも、カモフレの利点。続けてたらとーぜん浮気認定されるって」


「今時の若者怖ぇ……ワイ混乱してまうわ」


「なーに言ってんだか。とりあえずキミはこの後うちに来なさい!」


「へ……? なんで?」

 

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